貧困と格差を究極に拡大し地域経済つぶす橋下維新の大阪都構想と安倍政権の道州制・グローバル軍事大国化でなく、ナショナルミニマム保障の確立と地域住民が主権者になる日本へ

  • 2015/11/19
  • 貧困と格差を究極に拡大し地域経済つぶす橋下維新の大阪都構想と安倍政権の道州制・グローバル軍事大国化でなく、ナショナルミニマム保障の確立と地域住民が主権者になる日本へ はコメントを受け付けていません。

橋下維新は大阪都構想を再度ねらっていますが、先に紹介した「橋下維新の大阪都構想がもたらすもの=住民サービス切り捨て・ワーキングプア増加・人口減少と東京一極集中の加速」の中で岡田知弘京都大学教授が指摘しているように、「大阪経済が活性化する」どころか、逆に大阪経済のさらなる衰退を招きます。そもそも大阪経済の衰退や財政危機は、橋下維新が言う大阪府と大阪市の「二重行政」などによるものではありません。1980年代以来の経済のグローバル化の結果、大阪経済を担ってきた製造業が衰退したうえ、2000年代初頭の金融大再編によって大阪に本拠をおく住友・三和グループが解体・再編され、東京に本社・中枢機能を移したことが大きな要因です。加えて、関西新空港やATC、WTCといった巨大プロジェクト開発で「活性化」しようとしましたが、受注企業の多くは東京や海外企業であり、大阪経済を潤すどころか巨額の借金を残しました。「大阪都」構想でも、カジノやリニア建設がいわれていますが、同様の結果を生み出し格差と貧困を拡大するだけです。今必要なのは、現在の大阪市や区の行財政権限と住民自治機能を強めて、大阪経済の圧倒的部分を担っている中小企業群の再投資力を高めることで、主権者である住民の福祉の向上を図ることです。

そして、橋下維新による政治が何をもたらすかは、すでに大阪の経済・財政・住民福祉・住民自治を破壊している現状を見るだけでも明白です。(※上と下の画像は、明るい民主大阪府政をつくる会の宣伝物より)

 


それでは、私たちはどういった方向に進めばいいのでしょうか? その点について語っている岡田知弘京都大学教授のインタビューの最後の部分を紹介します。(※「安倍政権や橋下維新の「地方分権・道州制」「地方創生」とは? さらなる東京一極集中と強権政治=沖縄辺野古新基地建設強行の住民自治破壊が当たり前の日本になる」「大阪都構想→関西州→道州制=「究極の構造改革」で貧困と格差が極まる戦争遂行装置|岡田知弘京都大学教授」「橋下維新の大阪都構想がもたらすもの=住民サービス切り捨て・ワーキングプア増加・人口減少と東京一極集中の加速」「増田レポート「自治体消滅」論のトリック=構造改革による人口減少を逆手に小さな自治体の「あきらめ」狙う」に続く岡田知弘京都大学教授のインタビューの最後の部分です)

安倍政権の「地方創生」は道州制へのワンステップ
――国民の暮らし切り捨てる「自治体消滅」論の罠
岡田知弘京都大学教授

ナショナルミニマムの保障が大前提

 ――身近な行政で福祉などをやれば上手くいくんだという一見リベラルなような言い方で、地方分権を進める人たちがいます。これはどんなふうに見ていらっしゃいますか?

どうしても団体自治の強化に流れてしまう傾向が強いのですね。そこで中央政府からのコントロールを排除しながら、自ら住民のために行財政資源を活用し、その地域に合った政策を適用したらいいのではないかと考えてしまう。

ところが、それにはある前提が必要ですね。財源的にも人員的にも、どの地域でもナショナルミニマムがきちんと保障されているという前提が必要なのに、日本にはそれがないのですね。しかも日本は単一国家体制です。その下で、いかに民主的な中央政府を、官僚機構も含めてつくり出すか。あるいは国家と地方自治体の関係を、より民主的なものにしていくか。その際に、財源と権限のあり方をどういう形で調整していくのか。こういう議論が大前提として必要なわけです。

そこをまったく抜きにして、フリーハンドで、地方で身近なところで福祉の充実を図れるでしょうか? 実際はそうはならないし、結局財源がきちんと保障されない中で、ナショナルミニマムさえ破壊され、底なしのところにまで落ちてしまいます。それは身近な行政どころか、社会保障も社会福祉もない酷い状態なわけですね。

ではナショナルミニマムを国家的に保障していくことがベースになった上で、その地域にふさわしい、住民のニーズに合った形でのサービスはどう提供していけるでしょうか。

たとえば長野県の栄村です。▲図表18は、後期高齢者医療制度が始まる直前の年度の自治体ごとの1人当たり老人医療費を比較した表です。栄村は当時2,000人くらいの人口で、高齢化率が40%くらいでした。長野県内で上から5番目の高齢化率です。長野県というのは、1人当たり老人医療費が全国一低いことで有名です。図表18にあるように、それをまた下回っているのが栄村なのですね。

なぜかというと、一つは、地域づくりに高齢者の方々も積極的に参加しているからです。かつ、下駄履きヘルパー制度というものを住民自身が提案して、特に冬場、雪で閉じ込められてしまう集落で下駄を突っかけた形でヘルパーが介護活動をしています。社会福祉協議会の臨時職員として働くんですね。そうすることによって、在宅医療、在宅介護サービスを保障しているわけです。長野県全体では厚生連の佐久総合病院が最初に医療費削減に成功したわけですが、栄村はそこをもっと住民とともにやっていった。この下駄履きヘルパーがいるために、防災対策もできるし、福祉政策も実現できるし、さらに医療費も縮減できています。国民健康保険料と介護保険料の基準額は、県内最低なんです。そういうことを村単独の事業として、できるわけですね。その前提として、国家規模でのナショナルミニマムの保障がこの時点ではありました。そこに加えているという形で実現できているのですね。

逆に大規模自治体になった例として、さいたま市があります。診療は3分診療で医薬費も検査費もかかる。図表18にあるように医療費はぐっと高くなってしまうんですね。

私は、栄村にしても西米良村もそうですが、村の幹部や村長さん達の言葉がすごく面白いと思ったんですね。2つの村の目標はほぼ共通しています。西米良村では「幸福度を上げること」。人口を増やすことではないんです。幸福度を上げることなんですね。栄村の高橋前村長や今の島田村長は、「一人一人が輝く村をつくる」ことを最大の目標に掲げています。結果として、人がやってくる、あるいは村の産品が売れるということはありますけど、最大の目標はそういうところに置かれている。その上で、村の財政資源や住民との協働をしっかりと活用していった成果なんですね。だから、国と地方自治体の関係性もそういう形で行っていくことが大事ではないかと思います。

「地域住民主権」の確立を

 ――フランスの例で重層的に補完していくという話がありました。日本の道州制推進論者は逆の意味で使っているように思いますが、それは逆手に取っているという理解でいいのでしょうか。

そう思いますね。彼らは補完性の原則と言っています。結局、国家側から見ていますね。国家のやることをまずコアとして、外交、軍事、通商だと決める。TPPも含めてこれは国家のやることだとして、それ以外のことをという形で道州政府にはインフラ整備や大学政策を任せたり、小さい自治体はそこまでできないだろうから身近なところだけでいいですよ、という形での上から目線で決めていく。まったく住民自治の考え方がないわけですね。そこに道州制・地方分権論者の決定的な限界があるのです。

私は2000年頃に栄村の本を高橋村長と書いて、今必要なのは地方分権という枠組みではないと確信しました。私は「地域住民主権」と言っていますが、この「地域住民主権」をいかに確立するかが大事だと思うのです。これは国民主権との対語なんですね。国家を規定するのは、最終的には一人ひとりの国民です。それと同時に、地方自治体というのは住民のためにあるものです。地域の住民が主権者としてその行為を行い、それに沿った形で団体自治の長は住民のために働く。公務員もそうですよね。公務員制度改革の大きな変更点は、今の憲法の規定にある全体の奉仕者ではなく、上司あるいはトップによって評価される点です。そのための仕事をするような、一部の権益を握る政治家たちに奉仕をする、そういう職員像にされてしまっている。だから、「余計なことをやられては困る」というような橋下徹氏の象徴的な言葉が出てくる。職員条例や教育条例を定めて、ものを言えない公務員がつくり出されていく。これがさらに国家公務員にも広がっていく危険性は大きいですね。

そういう意味では、評価制度論と公務員のあり方論というのは、イデオロギー的にも密接に絡んでいます。労働組合活動の自由の問題にも当然関わってきますし、特定秘密保護法もまさにリンクしてきます。そうなると、戦争ができる国が一体どういうものだったのか、明治憲法下での国家公務員のあり方、昔の官僚や地方団体の官僚たちはどういう仕事をしたのか、そういう歴史からもう一度見直し、どういうあり方が必要なのかを対案として考えることも大切な点だと思います。

「高度経済成長」の推進力は内需だった

 ――「選択と集中」論がある程度積極的に語られる背景として、日本の高度経済成長では異常なほど所得の増え方が急だったことがあるのではないでしょうか。フランスの農村部などでは、かなり伝統的に守られてきた暮らしがあると思いますが、日本は高度経済成長で一気に生活スタイルが変わってしまった。その経済的ギャップが大きいがために、未だ局所的にでも成長を求めるのではないでしょうか。

高度経済成長期の人口移動は、かなり特殊でした。日本の人口減少県数が増える時期は3つに固まっています。

最初が1935年から40年、昭和10年から15年です。あの戦争の前段階で、京浜工業地帯が形成された時期です。東北を中心とした農山村から、男子労働力が大量に移動しました。これが戦前戦時の高度成長期です。

その次が1955年から70年の高度経済成長期です。三大都市圏に向かって、地方圏から大量に若年労働力が入ってくる。映画「ALWAYS三丁目の夕日」の世界ですね。これは15年続きました。

3つ目の時期が1985年から後ですが、85年と90年がバブル景気の時代。東京一極集中が進んだ時代です。ここでは東京を中心とした大都市圏で成長率が上がって、雇用が必要になってきました。労働力の吸引力が高まっていくんです。そして人口移動が始まる。

ところが逆に、1925年から30年、47年から50年は不況期です。そして75年から80年は、2回のオイルショックが重なっています。経済成長がゼロになり止まってしまう。こういう形で経済成長とは逆の形で動いています。

このような過程の中で、高度経済成長ができた理由は何なのか。55年から70年にかけて人口が移動していきます。60年代初頭にぐっと東京圏に人が集中していったのですが、それがだんだんと落ちていく。その中で、私は、この高度経済成長を誰がどういう形で引き起こしたのかということをもう一度検証してみたことがあります。

通常、教科書的な知識では、日本の高度経済成長は大企業が重化学工業化して、輸出主導で成長を為し遂げた。その際に日本銀行がオーバーローンをやってどんどん融資をした。この結果として実現できたんだという理屈になります。今のTPPの議論もそうです。輸出主導でやればいいというわけですね。

ところが実際は違うんですよ。全体の増加を100として、その増加分のうち何が一番寄与したかをみてみると、60年代前半では個人消費支出が51%。そして個人住宅投資が6.8%。それでだいたい6割弱ですね。60年代後半もそうです。逆に、輸出は60年代後半でも14.3%増加寄与率しかありません。輸入は、増加でいったらマイナス寄与率なんです。マイナス14です。つまり貿易によっては0.3%の寄与度しかない。つまり、内需によって成長できたのです。

内需でなぜ成長できたのかというと、大量の若い労働力が地方から都市部に移動したことが大きく影響しています。映画「ALWAYS三丁目の夕日」を思い出してください。堀北真希が最初に移り住んだのは小さな町工場で、2階に部屋を借りていた。そこにテレビや冷蔵庫がやってきた。そのうち彼女は外のアパートに出ます。そして自分のものを買う。自転車がバイクになって自動車になっていきます。そういうものをつくるための設備投資をやる企業が、鉄鋼や石油化学分野で発展していきます。

その中で大企業が大きな役割を果たしたかというと違うのです。これは個人企業や中小企業の方が増加寄与率が高いのです。

とりわけ地方の岩手や島根、宮崎に行きますと、農林業が大きなウエートを占めてきます。なぜかというと、この時には米価の保障がありました。都市の勤労者とほぼ同じような生産者米価の所得保障をしていた。そこで地域内でお金が循環していくという仕組みがあった。かつ、たくさんの労働者が農村から都市に行き、さらに労働運動が組織されて春闘が始まった。所得分配が行われて消費者がどんどん消費していく、すると生産的な投資も行われていく。こういう循環があったのです。

しかし60年代後半に、東京と大阪で大企業の方が中小企業を上回りました。大企業の拠点都市です。しかしそれでも、全国的に見たら中小企業が圧倒的に大きなウエートを占めているんです。だから教科書的な常識は、じつはまったくの間違いなんですね。

なぜ私がそういうことを考えたかというと、現在、各自治体で中小企業振興基本条例をつくろうという運動が広がっていたり、公契約条例や公契約法を定めてできるだけ国や地方自治体が発注する仕事を地域経済に循環させようという運動が始まっています。今、全国の中小企業振興基本条例制定自治体数は159を超えています。都道府県数でいえば31になっています。そのようなところで貴重な財源を地域に循環させ、地域の中小企業の経済力を高めていこうとしつつあります。事業所数でいえば中小企業のウエート数は99.9%です。雇用も8割平均です。

日本の経済の土台をつくる地域経済は、私はデコレーションケーキのようなものではないかと思っているんですね。一番大事なのはスポンジケーキ部分です。土台ですね。地味だけど、これなしにケーキはつくれない。その上にデコレーションが乗っていて、これは毎年の流行りで変わります。今までの産業政策や経済政策というのは、まさにここしか見ていないのです。これから成長するかもしれないからと投資の意味で優遇措置を付ける。けれど1年経ったら使い物にならない。そういうことを繰り返していったら、今度は土台が腐っていきます。そうではなく、土台である中小企業や農家や協同組合の、地域内での再投資力をつけていく必要がある。これを、自治体と国がしっかりとやっていくことが大切です。

EUでは小企業憲章が国レベルでつくられました。日本でも民主党政権時に中小企業憲章が制定されましたが、内実化されていません。もっと中小企業に光を当てるような行政施策を展開し、財源も措置する必要があります。その上で地方自治体も、そのベースのところで力をつけるような系統的な政策をやっていく。合わせて公契約条例によって、公的な団体が自らワーキングプアをつくるのではなく、賃金に対しても中小企業に対しても最低限の再生産費を保障していく。こうすることによって、所得ベースを上げていくことが必要です。

労働運動の力で内需拡大を

▲図表19は雇用者報酬の総額を先進国と比較し、日本が95年以降どう変化したかを示しています。日本だけは100を割り込んで90です。アメリカが186、イギリスが201。日本はグローバル化の中で賃金カットをして国際競争力に打ち勝つんだ、ということで非正規雇用を増やしてきたわけですが、そうすることによって、じつは高度経済成長期とまったく逆のことをやっているわけです。つまり内需をずっと冷やし続けている。その上、消費税増税も行っていますから、もっと冷えてしまった。ところが同じグローバル競争をやっているアメリカや西欧諸国では、雇用者報酬を増やしているんですよ。だから日本ほど落ち込んではいないのです。

内需を増やしていくというのは、やはり労働運動です。ここがしっかりしていくことが必要です。

また、昨年の秋、米価が大暴落しましたよね。農家の方々は、おそらく昨年の農協買取価格で2年やれるかといったらやれません。そうしたら、農業をやる人がまったくいなくなる可能性がありますね。秋田県の大潟村など、理想モデルだと言われた大規模農業形態のところでも、投資が回収できていません。その中で、たとえば卸問屋の話を聞きますと、安いお米を商社が買い占めてタイなどに輸出しているそうです。そこに精米工場があり、精米したものをアジアの富裕層に販売している。そういう意味では、買い付け価格は低い方がもうかるわけです。

ローソンの新浪さんが国の産業競争力会議や規制改革会議で減反を廃止すべきだと言い、国家戦略特区にも自ら進出していますね。今回、政府では米価暴落があってもきちんとした補償をしません。それは、外食産業やコンビニエンスストアや量販店や大手商社にとって、米価は安い方がいいからです。しかし日本で農業をやろうと思ったら、60キロ2万4,000円という水準が絶対に必要なんです。それが今、買取価格9,000円とかになっている。これは農業やめなさいって言っているのと同じです。

代わりに特区に指定されローソンが進出しようとしている新潟でどういう農場経営が想定されるかというと、TPPによって、外国人労働者をアジア諸国から自由に入れていくことによって、安い労働力を使うことです。そうすれば利益を伴う形で、土地を確保しながら農業ができるんじゃないか。そういうことがまことしやかに言われています。

農地は国土保全機能を非常に強く持っていますから、さらに日本は災害に弱い状態にもなりかねません。

最後に湯布院の中谷健太郎さんや溝口薫平さん達の地域づくりをご紹介しましょう。

湯布院では70年代初頭に震災を受け、由布岳の美しい農村景観を維持することによって長期滞在型の町をつくろうということで地域づくりをやっていくんですね。農村景観を守るとはどういうことかというと、そこで農業ができるということを保障することです。だから、旅館やレストランの皆さんが、買い取り価格を再生産可能な価格で設定しています。しかしどんなお米でも買いますということではなく、付加価値の高い有機米や特別栽培米、減農薬の野菜です。農商工が連携して取り組んでいるわけです。

湯布院町は今、合併して由布市になりました。▲図表20は湯布院町時代の最後のデータですが、注目してほしいのは90年から95年です。90年にバブルが崩壊し、観光地はどこも、京都市でも高山市でも金沢市でも、観光客および消費販売額が激減していきます。ところが、湯布院町は増えていったのです。

90年初頭、湯布院町の景観を守るために「潤いのある町づくり条例」を制定しました。これは、建築基準法よりも厳しい規制を伴ったものです。始め建設省に相談したら猛反発を受けました。ところが、どうしても湯布院の景観を維持したいということで、町の担当者や関係者が相談を繰り返します。すると、当時の建設省で若手職員の方が、いろいろな智恵を出してくれたのだそうです。たとえば、法的に使っている建坪率(けんぺいりつ)という言葉を使わずに、空白率などという法にないような言葉を使ったらいいのではないかとか。その結果として、景観が保全され、観光客数も観光消費額もバブル崩壊後に増えていく。そして農商工連携ということで、農業生産額も製造品出荷額も商品販売額も増えていく。それは湯布院でできた農産物を湯布院で加工し、湯布院のお店で販売したからです。だからお金が資金として循環し、その地域に積み重なっていった。こういうことができるという一つの証拠ですね。

実際には、地方に行けば現金だけでなく様々な恩恵に気づきます。たとえば自然が多いことです。都市部では、狭い仕事場に縛られてデスクワークをしている内にくたびれてしまうことがよくありますよね。私は各地域で活動されている方々と交流する機会がありますが、この前たまたまやって来られた方は大阪の都市生活でくたびれ果てた人でした。その人が四国のある市に協力隊として志願したら、自分の生き方が変わったと言います。大都市にいた時には自分の存在意義がまったく分からず、生きている意味が見いだせなかった。ところが限界集落と呼ばれるところに行ったら、若いというだけで重宝される。非常に大切にされる。その上、自分のやることが地域に貢献していると実感できる。それでものすごく元気になった。こういう効果あるいは効能が、農山村にはまだまだあります。

地域づくりは、マイナスからでも工夫してやっていけば、湯布院のようにできるのです。震災でほとんどお客さんが来なくなったところから始まったのですね。そういうことをきちんと支援するような仕組みが、自治体や国レベルであればいい。やはり人の力をいかに地域で活かしていくかということが大事ではないかと思います。

▼インタビューの一部を視聴できます。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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