研究者を非正規で使い捨て荒む研究現場、職業として崩壊しつつある研究職、ポスドク若手研究者は育休も産休もなく家族形成すら困難、ノーベル賞の大隅良典氏「若手研究者をサポートできるシステムつくりたい」

  • 2016/10/4
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2016年のノーベル医学生理学賞を受賞した東京工業大学栄誉教授の大隅良典さんの言葉がとても重要だと思いましたので紹介します。(※以下、The Huffington Post 2016年10月03日付の「「社会がゆとりを持って基礎科学を見守って」ノーベル賞の大隅良典さんは受賞会見で繰り返し訴えた」より)

私は競争があまり好きではありませんで、人がよってたかってやっているより、人がやっていないことをやる方が楽しいんだと、ある意味でサイエンスの本質みたいなことだと思っております。誰が一番乗りかを競うより、誰もやっていないことを見つけた喜びが研究者を支えると常々思っています。

サイエンスはどこに向かっているのか分からないが楽しいことなので、これをやったら必ずいい成果につながるというのが、サイエンスは実はとっても難しい。そういうことにチャレンジするのが科学的精神だろうと思っているので、少しでも社会がゆとりを持って基礎科学を見守ってくれる社会になってほしい。

私は「役に立つ」という言葉がとっても社会をだめにしていると思っています。数年後に事業化できることと同義語になっていることに問題がある。本当に役に立つことは10年後、あるいは100年後かもしれない。社会が将来を見据えて、科学を一つの文化として認めてくれるような社会にならないかなあと強く願っています。

若い人たちのサポートができるシステムができないか。システムとしてできる(ようにしたい)。社会的にノーベル賞が意味があるとすると、そういうことが少しでもやりやすくなって、私が生きている間に一歩が踏み出せればいい。

分かったようで何も分かっていないことが、生命現象には特にたくさんある。えっ、なんで?ということを、とても大事にする子供たちが増えてくれたら、私は日本の将来の科学も安泰だと思う。そういうことがなかなか難しい世の中になっている。

それから、大隅良典さんは次のことも指摘しています。(※「科研費について思うこと」、日本学術振興会のサイトから)

昨今の国立大学法人等に対する運営費交付金の削減と、予算の競争的資金化によって、大学や研究所の経常的な活動のための資金が極端に乏しくなってしまった。運営費交付金はほとんど配分されないため、科研費等の競争的資金なしには研究を進めることは困難である。すなわち、補助金が補助金ではなくなり、「研究費」そのものになっている。さらに、研究科や研究所の経常的な活動の費用を捻出するためには、競争的資金の間接経費が重要な比率を持つようになった。

科研費の基本が個人研究であるという考えは、一見妥当なように聞こえるが、実は問題点も多い。例えば、競争的資金の獲得が運営に大きな影響を与えることから運営に必要な経費を得るためには、研究費を獲得している人、将来研究費を獲得しそうな人を採用しようという圧力が生まれた。その結果、はやりで研究費を獲得しやすい分野の研究者を採用する傾向が強まり、大学における研究のあるべき姿が見失われそうになっているように思える。このことは若者に対しても少なからず影響があり、今はやりの研究課題に取り組みたいという指向性が強くなり、新しい未知の課題に挑戦することが難しいという雰囲気をますます助長している。結果的に、次代の研究者はますます保守的になって新しいものを生み出せなくなってしまうのではないだろうか。

こうした大隅良典さんの指摘にも関連するのですが、私、月刊誌『KOKKO』で「疲弊する研究現場のリアル」を特集したことがありますので、その特集の巻頭で行った座談会の一部を以下紹介します。

▼月刊誌『KOKKO』2015年11月号(第3号)
座談会
悪化する研究環境と
ポスドク若手研究者の無権利

川中浩史 学研労協(筑波研究学園研究機関労働組合協議会)事務局長
     全経済産総研(産業技術総合研究所)労組書記長、産総研研究者
大高一弘 全通信研究機構支部副支部長、情報通信研究機構研究者
加藤(仮名)国立研究機関で働くポスドク当事者(30代)
榎木英介 科学・技術政策ウォッチャー
     近畿大学医学部附属病院臨床研究センター講師
(※司会・企画編集=井上伸)

基盤経費10年で十数パーセント減
日を追うごとに疲弊する研究現場

――今年6月に国公労連と学研労協で開催した国立試験研究機関全国交流集会(※以下、国研集会)に向けて取り組んだ、現場の研究者等へのアンケート(872人回答)で、研究環境が悪化している声が多く寄せられていますね。

川中 産総研も含め各国立研究機関が独立行政法人化されて15年を迎え、基盤となる運営費交付金が毎年軽減され、日を追うごとに研究現場が疲弊しています。それによって産業応用を目的にした外部資金の獲得競争が熾烈になっていて、外部資金のウエイトが高くなるばかりです。

今年4月から法人名が国立研究開発法人と変わりましたが、国研集会のアンケートの中で研究者が最も大事な役割だと認識しているのは、民間や大学では実施することが困難な国民生活に資する基礎研究と応用研究です。研究者としては、それをボトムアップで推進していく役割を目指しています。しかし実際には、研究費が足らない、研究支援部門の職員が少ないため研究をなかなか進められない状況です。その中で5年に1回、研究機関全体の中期計画が作られ、独立行政法人はリセットを繰り返してきました。安定的な研究資金は実際には運営費交付金しかないのですが、この10年間で十数パーセントも減らされている中で、現場の人員が足りないだけでなくコンプライアンス強化など事務的な作業も増えて、研究現場は苦しくなる一方です。

また、研究所の人員構成がかなり高年齢化しています。若手研究者はポスドクや任期付き等の不安定雇用に置かれ、支援部門は派遣労働などの非正規雇用ばかりというのが実態です。将来を担う若手研究者や支援部門の若手職員をきちんと安定した雇用で人材育成をはからなければ国立研究機関の未来はないと思います。

研究支援部門の非正規化で研究者が研究できない

――とりわけ研究支援部門での派遣労働への置き換えなど非正規雇用が増えて、研究者が研究に専念できないといった声が目立っています。

川中 産総研は全体で6 千人ぐらい職員がいてその半分は非正規職員です。事務職関係は、正規職員に対して倍ぐらいの契約職員がいるという感じです。そうすると、事務関係の仕事もきちんと継続することが困難になってきて、その部分が研究者にふりかかって研究者が書類書きをしなければいけなくなりますし、研究にとって大事な実験装置づくりやメンテナンスがすべてアウトソーシングされてしまったことで、逆にそこに費用はかかるのだけど毎年運営費交付金は減らされ、研究者が実験装置の世話もしなければならなくなって、ますます研究を推進することが困難になっているのです。

昔、実験装置を試作する職員(テクニシャン)に、「アメリカの映画と日本の映画はどこが違うと思う?」と聞かれたことがあります。彼が言ったのは、アメリカ映画があれだけスケールの大きな映画を作れるのは、大道具や舞台装置を作る人がしっかりした物を作っているからだし、最近のSF映画なども舞台装置にあたるCGの技術者などがいい仕事をしているからだ。ところが、日本はそういう縁の下の力持ちを育てていない。その映画の舞台装置を作る人が研究現場で言えば実験装置を作る人で、その上で研究者は本来の研究をアクトしていくのが仕事なのに、日本は研究支援部門を軽視し、アウトソーシングと、実験装置のメンテナンスから備品消耗品の購入まで、すべてを一人の研究者が押し付けている。欧米では研究支援部門の職員も研究者と同じように高い評価がされているのにそうなっていない日本の研究現場は問題だということですね。

大高 情報通信研究機構は、産総研と比べてパーマネント職員(正規職員)が少ないことがいちばんの問題です。もともとパーマネント職員は少なかったのですが、先行して事務も含む研究支援部門の職員を大幅に減らしました。その弊害は、たとえば財務契約担当者が減らされてしまったため、研究者が契約手続きをしなければならなくなって、研究すべき時間を割いて各種手続きを研究者本人がやらなければならないという状況になりました。また、研究予算の中で派遣職員を雇い、その仕事はそちらでやってもらうというアウトソーシングに近い、お金で解決せざるを得ない事態が起きています。独法化の初期の頃に3年任期付き研究員を多く採用し、3年後のパーマネント採用が半数以下という事態に陥り、その制度での採用を5年間でやめたという経緯もあります。

今は、任期付き職員ではなく、有期雇用職員で、1年契約で最大5年まで雇用できる制度になっています。5年の雇用のあと、有期雇用職員はパーマネント職に応募してもいいのですが、パーマネントにつながる確実な道が用意されているわけではありません。

労働組合で調べたのですが、現在、有期雇用の研究者と技術者は400人でした。ただ、有期職員はそれぞれの研究室の現場で採用できる制度になっていて、辞令もないので、ある日突然、ある研究室の電話番号簿に有期研究員が追加されるという実際の状況になっています。

有期研究員の給与は、研究費で運用されて来ているので、 手続き上、物品の購入と同様になっています。さらに、今はその枠もこれまでの金額を越えないようにという運営が始まっています。

例外は、外部資金を取ったプロジェクト研究のところで人件費枠を確保して有期研究員を雇用するケースですが、この場合でも、そのプロジェクト研究が終わってしまうと、その人件費はなくなりますから、結局、雇用の継続を約束できない不安定な形態になります。

非正規雇用の研究者と職員を使い捨て荒む研究現場

榎木 国研集会のアンケートを読ませていただいて、研究環境が悪化し続けていて希望が見えない、光が見えてこないというのが正直なところで、現場の研究者や職員の心が荒んできているのではないかと心配に思いました。

アンケートの中で、精神的な不安を訴える方も多いですし、うつ病が増えている状況もあります。非正規雇用の研究者や職員を使い捨てる研究現場で、人間として尊厳が破壊されるような現状が広がっているので、医者としてものすごく心配です。軍事研究も進みつつあるという問題もあって、本来は平和で幸せな社会のために研究があるはずなのに現実は矛盾に満ちているということも含めて研究環境を改善しなければいけないと思いました。

お二人の話を聞いて、やはり5年の中期計画に縛られていて、なんでも5年単位になっている。人の雇用も5年で、安定した雇用自体が一部を除いて望めなくなっていて、さらに研究環境を悪化する方向に追い詰めています。とりわけ技術職員の皆さんの技術が継承できない、質が保てないというのはとても大きな問題です。スキルアップしてやっとこれからというところでやめなければならない。賽の河原の石積みのような状況で、中で働いている職員の方々も職業に誇りを持てないというのを感じました。

また、正規職員と非正規職員との間の身分の違いみたいなものによる差別や分断が研究職場をより荒んだものにしているように思います。

研究成果が出ない環境をつくって
一体誰が得しているのか?

一体こんな研究環境をつくって誰が得しているのかが、全然分からない。日本の国としても、研究成果が出ないということを含めて得していないですよね。

誰も得する人がいないのに、荒んだ研究環境が続いているというところに絶望感を感じます。私はこういう状況を何とかしなければと言い続けて15年以上になりますが、なかなか明るい兆しが見えないというのが正直なところです。

とりわけ理系の研究者の置かれる状況がまさにそうで、私の周りの大学などでも依然として若手研究者の不安定雇用が続いています。ポスドクの人たちが医学部の中にもいて、任期付き助教になるのですが、やはり不安定雇用で将来不安に脅かされています。採用された時に任期のことは言われていなかったのに、いきなり「1回きりで更新なし」と言われたなどという問題が起きています。

大学でも、研究機関でも、同じような状況が続いている。その上、労働契約法の「改正」などもあり、雇い止めが多発している。研究者は無期転換申込権発生までの期間が特例で5年から10年になりましたが、結局は10年から先はないわけで安定した雇用ではありません。10年後に仕事がなくなる研究者というのは本当に深刻で、なんとか改善する道筋を早く見つけないと、これが30年続いたら一世代に及びますから、研究者は滅んでしまいます。研究者だけでなく、技術者なども、結局技術も継承できなくて滅んでしまう。昔のことを知っている人がいなくなったら、一体どうなってしまうのだろうと心配です。早く解決策を見つけたいですね。

ポスドクや非正規雇用が増え73%が「問題が起きている」

川中 今回の国研集会のアンケートで、「ポスドクや非正規雇用が増えて何らかの問題は起きていますか?」という問いに、73%の人が「問題が起きている」と答えています。その中で「目先の成果にとらわれている」「長期的な視野に立った研究ができない」「雇用が不安定な研究職を選ぶ学生が減少して優秀な人材が研究者にならない」といった問題が指摘されています。またプロジェクト研究に従事するポスドク(博士号を取得しているけれど非正規雇用に置かれる研究者)の場合、「契約上、研究内容がプロジェクト研究に制限されるため、研究内容が細切れとなって本人のキャリア形成によくない」など、様々な問題点が指摘されています。

結婚したが子ども持つのは難しいポスドク
先が見えない不安定雇用、退職金なし

加藤(ポスドク当事者) 私はドクターを取ってすぐ今の国立研究機関に入りました。いま6年目になっています。最初の5年間は、主に外に実験を見せに行ったり、デモンストレーションを行うことが多いところで、研究はあまりできませんでしたが、できる範囲でいろいろやらせてもらい、論文投稿や学会発表もさせていただきました。

雇用は5年で一度切れて、違うプロジェクト研究の中で雇用してもらっているのですが、最初の5年間でやっていたことを継続することはできなくなってしまいました。自分の実績をできるだけ積み重ねて、いずれパーマネントの研究者になりたいたいと思うのですが、5年ごとの雇用ですから、せっかく積み重ねても継続できずに捨ててしまわなくてはならない状況があり残念だなと思います。

現在は外部資金の予算で雇用してもらっているため、以前やっていた実験や研究に参加できません。今は雇われているプロジェクト研究に専念せざるをえないという状況です。

ポスドクがこうした不安定な状況にあるということは分かっていたのですが、博士課程を卒業できることになった時、就職活動で「一般の企業では博士はお断り」と言われて、全部断られてしまったのです。周りの先輩方でも、大学に残ったものの数年間で違う大学に移った人を見ていたし、自分の選んだ道だから仕方ないと思っていました。

ただ、実際に有期で5年働いてみると、覚悟していたとはいえ、やはり非常に不安です。特に結婚して家族ができたので、夢もありますし、生活上の問題もいろいろある中で、ずっと働ける環境がないというのは不安ですね。年齢を重ねてから転職するのは大変難しいですし。

退職金がないので、自分で退職金を貯めることを意識しないと、辞めた時に何も出ないですからね。先に何があるか分からないので、それを見越して生計を立てています。結婚したこともあって、最近そういう意識がますます強くなってきて、いろいろ切り詰めてやっているのが現実です。

子どもも欲しいと思っていますが、でも今の状況では難しいですね。夫婦二人の今の生活はギリギリというほどではないにしろ、家族が増えると厳しいかなと感じます。

職業として崩壊しつつある研究職

榎木 内実としては、研究をやりたいという情熱や才能にあふれた優秀な人が研究者を志さないという事態が当たり前になってしまっています。2005年頃からそうした傾向となって、近年ますます強まっています。客観的に推し測るのは難しいのですが、研究のアクティビティーや業績に影響が出始めていると思います。

科学研究を世界に出すことによって貢献してきた日本が、地盤沈下を始めています。当事者である加藤さんのお話を聞いて、さらに不安を感じました。ご結婚されて将来を見据えた時に、5年後どうしているかが分からないという状況に置かれて、家族形成も躊躇せざるを得ないわけですからね。私の職場(医学部)ではポスドクで結婚している率は少ないです。同世代の医者と比べて、子どもがいる率も少ない気がする。ちゃんとしたデータはありませんが、回りを見ると30代で子どもがいるという任期付き助教の人はいません。「結婚はどうですか?」と聞いてみたこともありますが、「なかなか踏み出せません」と話していました。

つまり職業として崩壊しつつあります。家族か研究かを選ばなきゃいけない、この研究者の道を選ぶなら私生活を犠牲にしなければいけない。これでは健全な職業とは呼べないのではないでしょうか。それでも研究者を選ぶ人の決断は尊重すべきですが、一方で家族をもって安定した中でじっくり研究するという選択肢もあって然るべきではないかと思います。それがない。厳しい状況で戦っていくしかない、というのが現状です。

いま優秀な若い人が消えかけている。それが日本という国だけじゃなく、世界の科学の未来にとっても非常にマイナス面を及ぼしつつあるということをもっと認識しなければいけません。研究者を目指してポスドクになるのは個人の選択だと言われるかもしれませんが、国として、科学や人類への貢献についても考えるべきではないでしょうか。個人的にキツイならやめればいいじゃない、ということではなく、もっと高い位置から考えていかないといけない問題だと思います。

ポスドクは育休も産休もない
際立つ女性研究者の困難

大高 女性研究者の困難も際立っています。子どもを産む時にパーマネント職員と有期雇用職員の制度が大きく違います。制度的に有期雇用職員は、入ってすぐと最後の1年は育休が取れません。労働組合として有期雇用職員も育休を取れるようにしようというところまではいったのですが、雇用期間が決まっていると現実問題として育休が取得できる期間に制限が加わるわけで、そもそも短期の年限の有期雇用という根本問題にぶちあたってしまう。結局、この時期には子どもを産みたくても産めないということが現実的に起きる。正規職員には当たり前にできる選択すら行えないのが非正規職員の現実になってしまっています。

榎木 私も女性研究者の人から「ポスドクは産休も育休もないんだよ」と言われたことがあります。女性研究者の切実な問題として、ライフサイクルやキャリアに展望が持てない。育休・産休という固有の権利すら、ポスドクには認められていない厳しい状況です。こうした問題が起こっていることを世の中の人にもっと知ってもらわなければいけませんね。

――日本の科学技術において、マイナス面が強くなってきているという話がありましたが、それを示すデータはあるのでしょうか。

榎木 論文数が減っているのと同時に、トップ1%、トップ10%などハイクオリティの論文が減っており、国際順位で見ても軒並みどの分野でも下がっているというデータも出ています。鈴鹿医療科学大学長の豊田長康さんが、公になっているデータに基づき解析したところ、2013年の人口あたり論文数は世界35位と低迷していることが明らかになりました。明らかに日本の研究の地盤沈下が起きているわけで、その大きな原因の一つがポスドク・若手研究者の不安定雇用にあると思います。

国立大学法人化と国立研究機関の独法化で
日本の研究の地盤沈下が起きている

――より大きな背景としては、国立大学法人化と国立研究機関の独立行政法人化があると見ていいのでしょうか。

榎木 そうだと思います。現場では研究以外の仕事が増えたせいだと言われていますが、そうした研究に集中できない環境が、独法あるいは国立大学法人になってから顕著ですよね。“教授になったら研究できません!”というのは昔からある程度はあったと思いますが、今はひたすら書類書きをしなければならない。それが下の助教の人にも降ってきていますね。常に書類を書いていて研究に集中できる環境が削がれているというのが非常に大きいと思います。

もう一つは、先に述べたように優秀な人材が大学や研究機関を避け始めているということです。それもボディブローのように効いてきていると思います。

ポスドクの苦しい状況が一定知られてしまったことで、人材を呼び込めなくなり衰退している。それが国際競争力の低下、論文数の低下を引き起こしているのだと思います。

川中 論文数で評価すると、産総研も落ちてきています。独法化された直後は、とにかく論文数を稼げということで2005年までは右肩上がりに上がっていました。その後2005年をピークに下がっている状況です。

とにかく短期間で評価を出さなければいけなくなったために、3年程度で結果が出る目先の研究しかやらなくなっています。国立の研究機関であれば、本来は10~20年先、あるいは50年先を見据えた、シーズと呼ばれる研究をすべきなのですが、予算はとってこなきゃいけないし、金額も限られている中ではそれが非常に難しい。結局、外部資金を中心にした目先のプロジェクト研究をやることで、論文の評価軸がどんどん落ちているのかなと思います。

それにプラスして、実際に学術論文や研究論文として見える成果も減りつつあります。業務量が増えたり、予算が減ったり、実際に研究の質が落ちたりと複合的な理由はあると思いますが、どの現場でも、評価の高いレベルで注目される論文数が、どんどん減っているのが現状ですね。

大高 最近はどう社会への技術移転につなげるんだ?というところが求められて、優れた研究成果というよりは、実用化に向けた研究じゃないと評価されない。論文だけでは不十分で、その先に実用化があるというストーリーになっていないとなかなか研究させてもらえないのです。そして、今では研究自体より、研究を実用化するための開発の時間ばかりが増えています。

榎木 応用が求められるという点は、私の関わっている生物も顕著です。iPS細胞による再生医療の研究は、すぐにでも応用化をという圧力がものすごくかかっています。生命科学と医療は近いので、なんでもかんでも患者さんに役立つと思われる節がありますが、たとえば生態学とかベーシックサイエンス、ピュアサイエンスという分野では肩身が狭くなっているのが事実です。人材や予算の面で厳しいのではないかと思いますね。全般的に日本では、産業応用を見据えた研究が割と予算を取りやすいという現状がずっと続いていますね。

▼参考
『KOKKO』第3号
[特集]疲弊する研究現場のリアル
〈座談会〉悪化する研究環境と
     ポスドク若手研究者の無権利 …004
川中浩史 学研労協事務局長/産総研研究者
大高一弘 全通信研究機構支部副支部長/情報通信研究機構研究者
国立研究機関で働くポスドク当事者
榎木英介 科学・技術政策ウォッチャー
早稲田問題のその後 …017
松村比奈子 首都圏大学非常勤講師組合委員長
国立大学の運営問題と人文系学部廃止騒動について …025
編集部
国立研究機関で働く研究者・職員への個人アンケート結果 …028
福島原発事故の海洋汚染と研究者の社会的責任
――ブロックできていない汚染水の長期観測が必要 …031
青山道夫 福島大学教授
「戦争法」と急進展する軍事研究
――国立研究機関アンケートから研究者の社会的責任を考える …042
池内 了 名古屋大学名誉教授
[連載]国公職場ルポ 第3回
[年金機構の正規職員とブラックな外部委託]
メンタル疾患の悪循環と社員110人に賃金未払い …052
藤田和恵 ジャーナリスト
[連載]ナベテル弁護士のコラムロード 第3走
東芝の粉飾決算と脱原発の関係 …063
渡辺輝人 弁護士
[連載]スクリーンに息づく愛しき人びと 第3作
引き裂かれた妻と夫の再会
『妻への家路』ほか …068
熊沢 誠 甲南大学名誉教授
[リレー連載]運動のヌーヴェルヴァーグ 藤田孝典⑦
ブラック企業対策プロジェクトとソーシャルワーク
――企業や地域や政策に介入する福祉実践 …073
藤田孝典 NPO法人ほっとプラス代表理事
[書評]益川敏英著
   『科学者は戦争で何をしたか』 …077
浅尾大輔 作家

 

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◆相次ぐノーベル賞、しかし研究現場は疲弊=「夫婦でポスドク、生活苦しく子ども育てる余裕ない」「うつ病一歩手前でいい研究できない」、山中伸弥氏「iPS細胞研究所の9割は非正規雇用で不安定」

◆1千5百万円の借金まみれで「高学歴ワーキングプア」の仕事さえ失う若手研究者、世界一高い学費・奨学金という名のローン地獄・高学歴ワーキングプアという貧困三重苦の将来不安抱える日本の大学院生

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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