平和と憲法9条は空気ではない、私達の運動がなければ壊される – 戦争法案の廃案へ今こそ60年安保闘争超える国民共同を|渡辺治一橋大学名誉教授

  • 2015/8/15
  • 平和と憲法9条は空気ではない、私達の運動がなければ壊される – 戦争法案の廃案へ今こそ60年安保闘争超える国民共同を|渡辺治一橋大学名誉教授 はコメントを受け付けていません。

私が行った渡辺治一橋大学名誉教授への3時間を超えるインタビューの一部です。(※これまでアップしてきた「安倍政権が集団的自衛権行使に執念を燃やす理由 – 戦後の平和主義を根本的に転換し本気で軍事大国めざす|渡辺治一橋大学名誉教授」、「戦争する軍隊づくり」の「戦争法案」に止まらず「戦争する国づくり」を完成させる明文改憲が安倍首相の願望|渡辺治一橋大学名誉教授」、「侵略大国のための治安立法、新自由主義改革強行へ情報統制はかる秘密保護法は「戦争する国」には不可欠 – |渡辺治一橋大学名誉教授」に続くラストです。※『国公労調査時報』2014年4月号に掲載したインタビューです)

アメリカも望まない安倍政権の歴史修正主義

――昨年末に靖国神社に参拝した安倍首相は、今国会の中でも「事実無根の慰安婦問題」などと発言しています。こうした安倍政権の性格はアメリカの戦略と矛盾しているわけですね。

アメリカは非常にアンビバレント(両義的)な気分になっていると思います。ワシントンポストが、歴史修正主義問題で相当厳しく批判しています。一方で、ウォールストリートジャーナルは、集団的自衛権の行使を容認しようとしていることを評価し、安倍政権に期待するという論評を掲載しています。これはアメリカの矛盾した立場をよく示しています。

アメリカとしては3つほどのポイントで、安倍政権の靖国神社参拝問題や歴史修正主義などの問題について、不快な思いをしていると思います。

アジア太平洋地域の安定にマイナス

1つは、安倍政権の政治軍事大国化を、アメリカは必ずしも望んでいないということです。アメリカが望んでいるのは、アメリカの言いなりの手下として働いてくれる自衛隊であって、日本が政治軍事大国化してアジア太平洋地域の安定にとっても、中国や韓国との協調にとっても、マイナスになることは望んでいないということです。

2つめは、日本の軍国主義の復活は、アメリカ自身にとっても脅威だということです。アメリカにとっても、実は日本は怖い存在でもある。必ずアメリカは真珠湾攻撃のことを出してくるわけですが、アメリカにとっても日本は何をするか分からない存在だと思っている。

3つめは、2つめの延長線上ですが、日本が過去の侵略や植民地支配に反省のない、遅れた国、遅れた国民意識の国ではないかと疑っていることです。

他方、69年間も侵略のための派兵を全く行わずにやってきた日本は、アジア諸国民の中にはかなりの信頼があるわけです。しかし同時に日本は、一度たりともまともに侵略戦争について反省をしたことがない。まともな反省を何回繰り返したとしても、殴られた側の人間というのは納得するわけではありませんが、未だに日本は反省をしていない。侵略戦争をした場合は100年間はその国との関係は難しいといわれていますが、私も当然だと思います。

日本軍国主義の復活はアメリカも脅威

ところが、日本の国民の多くは、もう何度も謝っていると思っていますから、今さらなんだ?という思いもあり、そういう日本国民の気分に安倍政権は乗じているわけですが、日本の軍国主義の復活はアメリカにとっても脅威なのです。

アメリカは、中国がいうように日本が軍事大国として復活することはないだろうとは思っているけれど、あまりに頻繁に歴史修正主義を政府関係者から主張されると、本当に反省していないのか?ということになる。それでは、第2次世界大戦での2,000万人の犠牲は何だったのだということになってしまう。

こうして、アメリカにとっては、世界戦略上も、それからオバマ大統領の気分からいっても、不快な思いをしているわけです。

アメリカの要求に応えるのは
安倍首相のような政治家しかいない現実

しかし他方、アメリカの戦略にとって、日本は重要な肩代わりの対象です。集団的自衛権を認めて日本が動いてくれないと、アメリカとしてはとてもじゃないけれどアジア太平洋地域は抑えられません。これからもっともっと人もカネも出してもらいたい。その意味では早く日本に集団的自衛権を認めてもらいたい。

そこで、悩ましい問題が生じます。集団的自衛権の容認とか、改憲とか、そういうことをまともにやってくれる人というのは日本には安倍首相のような人しかいないという事実です。つまりアメリカにとっても日本の支配階級にとっても困ったことに、安倍首相のような人でなければ誰が好き好んでやるかというのが日本の現実だということです。しかし安倍首相に任せると、NHKの会長は籾井さんのようなとんでもない人が出てくるし、経営委員には百田尚樹さんとか変なのになるし、もう訳の分からないことになるわけです。だけどああいう人でなければ、これはまともにやってくれない。ここが一番大きな問題点。痛し痒しです。

安倍首相もできるだけアメリカに追随して、アメリカの怒りを買わないようにしていますね。靖国に行くためにはTPPはやるわ普天間はやるわ、オバマさんお願いだから会ってよと言う具合です。

身勝手なアメリカの要求とジレンマ

そしてアメリカの方も、安倍でなければ普天間はやれないだろう、集団的自衛権もやらないだろうと思っている。しかし安倍首相でなければ靖国神社には行かないんですよね。そこはやはり彼らの目的があまりにも身勝手だということなんですが、結局アメリカはそれを飲んでいくわけです。他方、安倍首相にとってもアメリカにハシゴを外されたら、生きていけないわけですから、アメリカと決定的に敵対する気は全くないわけですね。だから安倍首相としても、その辺は非常にアンビバレントな思いがあるし、逆にいうと、国民の意識や声がどっちに行くかによって、安倍首相は変わるんです。逆にアメリカの方も、ワシントンポストが強くなるのか、ウォールストリートジャーナルの論調が強くなるのかは、やはり日本国民やアジアの国民がどういうふうにそれを判断するかということが大きいのです。そういう意味でいうと、私達がどのくらい大きな声をあげるかが重要です。

たとえば今回のように、都知事選では宇都宮さんが大きな前進をすると共に、田母神さんが60万票もとりました。そうすると、安倍政権は「自分達の言ってることは、ある程度受け入れられるのかな。そういう層ができてるのかな」 たとえば今回のように、都知事選では宇都宮さんが大きな前進をすると共に、田母神さんが60万票もとりました。そうすると、安倍政権は「自分達の言ってることは、ある程度受け入れられるのかな。そういう層ができてるのかな」と感じると思うんですね。その辺は、支配階級としてもジレンマがあると思いますね。

支配階級の矛盾のありかを見ることの重要性

一番重要なことは、安倍首相のような軍国主義者でなければ、今、支配階級にとって必要な集団的自衛権や改憲といった、火中の栗を拾うようなことはしないということです。だからアメリカが安倍首相を攻撃するのは、極めて身勝手です。一方で集団的自衛権の行使ができる日本を求めておいて、一方で安倍が言っているような軍事大国化は問題だと言うのは、明らかにおかしいですよね。その点は見ておかなければいけないし、支配階級の矛盾はそこにあると思いますね。

アメリカ依存で戦略のない日本の財界

――靖国参拝問題など中国との関係が悪くなることに対するジレンマが、財界など支配階級の中にもあるということでしょうか?

日本の財界は、アメリカやイギリスなど外国の支配階級と異なる特徴があります。

1つは、日本の経済的支配階級は、戦後の復興期から自分達の個別資本の要求を調整し、支配階級全体を調整するような団体をもってきた。経団連や経済同友会、日経連、商工会議所などです。アメリカにも業界団体はありますが、アメリカの場合には、要求を通す場合には個別資本や業界が議員にはたらきかけるわけですが、支配階級としてトータルに自民党政権に言及するとか、そういうことは日本が一番世界の中で優れている。つまり経済界の総体としての利害を実現するために、支配階級の経済的な利害を全体として、個別資本の調整をしながらやっていくという点では、非常に階級的な意思をつくる点で優れているのですね。

ところが他方、日本の財界は、戦後、戦争をしないという日本国憲法のもとで、しかもアメリカに軍事的にも政治的にも従属依存して70年近く生きてきたということの影響を強く受けています。

経済主義的な日本の財界――大きな戦略はアメリカ任せ

戦前の日本の財界のような、あるいはアメリカや中国の支配階級のような国家戦略をもって、軍事的・政治的な力で自分達の国益を実現し、その力によって自分達の企業が権益を得るという発想があまりないんです。その結果、自前の国家戦略を持たずに、大きな戦略はアメリカに任せ、自らは、非常に経済主義的な態度をとることが慣習となっています。

つまり、一方では経済的な支配階級の利益を大事にするんですが、他方では支配階級の利益は非常に経済主義的なんですね。

どこの国の資本も、グローバルな活動を展開するには自国の強い国力、軍事的、政治的な力を必要とします。たとえば他国に原発や新幹線の売り込みをする時に、アメリカと日本が同じように中国に売り込んだ場合は、同じ条件だったら中国はアメリカのものを買うわけです。それによって中国はアメリカと戦略的に互恵関係を結ぶのです。中国にとっては、日本はそういう意味で怖くないわけです。日本の新幹線がいかに優れていても、少々優れているくらいだったらアメリカを買うという話になる。そういう意味では、どこの経済的支配階級も自分達の強い国家を望むのですが、日本の場合、対米従属の状態と、自国が軍事政治大国になれなかった時間が長いため、日本の財界は未だにそれが弱い。それは、アメリカの傘の下で、ということを前提にしています。彼らの考えている戦略というのは、あくまでも経済主義的な戦略で、軍事力を使って海外に展開しようという発想はあまりなかった。

それだけに靖国問題でも、国家戦略上の是非を考える前に、アメリカを怒らすようなことはよくないとか、中国に進出した日本企業の活動に支障が出るということのみが気になる。その点から「批判的に」なる。財界人の中にも、右翼の財界人はいますが、財界人全体としてみれば、安倍首相のああいう言動は本当に困ったことだと考えていると思うのですね。

改憲より新自由主義の再起動求める財界

そういう意味でいうと、日本の財界は安倍政権に対して、アベノミクスによって株が上がり、構造改革をやってくれるという点では、ものすごく期待しています。だけど一方の軍事大国化、改憲問題については困ったもんだと考えています。

この点では、現代の財界は、90年代初頭の財界ともちょっと違っています。90年代初頭の財界は、多国籍企業の本格的な展開期でしたので、日本の自衛隊も、世界市場秩序維持のために「国際貢献」してほしいという要求があった。ですから、この時代には、財界も、改憲、自衛隊の海外派兵を政治に強く求めていました。

しかし今の日本の財界は、様々な財界の報告文書を読んでも、ほとんど改憲問題について触れていません。それはなぜかというと、財界にとっては、今は新自由主義的改革の再起動が切実で、そっちで安倍首相になんとか頑張ってもらいたいと思っている。安倍政権の方は、「こっちで頑張る代わりに、改憲については自由にやらせてもらうよ」という、そういう感じになっていると思いますね。

だから、財界は安倍首相の靖国神社参拝には「困るなぁ」と言いたいのだけど、言わないのですね。靖国神社バンザイとも言わないのだけど、靖国神社には絶対行くなとも言えないのです。なぜかというと、新自由主義改革をやってくれるのは安倍さんしかいないという総意があるからです。いい意味でも悪い意味でも、非常に経済主義的だということです。だから経団連は一生懸命中国に代表団を連れて行って、向こうには「会いたくない」と言われたりしていますが、こうした態度も、戦略的と言うより、非常に近視眼的な行いなんですよね。

本当に侵略戦争を反省してアジアと友好を結ばなければ将来の日本はダメだぞ、あるいは安倍政権のやり方では将来の日本の繁栄はないというような、そういう大局的な見地で行っているわけではない。なんとか自分達の企業が安全にやっていきたいという発想なので、そういう意味では財界人も含め、支配階級の中でも日本の歴史認識は非常に大きな欠陥を持っているのです。財界人の個々の政治的・思想的立場を見ると、安倍政権の面々とあまりかわらない認識だろうと思います。

秘密保護法の廃止が
改憲スケジュールを大きく狂わす

――安倍政権の改憲攻勢をどう跳ね返していけばいいでしょうか?

秘密保護法が強行採決された直後から、すでに秘密保護法の廃止をめざす運動が起きています。法律が通ってからその廃止運動が持続したり盛り上がったりしたことは、過去でいうと2007年以降の後期高齢者医療制度に反対する運動です。2008年に後期高齢者医療制度が実施されてから反対運動が起きて、共産党、社民党、民主党含めて、4野党の共同提案で廃止法案が参議院で可決されました。あの経験があるので、今回の特定秘密保護法についても共産党や民主党が廃止法案を出すという形で廃止運動が反対運動から引き続いて大きく盛り上がってきています。

これは非常に大事な運動です。というのは、秘密保護法は「戦争する国づくり」をめざして安倍政権が仕掛けている、稀に見る体系的な攻勢の突破口に位置づけられているからです。
安倍政権は、一方では集団的自衛権行使の解釈の容認、一方では防衛計画の大綱による「戦争する軍隊づくり」、他方での、より大きな「戦争する国づくり」をめざした戦争指導部としての国家安全保障会議、秘密保護法あるいは明文改憲の攻勢をかけてきています。そういう形で体系的に行われている攻勢の、その最初の突破口が秘密保護法です。ですからここで私達が秘密保護法の廃止をめざす運動を大きく展開することによって、安倍改憲全体のスケジュールを大きく狂わすことになるのです。

安倍政権にダメージ与えた秘密保護法反対運動

私は今回の特定秘密保護法反対運動の盛り上がりは、あきらかに安倍政権の予想を上回っていたと思います。安倍政権も反対運動は起こるだろう、そして若干は内閣支持率が下がるだろうということは承知の上で強行したと思います。安倍政権としては、みんなの党と維新の会を抱き込み、修正に持ち込む。しかも公明党も抱き込んだ。これで大丈夫だと踏んでいたと思うのです。つまり、大衆運動を軽視していた。

ところが予想を上回って反対運動が盛り上がり、しかもそれがマスコミの大きな反対まで生んでしまったわけです。これはやはり、先ほど言った全体の改憲スケジュールをかなり狂わしています。だから集団的自衛権についての安保法制懇の報告にしても、この4月に出すと言っていますが、場合によってはどうなるか分からないと安倍政権は考えていると思います。

それくらい、秘密保護法反対運動の盛り上がりが安倍政権にとってダメージが大きかった。何よりも、あの反対運動が起きたために公明党が動揺しているのです。その上に引き続きマスコミが全体として集団的自衛権の問題についても、批判的になっています。

マスコミは秘密保護法について昨年10月までは全く無視していました。全然報道しなかった。集団的自衛権についても全く報道しなかった。ところが、秘密保護法反対の報道を経る中で、今では、集団的自衛権についても批判的な発言をしています。それはやはり、安倍政権の強行姿勢が裏目に出ているのです。

そういう意味でいうと、この反対運動がある限り、集団的自衛権行使容認の強行は、非常に難しくなってきています。安倍政権は、反対運動を相当意識した国会の答弁を繰り返していますね。「オスプレイの写真を撮るのは秘密保護法で処罰されるなんていうのはマスコミの流したデマだ、取り消せ」「あれは間違いだ」、なんて言っています。でも、言えば言うほど秘密保護法の運用の足かせになります。運用されれば絶対にやることを「絶対にあり得ない」と言っているわけですから。そういう意味でいうと、それが今後の運用の足かせになるだけでなく、追及があればあるほど、集団的自衛権の問題と結びつかせないようにするために、彼らもいろいろなことを考えざるを得なくなる。

国家公務員が秘密保護法廃止の
運動の先頭に立つ大きな意味

秘密保護法の問題では、国家公務員の労働運動が廃止運動の先頭に立つというのは大きな意味があります。なんといっても秘密保護法のターゲットは国家公務員だし、特に軍事情報だけでなく、新自由主義や構造改革の推進に関する国民に知らせなければいけない情報を統制するところに、大きな狙いが出てきているのでなおさらです。

秘密保護法がどんな意味で民主主義の根幹に関わるのでしょうか。情報統制付きの民主主義というのは、実際上は民主主義の否定になるからです。たとえばイラクのフセイン政権は独裁政権だと言われる。あるいは中国の政権も独裁政権だと言われる。ロシアの政権も独裁政権だと言われる。しかし中国を除けば、ロシアもイラクも男女平等の普通選挙はある。ミャンマーだって、制限された形ですが選挙がある。しかしなぜ独裁政権だと言われるかというと、選挙と民主主義があるかだけではなくて、その民主主義を行使するための国民の選挙活動の自由と、知る権利というものが保障されているかどうかが問題だからです。イラクや中国、ロシアではそれら市民的自由と知る権利が制限されているから民主主義だとは思われないわけです。市民的自由のない民主主義というのは成り立たないわけです。

秘密保護法廃止を突破口に
改憲策動ストップする国民的共同を

現代の開発独裁国家はどこでもそうですが、普通選挙や国民投票は認めるのですね。しかし民主主義にとって不可欠な情報をコントロールする。それは誰が持っているかといえば、国家公務員が持っているわけです。だからこれを統制する。それから、それに誰がアクセスするかといえば、マスコミがアクセスする。だからマスコミを抑圧することになるわけです。

そういう意味では、この秘密保護法は単に「戦争する国づくり」だけではなく、実際には「国民が主権者として決定をするために不可欠な情報を渡さない」というところに、最も大きな問題点があるのです。民主的な決定の一番大きなものは、戦争をするかしないかです。あるいは構造改革や原発を再稼働するかしないか。その判断に不可欠な情報を渡さない。そういう意味では民主主義の根幹に関わる問題です。

憲法を擁護する立場にある国家公務員が、国民に付託することを責務としているような情報をコントロールされる。そういう、国家公務員の自己否定を迫られるような問題について、きちんとした形で反対をし、反対し続け、廃止させることです。もし秘密保護法を廃止させることができたら、自民党がいうように「スパイ防止法がないのは日本だけ」という、その状態をもう一回つくり直すことになります。そういう意味で非常に重要な運動になるのです。

そして秘密保護法廃止運動を突破口にしながら、安倍政権の改憲策動を阻む国民的な共同をつくる必要があります。

改憲策動を阻んできた運動の歴史をふり返ると、特定の会派や特定の階層に留まらず、大きな国民的共同の連携ができたからこそ改憲を阻んできたということがあります。今回の安倍政権の改憲策動は戦後69年の歴史の中でかつてないような大きな策動ですが、それを跳ね返すには、こちらも今までになかったような大きな国民的共同をつくる必要があるのです。

ちなみに、そう言い切ってしまっていいのかどうかはありますが、戦後ほぼ唯一というか、最も大きな国民的共同は、1960年の安保条約の改定に反対する安保闘争だったと思います。これが日本の戦後の保守政権の軍事大国化や復古的な大国化を阻んで、憲法を日本に定着させる大きな転換点になった。そこから学ぶ必要があると思います。

60年安保闘争の国民的共同から学ぶ

まず何を学ぶかというと、一番大きく学ばなければいけないのは、安保条約改定反対闘争の国民的共同がなぜできたかということです。私は、その要因の一つとして、「平和と民主主義の結合」に注目しています。「平和」を求める声というのは、おそらく日本では国民の3分の1くらいの勢力が当時あったと思います。おおよそ社会党と共産党に投票する市民の数は、当時、常に投票者の約3分の1でした。この人達は、日本の憲法を守り、再び戦争する国になりたくないという思いを持った人達で、この人達が安保闘争の中心に座り、闘争の原動力となった。安保条約を改定することによって日本とアメリカが共同作戦を行い、それを実現するために改憲するという岸内閣のスケジュールに立ち塞がったのです。

しかし、そうした人達だけでは、あれだけのたたかいは起こらなかったと思うのです。社会党と共産党が共同して国民会議をつくり、第7次統一行動までずっと盛り上がっていくわけですが、その時はだいたい7~8万人の部隊が国会を取り囲んでいった。ところがその60年安保の国会でのたたかいの追及の中で、批准ができないかもしれないという危機感に襲われた岸内閣が、1960年5月19日に警官隊を導入して強行採決します。

これを契機に、平和を求める3分の1プラスアルファが生まれた。それは何かというと、「安保も自衛隊も認めるが、こんなやり方で国会をないがしろにし、民主主義を蹂躙するようなやり方は絶対に認めてはいけない」という人達です。こんな民主主義の蹂躙を許せば、戦前の日本に戻るということで、多くの保守的な人々や市民が立ち上がった。この2つ、「平和」と「民主主義」が合流して、数十万の部隊をつくり出した。平和の声だけでは数十万はいかなかった。そして最終的には50万人の部隊が国会を取り囲み、警官隊が動けなくなる状況をつくりました。それはやはり、保守の人々の中に「こういう民主主義の蹂躙はダメだ」という形で立ち上がった人達がいたし、安保に賛成するマスコミも含めて一時強行採決に反対したのも、そういう側面があったからだと思います。

あの石原慎太郎氏も安保反対デモに参加した

その象徴は、石原慎太郎氏が「若い日本の会」で大江健三郎氏と一緒に5.19後にデモに参加したことです。石原慎太郎氏は、当時から安保には賛成でした。その彼が立ち上がったのは、「民主主義」問題だったのです。石原氏は、朝日新聞のインタビューに答えて、こう言いました。「私は集会とかデモに背を向ける人間だが、今度ばかりは超えさせられぬぎりぎりの一線を感じて立ちあがった」と。あのような人間が、その立場を保持しながら立ち上がったということは、当時の石原氏の背後にそういう多くの国民がいたということです。その人達が一緒に立ち上がることによって、第1回目の憲法改悪の波を防ぐことができたと私は思うのですね。

今回も、特定秘密保護法の反対運動がなぜ盛り上がったかというと、平和を求める声や戦争する国に反対する声にプラスアルファして、民主主義を求め、こんなやり方では民主主義が破壊されてしまうという声が合流したから、あれだけの盛り上がりになったのでしょう。そういう国民的な共同、そして平和と民主主義の結合をどうやってつくり出していくのかということが、ものすごく重要な課題だと思うのです。

それを学ばなければいけないのですが、60年安保をそっくりそのまま再現することはできません。1つは、運動の高揚をつくりだした一因である社共共闘、その蝶番になった総評が今はありません。当時の社会党は160議席ですが、これが存在しない。また、総評は今、連合ですから、これはなかなかそういう中心部にはなれない。労働戦線で、改憲を阻む中核部隊は全労連ですが、労働戦線全体の中では少数派です。こういう状態がある。

逆に、国民的共同にプラスになる、大きな違いもあります。60年安保と決定的に違うのは、当時は高度成長がすでに始まっていて、経済成長のただ中だったのですが、今はそうではないという点です。新自由主義改革による矛盾が顕在化し、この領域でも国民経済の再建を求め、新自由主義改革に反対する声が強くなっています。平和の問題と構造改革の問題、平和と暮らしの問題両方で国民的共同をつくる状況が生まれているのです。

自民党政治の中心にいた古賀誠氏が96条改憲反対

それでは、安保闘争の時のような運動が再現できないかというと、私は、国民的共同づくりのための新たな条件が生まれていると思います。安保の時にはなかったような社会的条件があって、それを本当に生かすことができれば、私達は安保の時を上回るような国民的共同をつくることができると思います。それは何かというと、私は4つあると思います。

1つは、今は安保の時以上に、保守層の離反が起きている点です。安保も自衛隊も認めるという保守の人々の中で、安保や自衛隊を認めて日米同盟も結構だ、しかし改憲をやって自衛隊がアメリカ軍と一緒に中国を攻めたりアジアに侵略するのは絶対にやってはいけないという人達が生まれ、今いろいろな形で声を上げているということです。

一番典型的なのは古賀誠さんです。自民党政治の中心にいた人が96条改憲に反対するということで赤旗の日曜版に登場しました。また今度は毎日新聞に登場して、「安倍さんの靖国神社参拝はおかしい。アジアの人々に傷をつけるような参拝は行うべきではない」と言っているんですね。

彼は、2002年から10年あまりにわたって日本遺族会の会長でした。靖国派の中心の人で、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の会長も務めていた。そんな古賀氏が、いま、安倍首相が行くのはよくないと言っている。彼は父親がアジア太平洋戦争中、レイテ島で死んで、その遺骨収拾のためにアジアに行っていました。彼は、そうした経験から、日本が大東亜戦争を繰り返してはいけないと言う。そのポイントはアジアの平和だと言う、その問題から彼は発言していると思うんですよね。

イラク戦争で自衛隊派遣を指揮した柳澤協二氏も

それから、九条の会の全国討論集会が昨年11月16日に開催されたのですが、そこに小泉政権から安倍政権、福田政権、麻生政権という4代に渡って内閣官房副長官補をやっていた柳澤協二さんが登場しました。彼は、イラク戦争の時に官邸で自衛隊派遣を指揮した人です。その彼が、イラク戦争が終わってから「あのアメリカのイラク戦争は間違いだったんじゃないか」と考え出した。イギリスでもアメリカでも検証が行われました。ところが日本政府はまともな検証を全く行っていない。それで日米同盟のために必要だったんだと言っている。それはおかしいんじゃないかと考え出したところに安倍政権が登場し、そして集団的自衛権行使容認、秘密保護法制定という中で、彼は今まで九条の会と名の付くものには一度も出たことがないけれど、今回は出ざるを得ないと言って出てきたんですね。

その時は私の司会でシンポジウムを行ったのですが、注目すべきは、柳澤氏は、その著書の中で「サマーワへ派遣された自衛隊の任務が成功だったかどうかと言えば、私は、迷わず成功だったと考えている」と断言していることです。シンポジウムにおいても「私はイラクに自衛隊を出して、そのこと自体は非常にいい仕事をしたと思っています」と発言していました。九条の会の人達はびっくり仰天ですけど、「成功だった」という意味は何かというと、自衛隊員は1人のイラク人も殺さなかった。そして自衛官も1人も死ななかった。これが成功なんだと彼は言ったんですね。自衛隊も含めて、何か国際貢献しなければいけないというのが彼の持論なので、そこは私と違うのですが、しかし国際貢献では絶対に銃を撃たない、これが重要なんだと言うのです。それが日本の財産なんだと。先ほど言ったように、だからイラクの国民は自衛隊を信頼してくれました。ところがそれを安倍さんはひっくり返そうとしている。

良心的な保守の人達とも共同を

90年代初頭からの、改憲と自衛隊派兵の試みの中で、中曽根内閣で官房長官をやった後藤田正晴氏が、自衛隊の海外派兵に断固として反対の意思を表明しました。

続いて、後藤田氏が反対した周辺事態法の成立に小渕内閣の官房長官としてかかわった野中広務氏が、2003年になると、自衛隊イラク派遣に反対して、保守の中で批判的な立場に立つようになりました。また新潟県加茂市長の小池さんも、小泉さんに自衛隊派遣反対の意見書を出し、九条の会に参加してきた。それから元防衛大臣だった箕輪登さんも反対しました。

そして、今、2003年の時に自衛隊のイラク派兵に陣頭指揮した柳澤さんが、自衛隊の「戦争する軍隊化」に反対して、離反しようとしている。

つまり今、3度目の離反が保守の中で起こっているんですね。これは明らかに、安倍政権の「戦争する軍隊づくり」「戦争する国づくり」に対して、これは戦後日本の70年にわたり堅持してきた日本のあり方、武力によって国益の実現を図らないというあり方の否定だという形で立ち上がっているのです。こうした保守の頭目の背後には、間違いなく、膨大な人々がいます。
こうした良心的保守の人達と共同することが大事です。私達が立ち上がること、呼びかける中で、こうした保守の人達を結集することが大事だし、これが安保闘争の時にはなかった大きな国民的共同をつくり出す第1の鍵だと思うのです。

安保闘争にはなかった地方の運動

2つめは地方のたたかいが発展しているという点です。安保闘争の時は大都市のたたかいでした。いくつかの例外を除いて、地方は全く動いていませんでした。地方は自民党の利益誘導型政治の貯水池のようなもので、当時地方がいかに動いていなかったかは、あれだけ昂揚した安保闘争直後の1960年の総選挙で自民党が大勝したことからも分かります。

ところが今は、構造改革、新自由主義改革、TPP、市町村合併の中で地方の離反が起こっています。むしろ大都市よりも地方の人々の、改憲や構造改革に反対する運動がものすごくある。その例は、あとでもう一度触れますが、改憲に反対する九条の会が、全国の地域で、実に7,500もつくられ、それが、10年近くにわたって継続していることにみられます。安保共闘は、地域で2,000の共闘組織がつくられました。それは画期的な試みでしたが、現在では、それを遙かに上回る地域の闘いの広がりがあります。

この第2の条件も、60年安保の時にはなかったことです。

安保闘争では今のような市民運動はなかった

3つめに、なんといっても60年安保の時には市民運動はほとんどなかったということです。初めて市民運動的な組織が登場したのが安保闘争ですが、それが今や数千の市民運動組織があり、おそらく100万人以上の人々が市民運動で活躍している。そうした市民運動の土台があって九条の会が成り立つのです。政党と労働組合の運動と、市民運動が共同できたから九条の会はできている。

現在はこの市民運動の隊列が非常に大きいのと、それが従来の市民運動と違って、反政党主義、反政治主義ではないということも大きなポイントです。むしろ総評に代わって、社民党や共産党が一緒になれないか、と努力している。そうした市民運動があるのです。

九条の会型の運動で大きな国民的共同を

そして4つめは、なんといっても女性の力が大きくなっています。これは圧倒的な結集で、組織的にも個人でみても、女性達の力が国民的共同の中で相当大きな力を占めています。九条の会のおよそ6割は女性です。60年安保が、労働組合の運動参加者も含めて男性中心のたたかいだったとすれば、今回は女性達が男性と一緒に大きな力を発揮するたたかいだと言えます。

この4つの新たな社会的条件を本当に生かすことができれば、かつてないような国民的共同ができると思うのです。

九条の会の役割は、社民党と共産党が同じ護憲でありながら共闘が成立しないという中で、個人の呼びかけ人、個人の参加という形で共同の輪をつくろうとしたところにあると思います。だから九条の会には、日本共産党委員長の志位和夫氏と当事社民党委員長だった福島みずほ氏が入っている。そうした個人の参加で共同をつくってきました。それが新たな共同の形になったと思うんですね。

加えて、第2に、九条の会が力を入れたのは、保守層との連携です。たとえば、加茂市長の小池さんとか、保守の人々との大きな連携をつくり出してきたということです。

第3に、九条の会は地域を根城に結集していることです。7,500ある九条の会のうち6割以上が地域の会です。職域の会でも、地域の職域の会なのです。そういう意味でいうと、地域を根城にした運動です。これがやはり60年安保闘争にはなかったような大きな広がりを持っている。

そういう点では、九条の会型の運動をどうやって大きな国民的共同にしていくのかということが非常に重要だと思います。

「平和と憲法9条は空気ではない」
運動がなければ簡単に壊されるもの

――脱原発運動は若い人を結集していますが、そのことと国民的共同を作っていく際の若い人たちの結集をどう考えたらいいでしょうか?

先ほど言った新たな社会条件という点からいくと、脱原発運動は、九条の会などと並び、また違った意味で今まで運動に参加しなかったような層が結構たくさん参加していますよね。

九条の会は中高年主体の運動という特徴がありますが、脱原発運動の場合はむしろ若年層や子どもを抱えた父親や母親が結構参加しています。

それはなぜかを考える必要があります。おそらく、若い人たちが立ちあがった背景には、自分達が立ち上がらなければ事態は変わらないという危機感があったと思われます。

それに対して、九条の会になぜ若者が入ってこないのかといえば、若者達は、自分達が立ち上がらなければ戦争するようなとんでもない国になってしまうと思ってないからだと推測されます。別に自分達が立ち上がらなくたって、この国は戦争する国になんかならないという安心感があると思うんですね。それに比べると、原発問題は俺たちがやらなかったら大変だという焦りがあったので、皆が立ち上がっている。だから、本当に立ち上がらなきゃヤバいぞと思った時には、言われなくても立ち上がるんですよね。私たちはくり返し「やばいぞ」ということは言わなければいけないんだけど。

そういう意味では、九条の会に若い人があまり来ないということと、脱原発運動には来てるということは矛盾しているわけではありません。今後、九条の会の運動がもっと大きな共同をつくっていくには、平和は空気のようにあるものではないんだということ、それは今までのいろいろな運動の中でようやく守ってきたもので、運動次第で本当に簡単に壊れるものなんだということをきちっと言わないといけない。だから僕は必ず「平和と憲法9条は空気ではない」と言っています。

9条が空気ではない証拠に、数十年間も一度も侵略しなかったとか一度も人を殺さない軍隊があるとかいうところは、他の国ではどこにもない。そんな日本をつくってきたのは決して空気だからではなく、私達の運動の力だ、そういう意味では、それを次の世代に受け継ぐことに失敗すれば、壊す時は簡単だよという風に言わなければいけないと思っているんです。

さして説明をしなくても、原発の場合には皆立ち上がった。これは大変だと。そのエネルギーはある。でも、じゃあどうやったらなくせるの? ということになった時には、原発の場合にはいろんな政策的な問題を考えなければいけない。脱原発運動のこれからは、その点では、ものすごく大変ですね。その展望のなさの表れが、「細川さんになればできるんじゃないか」ということになってしまった原因の一つです。ある意味、原発のない社会をどうつくるのか、という対抗構想の欠如が、細川・小泉依存という形で表れたんですよね。

大変だけれども、私たちは、改憲を阻んできた九条の会の運動、脱原発運動、そして特定秘密保護法反対・廃止の運動、都知事選の運動などから教訓を学びながら、保守層との共同、地域を根城にした運動、福祉と平和型の対抗構想、対案を掲げた運動、などの原則を保持しつつ、改憲阻止の国民的共同づくりに向かって前進する必要がある、これが今日の結論です。

――本日は長時間、どうもありがとうございました。

▼渡辺治一橋大学名誉教授は、2015年7月17日のSEALDs国会前抗議行動においてスピーチをしています。是非ご覧ください。

▼インタビューの一部を視聴できます。

▼渡辺治一橋大学名誉教授インタビュー記事
安倍政権が集団的自衛権行使に執念を燃やす理由 – 戦後の平和主義を根本的に転換し本気で軍事大国めざす|渡辺治一橋大学名誉教授
戦争する軍隊づくり」の「戦争法案」に止まらず「戦争する国づくり」を完成させる明文改憲が安倍首相の願望|渡辺治一橋大学名誉教授
侵略大国のための治安立法、新自由主義改革強行へ情報統制はかる秘密保護法は「戦争する国」には不可欠 – |渡辺治一橋大学名誉教授
平和と憲法9条は空気ではない、私達の運動がなければ壊される – 戦争法案の廃案へ今こそ60年安保闘争超える国民共同を|渡辺治一橋大学名誉教授

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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