大阪都構想→関西州→道州制=「究極の構造改革」で貧困と格差が極まる戦争遂行装置|岡田知弘京都大学教授

  • 2015/11/19
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安倍政権や橋下維新の「地方分権・道州制」「地方創生」とは? さらなる東京一極集中と強権政治=沖縄辺野古新基地建設強行の住民自治破壊が当たり前の日本になる」の続きになる岡田知弘京都大学教授インタビューの一部です。(※大阪都構想問題を考える際の前提にもなるところです)

安倍政権の「地方創生」は道州制へのワンステップ
――国民の暮らし切り捨てる「自治体消滅」論の罠
岡田知弘京都大学教授

民主的な財政改革なしの地方分権は更に格差広げる

そもそも「地方分権か? 中央集権か?」という議論の立て方自体に私は疑問を感じています。というのは、1950年代初頭にシャープ勧告というものがありました。アメリカのシャープ特使がやってきて、日本には地方自治体がないということで財源措置も含めどうあるべきかを議論したものです。しかし、彼はアメリカの古典的な地方自治論を持ち込んできた。アメリカは連邦制の国です。各州の独立性が非常に高い。連邦制というのは、たとえば法律を制定したとしても、必ずしも州政府としてそれを受け入れる必要はありません。今、TPP(環太平洋経済連携協定)の問題が議論になっていますが、TPP協定にアメリカの連邦政府が参加したとしても、ある州が「自分たちは従えない」と言えば従う必要はないんですね。

そうしたアメリカの連邦制と違って、日本やフランスは単一国家体制といい、たとえば日本の場合、いったんTPPを結ぶと地方自治体はそれに従わなければいけません。連邦制を取っていないほとんどの国の特徴です。そういう点でいうと、シャープが言ったような完全な地方自治で国と対等な関係をつくれるかといったら、できないのですね。しかもシャープが考えていたのは、各地域の税収で各地域は財政的なやりくりをやればいいということでした。ところが日本はこれだけひどい不均等発展をしています。北海道や東北や九州で上がる税収は、あまりないわけですね。地域でつくった経済と富が、本社に所得移転されてしまっています。日本の場合はその上で、これをどうコントロールするかが大事になっているわけです。そして、地方交付税という形でもう一度各地域に再分配した上で、憲法25条などで保障された国民誰しもが受け取ることができるような権利を行使できる財源を確保することが必要になるのです。

そういう議論が、「完全な地方自治論」「完全な地方分権論」といったものの中に抜け落ちているのですね。言葉をかえれば、「民主的な財政改革」を入れ込まない限り、地方分権はかえって地域格差を広げて、生活できないような国土を広げてしまうということです。

住民に身近なサービスは住民自身が決める

 ――どういう地方自治の体制が必要なのでしょうか?

後でお話しする道州制との関係で、フランスのこれまでの仕組みを紹介します。フランスも州という制度を入れています。しかし州の下に県があり、その下にはコミューンという基礎自治体があります。その人口規模は、8,000人以下のコミューンが8割です。そしてそこには、国の歴史よりも長い議会が厳然として存在しています。なぜかといえば、フランスは歴史的にドイツなどと戦争をしょっちゅうやっていますよね。その度に国境が変わります。けれど境界周辺の地域では、生活領域としてコミューンがずっと続いているのです。そこが自治の単位です。

行政サービスはどのようにしているかというと、学校や福祉が一番身近なサービスですが、それは近隣のコミューンと組合をつくったり連合をつくっている。日本でいえば一部事務組合とか広域連合です。それでまかなえない行政サービスは、県が補完します。県ができないものは、州が補完する。州の人口は、なんと平均200万人です。京都府の人口が240万人ですから、州といっても今の日本でいえば都道府県の単位なのです。県は郡の単位。そのように重層的になっています。

住民に一番身近なサービスは、自己決定しながら自分たちでつくっていく。けれど広域的なものに関しては、より広い単位で地方自治体をつくり、それを重ねていく。まさに住民自治を基本にした地方自治制度を重ねていく制度で一国が成り立っている。こういうことが、日本でも私は必要ではないかと思います。

「基礎地方政府」は30万人規模

自民党や経団連が提言している道州制というのは、日本全体を10くらいの州に分けようというものです。だから州の平均人口は1,000万人くらいになる。そして県をなくす。さらに、2000年代初頭に考えられていた日本経団連や自民党・道州制推進本部の考えでは、国の出先機関もなくすとされています。現業的なもの、事業サービス的なものはすべて州政府にしてしまう。中央省庁は政策の企画・立案の仕事だけやればいい。実際の仕事は州政府がやります。県もなくすので、県がやっている仕事も受けられるような、より大きな基礎自治体をつくる必要がある。これが人口30万人規模の基礎地方政府と呼ばれるものです。その人口30万人規模のものを300並べる。そうするとかなり広くなる。先ほど高山市の話をしましたが、岐阜県の地図を眺めて、30万人の枠組みを岐阜県でつくろうと思ったらどうなるか。東濃の恵那、中津川、多治見一帯もひとつの括りにしないと、30万人になりません。今でさえ大きいのに、もっと広大になってしまう。

そういうところでたとえば災害が起きたり、特定の住民サービスが必要になった場合、職員はその地域の詳しい地名さえ分かりません。そうした、かえって不効率な基礎地方政府ができてしまう。こんなことが机上の論理で、なおかつ上から目線で、日本列島を区分けしてつくっていこうというのが道州制なのですね。

戦前の道州制=地方総監府は戦争遂行装置だった

 ――経団連や安倍政権、橋下維新などが狙っている道州制というのは、そもそもどういうものなのでしょうか?

まず道州制の歴史について簡単に触れておきたいと思います。道州制に関しても戦前から議論があり、最初に道州制に近い構想ができたのは、1920年代の後半です。当時の田中内閣の時、州庁構想というものが出てきます。これは、大正デモクラシーの流れの中で、道府県を完全自治体化する必要があるのではないかという地方制度改革論が出て来た。それなら府県をまたいだ形で国が関与する必要があるので、国の機関としてエリアごとに州庁をつくっていって、完全自治体と合わせた形で広域行政にしたらどうかという構想でした。
ところが、その後に昭和恐慌が起き、戦時体制下に移る過程で話がガラッと変わっていきます。どういう議論が出たかというと、国家総動員で戦争のためのアウタルキー経済をつくる必要がある、というものです。アウタルキーというのは経済自立圏のことです。戦争が起こり、空襲の危険が高まってくる一方で、食糧の動員と配給、あるいは鉄やエネルギー、石炭の動員と配給を行う必要がある。これを広い領域で行ってしまうと、たとえば東京を空襲で破壊された場合にすべてがストップしてしまう。それではダメだということで、東京が空襲で破壊されたとしても、四国が生きている、九州が生きているという形で、それぞれ自立的な経済圏をつくるべきじゃないか、と考えたわけです。

この議論はナチスドイツの国土計画の考え方を輸入する中で入ってきました。そこで最初につくられたのが、道府県による地方連絡協議会です。当時は内務省が県知事を握っています。地方連絡協議会では物資調整等をやっていきますが、それだけでは済まない。陸軍省や海軍省を含む省庁の地方出先機関を合わせた形で、さらにブロック的な地方行政協議会をつくっていきます。そして実質的にそれを一本化していこうとしました。そういう形で、だんだん国の出先機関と地方自治体、公共団体である県の関係性を強めていく動きがあり、最終的に、1945年6月に地方総監府というものが国内にできます。これは、日本でいえば歴史上にできた唯一の道州制です。

これを戦争に対する対応措置としてやった。道州制は国土計画と密接につながっているのです。1945年8月15日に敗戦し、真っ先にこれは自主解体されていきます。戦争を遂行する装置だったということで、武装解除の一環だったわけですね。

松下幸之助が道州制を発想した理由

戦後は、道州制論が関西から起きてきます。関西経済連合会が、昭和30年代くらいから道州制を入れるべきだと主張しました。

一番強く言ったのが松下幸之助です。なぜかといえば、実は、松下電器が高度経済成長期にどんどん工場を展開していき、その中で県をまたいで工場をつくるので、道路建設や鉄道建設も広域的に合理的にできないかという話になったためです。松下電器は、大阪を中心に和歌山や兵庫など分工場を多く持っていましたから、そのエリアで関西州のようなものをつくっていくべきじゃないかと発想したわけです。それができなければ府県合併をすべきだとして、府県合併論も出てきました。

また、東海地域でも、東海3県合併論を中部経済連合会が中心になってつくり上げていきます。しかしそれは日の目を見ませんでした。

グローバル化で加速した地方分権・道州制

70年代に入ると、今の都道府県制度は比較的安定的じゃないかという論調に変わります。これを活かした形で政策を遂行していくべきじゃないかという意見が出てくる。それが再び変わっていったのが、80年代後半からの行政改革の流れです。

グローバル化に対応して、大都市圏を中心に競争力のある国土をつくっていく必要があるという議論が出てきました。そのためには、小さな自治体や府県ではなく道州制にするべきではないか、基礎自治体も30万人規模でつくっていく必要があるんじゃないか、という議論が出てくるわけですね。それを国の政策として政権構想の中に初めて明確に入れた人が安倍晋三氏でした。第1次安倍内閣時の政権構想の柱の1つが道州制です。他に憲法改定の手続きを始めること、教育基本法の改定をすることで、この2つは、第1次安倍内閣の時に国民の反対にあいながらも強行した。ところが唯一取りこぼしたのが道州制だったわけです。

しかしその時、3つの委員会をつくりました。1つが「道州制ビジョン懇談会」。そこに道州制担当大臣も置きました。座長は江口克彦さんというPHP総研の社長です。PHPというのは松下幸之助がつくったシンクタンクです。そしてPHPの江口さんを中心に、民主党政権の幹部も務めたような人たちが道州制論を唱えた。自民党内にも松下政経塾の卒塾生がたくさんいますので、道州制推進の政治家たちが生まれたわけですが、その象徴として江口さんが入ってきた。

もう1つは、さらなる地方自治体の合併を進めようと、第29次地方制度調査会を発足させています。その会長が中村邦夫パナソニック会長です。この中村氏は日本経団連の副会長で、経団連の中の道州制推進委員会委員長でもありました。

さらに、「地方分権改革推進委員会」をつくりました。道州制に移行するためにはできるだけ国の権限を地方自治体に、都道府県の権限を基礎自治体に下ろす必要がありますので、権限移譲を専門的に議論する場として設けられました。委員長は、伊藤忠の会長である丹羽宇一郎さんですね。

この3者とも、財界出身者であるばかりでなく関経連出身なんです。

「道州制で10兆円の財源が浮く」とする経団連

ところが、格差と貧困が小泉構造改革の結果として広がり、ワーキングプアの問題が一気に社会問題化していきました。さらに、安倍首相自身が体調を崩し、汚職等々で辞める大臣も続出してしまった。それで第1次安倍政権は崩壊して、最終的に民主党政権へと政権交代していくわけです。しかし、道州制の枠組みは、ほぼ第1次安倍政権時に出来ていたわけですね。

その枠組みに関わっては、▼図表4にまとめておきました。仕組みとして府県を廃止し、10程度の州を設ける。そして市町村合併をさらに促進して、300基礎自治体、約30万人規模にする。この30万人という数字は地方創生に関わっても登場しますので大変大事な数字です。

しかし、なぜフランスのようにやらないのかということが私はずっと不思議でした。なぜ県を残さないのかという点に関して、第1次安倍政権時の経団連会長の御手洗冨士夫キヤノン会長が、『文藝春秋』(2008年7月号)の中で明快に書いています。どういうことかというと、日本が成長力を取り戻していくためには2つのことが必要である。1つがインフラを充実させること。これは国際競争力をつけるための国際空港、国際港湾、都市高速道路の整備です。そしてもう一つが、道州制を入れることだと。この2つがじつは絡んでいるのです。

府県をなくし、地方の出先機関を整理統合することによって、毎年、当時の経団連の推計では10兆円のカネが浮くとされていました。今の財政危機の下でインフラ投資をやろうと思ったら、そうした「選択と集中」が必要だと自らの経営体験の中で確信した。そのやり方を政府の機構改造でもやる必要がある。道州制で「選択と集中」を行い、10兆円が浮くと言うのです。

なぜ道州制で10兆円が浮くかといえば、公務員と議員の定数を削減するからです。知事や市長の定数も削減できる。こうして浮いた10兆円をインフラ投資に移していく。あるいはそれによって多国籍企業を誘致するための優遇施策をつくる。多国籍企業のために各州が競争することによって日本経済を再生していくという言い方をしたわけです。私は非常に得心しました。なぜ県を残してはいけないのか。県をなくし、国の出先機関をなくすということにこだわる理由がここにあったんだということが明確に分かったわけです。

国と地方の「役割分担論」は何をもたらすか

しかしそこには、もう一つ重要な意味があります。それは「役割分担論」です。国と道州政府と基礎地方政府の役割分担を、橋下維新が典型ですが、二重行政は無駄だ、三重行政は無駄だ論を使いながらすすめる。結果的に、国は外交、軍事、通商、政策企画を行い、道州政府は産業基盤整備、つまりインフラと経済開発、経済成長の政策を担当するのが理想的だと彼らは言っています。そして高等教育政策も州の役割です。これは九州経済連合会や中部経済連合会が言っています。国立大学法人も県立大学法人も、同じ法人で一つの州にしてしまい、たとえば経済系が強いところに経済学部を集中する、といった形で機能強化をはかる。たとえば九州なら福岡に経済学部、長崎には医学部というようにここでも「選択と集中」を行い、無駄なところは削ろうということを提言しています。

基礎地方政府が何をやるかといったら、住民に一番近い医療や福祉サービス、初等教育です。これを担当していくことを提起しているのです。

一見これは合理的なように受け止められがちですが、よく考えたらおかしいのです。何がおかしいかというと、最も決定的なことは沖縄の米軍再編問題を見るとわかります。今の憲法下では沖縄県や沖縄市が対等な立場で国にものを言うことができますが、このような形で役割分担論が法制化された場合、どうなるでしょうか。これは国が専ら担当する分野だから、たとえ州政府であれ意見することはできませんよ、もし反対でもしようものなら違法ですよ、ということにならないか。今まさにそれを安倍政権の菅官房長官が言葉と行動で示しています。これを明確な形で法制化することが最大の目標ではないかと私は思っています。

つまり、最初に言いました明治憲法下における国の下に地方自治体を置く垂直的関係から、今の憲法によって対等で水平的な関係になったものを、また垂直的関係に戻すということなのです。それはまさに「戦争ができる国」をつくる形なのです。

そうなると、基礎地方政府は専ら医療、福祉、教育に関わることしかできません。他のことに関してはものが言えないということです。財源措置もない。基地問題でいえば、生活騒音の問題もあるし社会的犯罪が起きる可能性が常に高いですよね。まさにこれは基本的人権の侵害です。生存権に関わる問題です。しかしこれが起きたとしても、基礎地方自治体の首長や議員は何も言えなくなる。産業政策では、農業と商工業は地域の中で一体として存在していますが、経済政策は州政府の仕事ですよ、ということになります。農業に関しては基礎地方政府の仕事だと考えているようなので、地域では結合しているのに担当がバラバラになってしまう。あるいは、国土保全と産業政策と医療福祉も、地域の中では一体化しています。これも完全に分離します。

そうすると、国民にとっては不都合なことが起きます。一番大きな問題は災害です。今は地方整備局があるので、東日本大震災の時には九州や四国から重機を持って東京に駆けつけ、被災地でしっかりと緊急対応をしてくれました。だからこそ危機的な状況から脱することもできた。しかし州政府が別個に自立していくとどうなるか。しかも成長志向の州知事になった場合に不要不急の国土保全部門をつくり、そこに人を配置し、そこに重機を配置して温存することを認めるかどうかです。

これに関しては、さすがに問題ではないかということを誰しもが感じます。だから東日本大震災の直後、民主党政権の下で国の地方出先機関改革が言われた時に「地方を守る会」ができましたね。保守革新を問わず、市町村長が560人以上集まって地方整備局廃止に反対であると主張しました。国土交通労働組合も力を発揮したと聞いています。これが実は、その後の道州制論に直結するような出先機関改革をストップさせている力の一つなのですね。

市町村合併の弊害がさらに拡大する恐れ

それでは、国の地方出先機関は何のためにあるのでしょうか? それは国民の生活や産業の基盤をしっかりと保持し、国民の暮らしと命を守っていくためです。それを各部署が歴史的に担ってきたわけですね。

ところがそれを、財界が経済的活動をよりしやすくし、そこからできるだけ利益を受け取るために分割し、一方的に経済的な成長だけを目的にした「国のかたち」をグローバル国家の下につくっていこうとしているわけです。しかしそれでは、東日本大震災のような災害時には国民の暮らしは危機的な状況になります。国民の利益とはまったく対立する方向ではないかと私は思います。

また、道州制が導入されてしまうと、過去の市町村合併の弊害がさらに大規模に広がっていくのではないかと思います。市町村合併によって周辺が衰退していくというのは、地域経済学では当たり前の話です。

▲図表5は、京都北部にある京丹後市をモデルにしたものです。10年前にできた市です。ここは合併する前に合併協議会をつくり、財政シュミレーションしたものを下敷きに絵をつくりました。左側が合併前の状況です。6つの小さな丸が町役場の財政の投資規模を示しています。色塗りした形で6つの自治体がありますね。黒いところは、各町において、1年間の町内総生産額に占める役場の普通会計支出額の比率が30%以上のところです。白いのは、その比率が低いところ。真ん中が峰山町というところで、ここに市役所が置かれました。峰山は民間企業の力が強いのです。合併することによって大きくなり、市役所を1本化していった。

それで何が起きたかというと、▲図表6にあるように、合併特例措置の中で交付金がだんだん減らされていく仕組みがつくられたということです。ここで注目してほしいのは▲印です。2010年から先は、自由に使えるお金がどんどん少なくなっています。もともと総務省と財務省が考えていたのは、市町村合併によって地方財政支出を大幅に削減するということです。3分の1を削減したかったんですね。しかしすぐに削減してしまうととんでもない反発が起きますから、10年間は合併前と同じ計算をし、5年かけて削減しますよということにした。ただしおまけをつけて、この間に特別の借金をしてもいいことにした。それが合併特例債です。地方財政の交付金で7割措置した場合のシミュレーションが、一番上に載せているものです。だけどこれは借金で、ローン返しがほとんどです。それで真水の部分を取ったら▲印になる。○印の合併しない場合に比べて、10年後からどんどん財政規模が縮小してしまうのですね。つまり大きな体になっても、心臓である役所財政から支出されるお金の量は減っていきます。そうすると、民間の経済力が弱いところほど産業衰退が加速していく。先ほどの岐阜県高山市の例が典型的ですね。

そこで何が起きるかというと、地域で生活できない人が増えていきます。人口減少が急速に進んでいく。現に京丹後市では、合併前と比べてほぼ2倍のスピードで周辺部の人口が減っていきました。地域の中で投資する力を「地域内再投資力」といいますが、地域内で再投資する力の大きなウエートを、町役場、村役場、市役所が持っているのです。

道州制=「究極の構造改革」で貧困と格差極まる

さらに、道州制が導入されてしまうと、府県ではこんなことが起きる可能性があります。たとえば京都府は約8,000億円の財源と、8,000人の職員を持っています。ここがいったん消えて、おそらく州都のある大阪の方に行く。そして、そこで地方出先機関が持っている財源と人が合体されます。ただし道州制は公務員削減を目的にしていますから、今の府県職員も、国の出先機関の職員も総数としては減らされます。日本経団連の提言を見ますと、減らされたところは労働市場に出て行く。優秀なところは民間企業が雇いますよと言う。しかし、誰が優秀かどうかを判定するのか。あるいは優秀でないと判定された人は一体どうなるのかということに関しては、一切書かれていません。

さらに提言では、地方交付税は地方を甘やかすだけだと言っています。これは廃止すべきとしていて、結局、自前でやりなさいということなんですね。しかも東京の世界的な競争力はなくしてはいけないということで、合理化していきます。その結果何が起きるかといったら、各地方で財源不足が起きます。

そこで、経団連の文章では、地方税を上げるべきだと提言しているのです。特に消費税です。消費税を10%どころか10数%にすべきで、それでも足りなくなるだろうと言っています。そこを「新しい公共」の力を使って、NPOや地縁組織、あるいは民間企業に任せたらいい、住民自身が「新しい公共」ということで汗を流すべきだということまで、書き込んでいます。

しかも、この姿を経団連は「究極の構造改革である」と言っているのです。まさにそうです。経団連や大企業にとって、これほど旨い話はありません。しかし住民からすれば、必然的に負担が増える、公共サービスは低下していくことになる。

このような形で、果たして今様々な地域が抱えている問題を解決できるのでしょうか? あるいは格差が広がっている貧困の問題を解決できるでしょうか? それはまったくできないと思います。道州制というのは、企業の利益を第一にした国づくりを考えているのではないかと私には思えますね。

連携中枢都市圏構想が出てきた背景

次に州都との関係です。市町村合併では、この間、政令指定都市が20まで増えました。たとえば、中国四国は非常に複雑で、広島市か岡山市か松山市か高松市かというところで競争がありました。地方の核であり、高知市まで抜ける道路の起点がむしろ岡山市経由だということで、岡山市が政令指定都市になりたくて仕方なかったんですね。そこで、周辺町村を合併していく。九州では、博多のある福岡が経済的には一番ウエートがありますが、歴史的に見たら九州国税局等は熊本です。やはり熊本も州都になりたい。だから市町村合併を、周辺からの反発を受けながらでもやっていきました。

そんなふうに都市間競争を煽っていくことになるのですが、実際にはおそらく1つの州都は1つだけです。しかし、九州の福岡市にしても、どこの本社企業が多いのかということになると、意外と東京に本社のある企業の従業員が多いのですね。

東京に本社がある企業で働いている人の比率を調べたところ、関東地方は当たり前のように高いんですが、実は札幌で20%以上、仙台では50%以上です。決して自立していません。むしろ支店経済としての中心的な機能があるだけなんです。経済的な中心ということにはなっていない。そういう実体があるのですね。

それでも各経済連合会は、国の財源を安定的に確保できるということで、ブロックごとの道州制を繰り返し要求してきました。今、基礎自治体は第1次の平成大合併で1,710ちょっとですが、これを300までもっていかなければ道府県をなくすことはできません。そして、それに関わって出て来たのが「増田レポート」であり、「地方創生」に関係する連携中枢都市圏構想なのです。

▼インタビューの一部を視聴できます。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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