<STAP細胞問題>ネグレクトされていた小保方晴子氏、研究不正の要因を財務省・政府がつくる日本=ポスドク1万人計画など若手研究者の不安定雇用増大と競争的資金の増加や重点化と比例し増える研究不正

  • 2015/11/3
  • <STAP細胞問題>ネグレクトされていた小保方晴子氏、研究不正の要因を財務省・政府がつくる日本=ポスドク1万人計画など若手研究者の不安定雇用増大と競争的資金の増加や重点化と比例し増える研究不正 はコメントを受け付けていません

※2014年6月20日に開催した「第32回 国立試験研究機関全国交流集会(国研集会)」における記念講演の要旨を紹介します。(文責=井上伸)。※大学や国立研究機関の基盤経費=運営費交付金の削減と競争的資金の増加や重点化、そして、ポスドク若手研究者をはじめとする不安定雇用の非正規研究者の増大と比例して研究不正の発生件数が増えている事実からすると、STAP細胞問題などの研究不正の要因のひとつを日本政府・財務省みずからが率先して作っているといえるでしょう)

STAP細胞問題と研究者の社会的責任
――若手研究者のネグレクトを許さない研究環境へ

サイエンス・サポート・アソシエーション代表
近畿大学医学部 病理学教室 医学部講師
榎木 英介氏

なぜ研究不正は起こるのか?

いったいどうして今回のSTAP細胞問題のような研究不正が起こるのでしょうか? STAP細胞問題が明るみになった最初の頃、私は若手研究者の過酷な環境が小保方晴子さんを論文不正に追い込んだのではないかと思っていました。しかし、現時点ではポスドク問題だけで説明できないのではないかと思っています。

『科学研究者の事件と倫理』(白楽ロックビル著、講談社、2011年刊)によると、研究不正の起こる原因として、①不注意・ミス、②無知、③規則・規範の問題、④信念・思い込み、⑤トク・快楽、⑥狂気、⑦研究者特殊感などが考えられるとしています。小保方さんサイドは、「不注意・ミス」が主な原因だったのだと強調していますが、多くの方はこうした説明には納得していないのが現状だと思います。

小保方さん個人の問題なのか?

一方で、小保方さんという個人が「特殊」だったから今回のSTAP問題は起こったのではないか、上記にある個人の「狂気」が原因の部類に入るのではないか、というような意見があります。しかし、私は小保方さん個人だけの問題ではないと思っています。なぜかというと、理化学研究所(以下「理研」)の「研究不正再発防止のための改革委員会」が6月12日に発表した「研究不正再発防止のための提言書」の中で、STAP問題の「原因分析」として、理研みずからが次のように指摘しているからです。

◇小保方氏の研究データの記録・管理はきわめてずさんであり発生・再生科学総合研究センター(以下「CDB」)はそのようなデータ管理を許容する体制にあった
◇STAP問題の背景には、研究不正行為を誘発する、あるいは研究不正行為を抑止できない、CDBの組織としての構造的な欠陥があった
◇研修の受講や確認書提出を義務化しながらもそれが遵守されておらず、かつ不遵守が漫然放置されている
◇実験データの記録・管理を実行する具体的なシステムの構築・普及が行われていない
◇理研本体のガバナンスにおいて研究不正防止に対する認識が不足している
◇理研のガバナンス体制が脆弱であるため、研究不正行為を抑止できず、また、STAP問題への正しい対処を困難にしている

「理研問題」なのか?

上記の指摘から分かるように、理研の組織的な問題もとても大きいわけです。それでは今度はSTAP問題というのは、理研の問題なのでしょうか? これも違うと思います。なぜなら、理研だけで研究不正が起こっているわけではないからです。

たとえば、東邦大学麻酔科准教授による172本の論文不正、大阪大学教授による研究データねつ造をめぐり助手が自死した事件、論文51本で不適切画像210件が調査対象となった東京大学研究室の疑惑など、研究不正が繰り返されている状況があるのです。

そして、これは日本だけの問題ではなく、アメリカでもSTAP問題と同じような研究不正がずっと続いているのです。

研究不正が相次いだアメリカでは1992年に、「科学界のFBI」とも言われる政府機関の「研究公正局」(ORI)を設立しました。しかし、取り締まり強化だけでは研究不正がなくならず、現在は教育活動に重点を置いているのです。

ポスドク1万人計画と任期制の普及、競争的資金の増加や
重点化などと一致し増加する研究不正の発生件数

 

▲図表1は、2005年に『ネイチャー』に掲載された研究不正の調査などをもとに中村征樹氏が作成した資料ですが、これを見ても分かるように、「研究不正を行った、あるいは懸念のある行動を行ったことがあると答えた研究者の割合」はかなり多いと言えるでしょう。たとえば、今回のSTAP問題においても問題になっている「研究プロジェクトにかかわる記録を適正に保管しなかった」は、27.5%もあるということです。

 

▲図表2は、松澤孝明氏が書かれた「わが国における研究不正」(『情報管理』2013年6月号)に掲載されているグラフ「研究不正等の発表・報道件数と推定発生件数との関係」の上に、私が「ポスドク1万人計画(1996)」など研究環境に関わる動きを書き加えたものです。松澤孝明氏は、「研究不正等の推定発生件数の変動傾向が、わが国の科学技術政策の変遷に比較的よく一致している」として次のように指摘しています。

例えば、推定発生件数が増加し始めた1990年代中期は、わが国において「科学技術基本法」が制定され(1995年)、第1期科学技術基本計画(1996年~2000年)に基づく、科学技術政策が開始された時期に当たり、「競争的資金の倍増」や、「ポスドク1万人計画」に代表されるように、科学技術に対する「量的」な資源投入が増大した時期と重なる。また、推定発生件数が急激に増加する2000年代前半は、2001年からはじまる第2期科学技術基本計画の下で、競争的資金の増加と、「重点4分野」(ライフサイエンス、情報、環境、ナノテク・材料)への重点化が進められた時期と重なる。任期制の普及や、研究評価の浸透など、競争的環境が一層整備された時期でもある。(松澤孝明「わが国における研究不正」『情報管理』2013年6月号)

日本は「選択と集中」が激しく競争的な研究環境

 

▲図表3は、科学技術・学術政策研究所の「日本の大学における研究力の現状と課題」(2013年)に掲載されているグラフです。このグラフにあるように、国立大学の運営費交付金が減らされ続ける中で、1990年代までは自己資金が約90%で、外部資金は約10%だったのに、2011年の時点で自己資金は70%を切って、外部資金を調達しないと国立大学は研究も教育もできないという状況になっています。

 

▲図表4は、「日独における競争的資金の分配」(出所は同上)です。このグラフはトップに分配された競争的資金を基準にその下の順位にどれだけ競争的資金が分配されるかを示しています。ドイツは1位と2位にあまり差がなかったり、11位ぐらいでも1位の半分ぐらいは競争的資金が分配されているというように、ゆるやかなカーブを描いています。ところが日本は、10位ぐらいでも1位の10分の1程度しか競争的資金が分配されません。日本は極端にトップにだけ競争的資金を分配していることがこのグラフから分かるわけです。ドイツよりはるかに日本は「選択と集中」が激しいことを示しています。研究費がトップダウンで重点分野に集中しているのです。

小保方さんは「ネグレクト」されていた
競争的環境下での「博士の乱造」の罪

 

こうした競争的な環境の中で、▲図表5にあるように、ポスドクと大学院生がどんどん増えています。博士課程修了者は年間1万6,000人になっています。ここで「博士の乱造」が起こっているという問題が出てきます。なぜなら大変な競争の中で、とにかく研究を進めて資金を調達しないと大学はやっていけないので、学生に対する教育がおろそかになってくるわけです。こうしてきちんとした教育が受けられない博士が国の政策によって「乱造」され、さらに安定した職にはつけないのです。小保方さんを含めユニットメンバーは全員が任期制職員でした。きちんとした教育が受けられず「乱造」されてきたことが、今回のSTAP問題での小保方さんの「研究データの記録・管理はきわめてずさん」だったことにつながっているのです。

結局、小保方さんはまともな教育を受けていなかったわけです。論文の読み方とか書き方、データの出し方、そして研究倫理についてもまともな教育を受けていなかったのです。たとえ小保方さんが問題のある人だとしても、小保方さんに対して「問題があるよ」と指摘する人もいなかったわけです。

小保方さんは「ネグレクト」されてきたのではないかと思います。そして、競争的環境の中で基礎的な教育は受けられないままでも何かと「成果」を出してくるからと重用する。栄養を与えないのに周りは果実だけを欲しがって、その果実がどこかから盗んできたものであったり、腐った果実であっても、とにかく果実が欲しいから、誰もそれがおかしいとは言わなかったということが続いてきた結果がSTAP問題になってしまったのではないかと思います。

子どもに対するネグレクトは育児放棄であり、児童虐待にあたりますが、こうした教育を放棄したような状況というのは、大学院生や若手研究者に対するネグレクトであり虐待だと私は思わざるをえません。

国際的に信用失墜する「ディプロマミル」化

論文でコピペをしてはいけないということすら知らない研究者をつくっている日本という国は、世界から見て、「ディプロマミル」なのではないかと指摘されても仕方がないと思います。「ディプロマミル」というのは、実際に就学せずとも金銭と引き換えに高等教育の「学位」を授与すると称する機関のことで、その活動は学位商法とも呼ばれているものです。これは、論文捏造よりも国際的な信用を失墜させる、深刻で危機的な事態だと私は思っています。

「無敵の人」という言葉がありますが、追い込まれた若手研究者は「失うものは何もない」という状態に置かれて、ここで論文を出さなければ何も残らない、まじめにやっているのに先がないということになったら論文不正に手を染める人が出て来てもなんら不思議ではないでしょう。ですから、アメリカのように「研究公正局」(ORI)を作って教育をしたとしても、研究者の置かれる構造を変えなければ研究不正がなくなることはないと思います。

 

▲図表6にあるように、「不安定な身分と激烈な競争」が研究を歪めていると私は思っています。STAP問題は、小保方さん個人の特殊な問題ではなくて、日本の競争的で不安定な研究環境が生み出したものだと思います。STAP問題を個人の特殊論で切ってしまわずに、背景にある研究環境の問題をきちんと私たちは受け止めて、▼図表7にあるように、「安定的な身分とフェアな競争」を作り出すことが、捏造への誘惑を断ち切り、優れた研究成果を生み出すことにつながると思っています。

 

最後にまとめると、STAP問題の背景には、①大学や国立研究機関の運営費交付金が減り、外部資金を調達しないと研究できない、②研究費がトップダウンで重点分野に集中している、③国の政策で博士が「乱造」され、なおかつ安定した職につけない、④競争的な環境の中で画期的成果だけが追求され、大学院生教育がおろそかになっている、といった問題があるのです。STAP問題を生み出してしまったこうした日本の研究環境を改善していくことがいま求められていると思います。

(榎木英介氏談)

▼参考
『KOKKO』第3号
[特集]疲弊する研究現場のリアル
〈座談会〉悪化する研究環境と
     ポスドク若手研究者の無権利 …004
川中浩史 学研労協事務局長/産総研研究者
大高一弘 全通信研究機構支部副支部長/情報通信研究機構研究者
国立研究機関で働くポスドク当事者
榎木英介 科学・技術政策ウォッチャー
早稲田問題のその後 …017
松村比奈子 首都圏大学非常勤講師組合委員長
国立大学の運営問題と人文系学部廃止騒動について …025
編集部
国立研究機関で働く研究者・職員への個人アンケート結果 …028
福島原発事故の海洋汚染と研究者の社会的責任
――ブロックできていない汚染水の長期観測が必要 …031
青山道夫 福島大学教授
「戦争法」と急進展する軍事研究
――国立研究機関アンケートから研究者の社会的責任を考える …042
池内 了 名古屋大学名誉教授
[連載]国公職場ルポ 第3回
[年金機構の正規職員とブラックな外部委託]
メンタル疾患の悪循環と社員110人に賃金未払い …052
藤田和恵 ジャーナリスト
[連載]ナベテル弁護士のコラムロード 第3走
東芝の粉飾決算と脱原発の関係 …063
渡辺輝人 弁護士
[連載]スクリーンに息づく愛しき人びと 第3作
引き裂かれた妻と夫の再会
『妻への家路』ほか …068
熊沢 誠 甲南大学名誉教授
[リレー連載]運動のヌーヴェルヴァーグ 藤田孝典⑦
ブラック企業対策プロジェクトとソーシャルワーク
――企業や地域や政策に介入する福祉実践 …073
藤田孝典 NPO法人ほっとプラス代表理事
[書評]益川敏英著
   『科学者は戦争で何をしたか』 …077
浅尾大輔 作家

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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