増田レポート「自治体消滅」論のトリック=構造改革による人口減少を逆手に小さな自治体の「あきらめ」狙う|岡田知弘京都大学教授

  • 2015/11/19
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安倍政権や橋下維新の「地方分権・道州制」「地方創生」とは? さらなる東京一極集中と強権政治=沖縄辺野古新基地建設強行の住民自治破壊が当たり前の日本になる」「大阪都構想→関西州→道州制=「究極の構造改革」で貧困と格差が極まる戦争遂行装置|岡田知弘京都大学教授」「橋下維新の大阪都構想がもたらすもの=住民サービス切り捨て・ワーキングプア増加・人口減少と東京一極集中の加速」に続く、岡田知弘京都大学教授インタビューの一部です。(※2015年3月に収録したインタビューです)

安倍政権の「地方創生」は道州制へのワンステップ
――国民の暮らし切り捨てる「自治体消滅」論の罠
岡田知弘京都大学教授インタビュー

私たちの「対抗軸」は?

 ――ピケティの『21世紀の資本』が日本でも話題になり、格差と貧困の深刻化や、地域の衰退などが日本でも大きな問題になっています。国と地方の行政のあり方も含めて、私たちの対抗軸はどういったものが考えられるでしょうか?

先ほど「増田レポート」の話をしましたよね。それは「地方創生」の戦略から出て来ている。そこに一つの対抗軸を考える素材があるのではないかと私は考えています。どういうことかというと、「地方創生」を突き詰めていくと、先ほどの「グローバル国家」論になり、道州制による「国のかたち」づくりもまさにその話です。東京の都心部には多国籍企業の本社が集中立地しています。そしてその周辺の港区辺りに、ヒルズ族と呼ばれるような超富裕層が集まっている。東京の中でも、そういうところが潤っていけば問題がない。これを「グローバル都市圏」という議論で、「地方創生論」の中でもされていくわけです。

多国籍企業の活動の結果として、2000年代初頭には、東京の都心部に海外の利益の7割が集中しています。愛知や大阪はわずかですが、1割ずつあります。これが国際的規模で広がっています。金融取引によって資産を増殖していくという、人口でいえば0.1%以下の人たちの税金を下げるとか法人税率を引き下げるとか資産税を引き下げるとかフラット化するとか、そうした形での改革が、この間、先進各国の「グローバル国家」の指向として取られてきたわけです。それはまた、社会保障と医療に税金を使うくらいなら自分たちの成長のために、あるいは富の増殖のために使うべきだという新自由主義改革です。

ではグローバル化とともに貧困を深刻化させている99.9%の国民はどうなるんだということになります。オキュパイ運動が起きてくる必然性はそこにあったんですね。ピケティの仕事というのは、世界各国で、200年のタイムスパンの中でそういうことが起こり、特に現代においては明確に格差と貧困が広がってきているということを、改めてデータとして示したということになるかと思います。

他方、日本では地方都市も含め、この間、衰退してきました。「増田レポート」でどういうデータが示されたのかということを、もう一度見てみましょう。

20代から30代の女性の人口が2040年までに50%以上減るところを「消滅可能性都市」と呼んだのですね。その中でも人口1万人に満たないところを「消滅自治体」と断定しました。その上で、東京に人口が集中しすぎているから経済機能とともに分散させる必要があるというわけです。

その分散先はどこでもいいのかというとそうではないという。拠点都市をつくる必要があるとして人口30万人以上の中核市や政令市を拠点として整備し、将来の州都および基礎自治体にしようというものです。そこで、たとえば公共施設も整備し直す、耐震改修をして、小学校や中学校などは統廃合し、合築した場合には交付金を差し上げますよという形になっていく。

国土交通省の新しい国土計画では、集落再編が必要なところは全国5,000カ所に集落をつくり、小さな拠点づくりをやっていきましょうと掲げられています。そういう形の政策もすでに提起されています。「選択と集中」を限りなく国土上でやっていけば、それが人口流出のダム効果になっていくということを言っているわけですね。大きな都市になればなるほど、人口流出のダム効果が果たせるという考え方がそこには潜んでいます。

でもそれは本当でしょうか? 先ほど高山市の例を見ました。すでに事実によって「増田レポート」が言っていることは覆されているのです。

大きな都市はどうかというと、総務省のモデル都市の一つと言われていた浜松市で、私はたまたま合併検証調査を市の職員の方々と一緒にやりました。浜松市は政令市になり、今は80万人の人口があります。しかし面積は、1,511平方キロメートル。太平洋岸から長野県境まで含まれています。一番下に天竜区というのがありますね。944平方キロメートル。とんでもなく広いんですよ。

ここの人口の動きを、区政を敷いてからの6年間で見たものが▲図表14です。天竜区では2,274人減りました。これは6.3%減で、かなり減り幅が大きい。中区は中心部ですが、中心部でも人口は4,000人近く減っています。

何が起きているかというと、周辺部の人口が減って中心部に行く人が減ります。買い物や通院に行く人が減ったため、事業所が減ってきた。もう一つは、自動車と家電関係の工場がグローバル化の中で閉鎖縮小してしまったため、働く場所がなくなった。グローバル化の影響です。

増田レポートが必要だと言う「選択と集中」で人口は減少してきた

浜松市は、ここ2年連続で人口減少を起こしています。天竜区が合併したのは2005年です。そして2007年に政令市になります。2005年起点で2014年までの人口はどうなったか比較したのが▼図表15です。天竜区全体で15.3%減ってしまいました。なかでも龍山村は33.8%と3分の1以上の減少です。10年も経たないうちに高山市の高根村と同じことが起きてしまったわけですね。この龍山村は、山林資源を活かしたとても良い村づくりを行っていました。全国から視察があったくらいです。ところが、合併した結果として役場が出張所(協働センター)になり、産業支援機能も生活サポート機能もなくなってしまった。結果的に、これだけ人口が減ってしまったわけです。そしてまだ減り続けている。

こうしたことを考えると、「選択と集中」は、やればやるほどダム効果が崩壊していく。むしろ小規模自治体があった方が、人口が維持されるだけでなく増えていくということが見受けられます。

小規模自治体で市町村合併政策が2000年代初頭に起きた時、「小さくても輝く自治体フォーラム運動」が展開されていきました。今年7月に第20回フォーラムを長野県栄村で開くのですが、昨年の大分県九重町でのフォーラムでは、宮崎県西米良村の村長である黒木さんが報告されました。この体験報告がすごく興味深いのでご紹介します。

西米良村というのは、宮崎空港から車で3時間くらいかかります。九州山地の真ん中の焼き畑農業の村です。94年時点で、厚生省の人口問題研究所がシミュレーションをしました。将来推計人口が2010年には748人になるでしょうと予測したのです。ところが、2013年4月の西米良村の人口は1,249人です。予測と全然違った。なぜでしょうか。この村では、西米良型ワーキングホリデー事業という形で、夏休みを使って都会から若い人を農作業の助っ人として呼んできています。そして給料を払いながら、住みついてもらいながら農作業をしてもらう。その中で、村が気に入って定住する人が増えてくるのです。その結果として、人口減少は続いていますがだんだん減り方が少なくなっています。若い人たちが子どもを産み出すのですね。そういう形で地域づくりをしっかりとやっていくことによって、人口減少は緩やかになっていくのです。

ほかにも島根県の海士町や、宮崎県の綾町、北海道東川町など、それぞれ個性のある地域づくりを住民とともに行って、人口を増やしています。小さな自治体だから、住民と一緒に、住民の協力で地域づくりをすることができるのですね。

合計特殊出生率を見ると、東京都が一番低いのです。それは青年層がなかなか結婚できない地域だからです。ところが、小さな自治体ほど合計特殊出生率は高い。そこで働き続けられるような仕事と所得があれば、定住人口も増えていくのです。

そうすると、まったく違う地域のつくり方、日本のつくり方が見えてきますよね。つまり、大きくして「選択と集中」をするのではなく、小さな自治体をベースに地域づくりをしっかりやっていく。その際に様々な国土保全や産業支援を国や県がきちんとやっていく。そうして小さな自治体だけではできないところを補完していく。そうすることで日本全国どこであっても生きていけるような地域をつくることができるのです。

「増田レポート」の狙いは小さな自治体の「あきらめ」

その上で「増田レポート」のシミュレーションを検証すると、2005年から2010年の国勢調査のトレンドを引き伸ばして、特に20代から30代の女性に関しては東京一極集中の動きが最高度に続いていくことを前提にしています。こういう無理のあるシミュレーションをしているのですね。東京への人口集中も含めて、人口の移動の仕方は波を打っているのです。

▲図表16は人口減少県数の日本全体の動きです。常に波を打ってきた。決して最高値がずっと続くわけではありません。ただ最近では、85年のプラザ合意と86年の前川レポート以降、グローバル化が広がり地域の産業が衰退しています。この結果として、人口減少県数は周辺部に広がっています。これは、中央集権によって人口が減少したという問題ではなくグローバル化政策と構造改革の結果によるものです。ここにメスを入れて逆方向に転換すれば、地域は再生していく可能性が高まるでしょう。その際は、小さな自治体を中心とした住民自治を保障した地域づくりをやっていく。そのことが新しい展望につながっていくのではないかと思います。

「増田レポート」のシミュレーションの中では、西米良村がやっていたような地域づくりの主体的取り組みがまったく無視されています。決定的なのは、20代から30代の女性が半分以上いなくなるから自治体が消滅するという議論が、とんでもなく間違った議論だということです。この測り方をしていくと、東京都豊島区も入ってしまいます。絶対数としての若い女性はたくさんいるわけですね。それ以上に他の年齢層も男性も存在しています。

「増田レポート」による「自治体消滅」のトリック

今の制度の中で自治体がなくなるというのは、自治体側が自治体としての存続を返上する場合だけです。つまり、合併しますと言わない限り、自治体は存続できるわけです。20代から30代の女性が半減するというだけで「自治体消滅」だと飛躍してしまうところが、じつはトリックなのです。

こうした「増田レポート」の一番大きな狙いは、小さな自治体を中心として、あきらめを引き出すことだと私は思います。もう将来的にやっていけないから、この際、大きな自治体と一緒になってもしょうがない、仕方ない、という雰囲気を作り出していく。その際、連携都市圏に行政サービスや行政機能が集中したとしても、もはや許容するしかない。そうしたあきらめをつくり出すために、「増田レポート」は必要だったということです。

実際、このレポートは増田さんと菅官房長官が予め打合せの上、発表日を決めたことが後から分かりました。昨年の5月8日の次の週に地方制度調査会が発足し、そこで、道州制を念頭にした上で新しく地方制度調査会の会長に据えたのが、畔柳さんという日本経団連副会長であり道州制推進委員会の委員長なんです。人口減少時代に適応するような地方制度を検討してもらいたいという諮問事項です。その後配られた文書が「増田レポート」だった。これを、覆すことのできない絶対的前提として地方制度のあり方を検討してくださいということが言われ、その後、国土交通省で「国土のグランドデザイン2050」の策定が行われていきました。

そして来年度は、国土形成計画の見直しが始まります。各広域地方計画を地方ブロックごとに検討していくことが始まるのです。その際に、小さな自治体がむしろ地域を再生する力を持っているということが、果たしてどれだけ注目されるのか。そうした視点と方向付けの上で、国土保全上どうなのか、農業政策立案上どうなのか、あるいは厚生労働についても、みんな絡んできます。そういうことをぜひ検討し、労働組合としても提案していく、あるいは必要な批判をしていくことが、必要になってきているのではないかと思います。

地域の現場にいる人々との連携を

▲図表17は、平成の合併前後の人口階級別の自治体数比率と人口比率、面積比率を比較しています。2012年度を見てください。下のところに「うち20万人以上」と書かれていますね。今、政府サイドでは、ここに拠点化を進めていこうということなのですが、自治体数でいったら7.7%、人口は52.6%です。おそらく、過半数を超えているからここに集中しても文句はないだろうという見方ではないかと思いますが、面積を見てください。11.5%にしか過ぎません。しかもこの中には、先ほど紹介した浜松市なども入っているのです。新潟市もそうです。圧倒的に農地や山林を抱えた20万人都市も入った上での11%なのです。

逆にいえば、人口1万人未満でも24.7%の国土を保全している。3万人のところでも、合わせれば5割弱です。道州制に向かう過程の「地方創生」のところで、この中枢都市圏に財源などを重点配分していった場合、何が起きるでしょうか。それは、小規模自治体への財政投資を縮小するということです。来年度あたりから、おそらく長期財政見通しが厳しく見直され、財政カットが始まっていきます。そうなると、ここへの投資が削減されていく。国土保全への投資がなくなっていくことにもつながっていく。人が住んでいないということが、一番、国土の保全上大きな問題になってくるのです。

今、日本の国土は災害の時代に入っています。その中で「選択と集中」だということになり、大都市圏の中枢部ばかりに行政投資を向けていくと、将来的に日本列島で大規模災害が大都市部をも襲っていくことになっていきます。そう考えると、むしろ国土のどこに住んでいようとも、そこで営む生活を保障していくような国土づくりが必要です。

福井地裁が昨年5月に大飯原発の運転差し止め訴訟に際して判決文を出しました。この判決文はすごいなと思いました。「憲法に基づく人格権こそが最高の価値を持つ」これを上回るいかなる権利もないとしています。人格権というのは明らかに生存権です。生存権は何によって保障されるでしょうか。そこで生きるための財産、農地とか商店とか漁港とか漁船とか、それを営むような社会的な法制度によってです。さらに、こういうものを保障するような自治体の存在も当然あります。つまり住民の福祉の増進です。これが地方自治体の最大の責務だということを踏まえた上で、「豊かな国土と、そこに国民が根を下ろして生活していることが国富である」と言っているのですね。これを実現していくことこそ、今のグローバル化と、災害が多発する非常に困難な時代において日本が持続的に生きる道であると思うのです。

だから憲法の視点で、国家公務員の皆さん、地方公務員の皆さん、国民の皆さんがもう一度自ら仕事を位置づけ直し、自分たちの世代のためだけではなく次の世代のために、あるいは自分が住んでいる土地だけではなく、都市であれば農山村との関係性において、農山村であれば都市との関係性において、どうすればいいのかということをお互いに考え、実行し、連携していく必要があると思います。

そうすれば、おそらく職場を超えて運動が広がっていくのではないでしょうか。国家公務員の皆さんも地域ごとにいろいろな社会的活動をされていたり、社会活動団体と関わりを持っていますよね。そういうところと連携しながら、地域全体をどうするかということを地域の現場の方々と一緒に議論したり、プロの視点で調査したり、政策提言をしていく取り組みが必要だと思うのです。そうすれば、特に地方では、99.9999%くらいの方が一緒になって動きますよ。「地方を守る会」はまさにそういう存在です。本来の地域再生のため、あるいはTPPを断念させるため、あるいは憲法9条を守るため、というように様々な形で連携を強めていってほしい。私は今、それが受け入れられる基盤が広がっていると思います。ピケティの本が売れているのもその証だと思います。そういう点を大事にしながら、取り組みを工夫していくことが必要ではないかと考えています。多くの方々が納得できる、むしろ明るい展望が見えてきているような感触をもっています。
【岡田知弘京都大学教授談】

▼インタビューの一部を視聴できます。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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