日本の派遣労働は企業による労働ダンピングと労働者使い捨ての深刻な雇用融解まねく、ヨーロッパの派遣労働とは労働市場のバックボーンがまったく異なる

  • 2015/8/25
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(※2010年3月に書いた記事です)

3月8日に専修大学で行われた、田端博邦東京大学名誉教授の講演「雇用融解と労働者の権利~ヨーロッパと日本の比較」の要旨を紹介します。(文責=井上伸)

「製造業派遣を法律で禁止している国はない」ということだけを強調して、「だから、日本でも製造業派遣を禁止すべきでない」「派遣を規制すべきでない」と主張する議論があります。

この主張は正しいでしょうか?

確かに、製造業派遣を法律で禁止している国はありません。しかしそれは、日本以外のヨーロッパをはじめとする先進主要国は、取り立てて製造業派遣を法律で禁止したり、派遣を規制しなくても社会問題が発生しないからなのです。

ところが、ヨーロッパと違って日本だけは、製造業派遣を法律で禁止したり、派遣を規制しなければ、大きな社会問題が発生してしまう労働市場になってしまっているのです。ですから、日本とヨーロッパの労働市場と派遣労働のあり方が大きく違う点を無視して、ただ単純に「製造業派遣を法律で禁止している国はない」「だから、日本でも製造業派遣を禁止すべきでない」とだけ主張することは、いま社会問題になっている「派遣切り」や労働ダンピングによる貧困と格差の広がりなどの雇用融解を、ただただ容認し放置することと同じなのです。

それでは、なぜ日本以外のヨーロッパ諸国では、製造業派遣を法律で禁止しなくても日本のように社会問題が発生しないのでしょうか? それは、そもそもヨーロッパにおいては、(1)横断的労働市場で産業別労働協約が形成されていること、(2)「同一労働同一賃金」「均等待遇原則」が形成されていること、(3)派遣労働は「臨時的・一時的」な雇用であり常用代替を禁止していること、などが確立されているからです。

それぞれ詳しく見ていきます。まず横断的労働市場についてです。日本では企業別労働組合による「企業別交渉」が基本ですが、ヨーロッパでは産業別労働組合による「産業別交渉」が基本です。ヨーロッパの労働組合は、賃金や労働条件、社会保障などについて、産業レベル・国民経済レベルでの団体交渉で決定します。言い換えると、労働者の賃金や労働条件、社会保障は、個々の職場の労使関係の中だけで決められるべきでなく、産業的・国民経済的な広がりを持った社会的な基準によって決められるべきで、労働組合もそうした社会的役割を担っているのです。

賃金は、労働者の技能資格水準とそれにリンクする賃金率が産業横断的に決められていますので、同じ産業の中で転職をしても基本的な賃率は変わりません。日本のように自己紹介で「私はトヨタにつとめています」などと、労働者のアイデンティティが企業に従属するのではなく、ヨーロッパの労働者は専門職能に結びついているのです。

さらに、ヨーロッパ諸国の団体交渉システムは、国境を越えたヨーロッパレベルにまで広がっています。派遣労働やパート労働など非正規雇用に関するヨーロッパレベルの団体交渉は、ヨーロッパレベルの労働組合と経営者団体との間で行われ、EU指令の基礎となっているのです。

このように社会的広がりを持つヨーロッパの団体交渉システムは、派遣労働者など非正規労働者を含むほぼすべての労働者に労働協約が適用されることも意味しています。

ところが日本の労働協約は、締結主体の労働組合が企業単位で、社会的な広がりは一切なく、適用対象も企業内の労働者に限られています。ですから、社会の側から見ると、日本の労働協約の内容はほとんど知られていませんし、企業や労働組合の側も社内の問題だとして、一種の“社内秘”のような扱いになっています。これは、賃金や労働条件という、すべての労働者にとって重要な問題が、ある種の“私的な世界”に閉じ込められていて、“社会的な取り決め”となっていないことも意味します。ヨーロッパ諸国では、労働協約は誰でも簡単に入手できるのです。

ヨーロッパでは産業別の労働協約のもとで、すべての人が、自分の技能や経験を持ってしてどの仕事で働けばどのぐらい賃金を得られるか知ることができます。ヨーロッパは産業別のジョブ型賃金になっていて、労働協約は、産業別労働市場を規律する規範になっているのです。

ところが日本の労働協約は、産業別労働市場の規範ではなく、多くがその職場の正規労働者だけの世界の規範に過ぎません。ですから、同じ企業、同じ職場で働いていても、正規労働者でない非正規労働者にとっては、労働協約は存在しないに等しいのです。非正規労働者には、労使が集団的に決定するような労働条件規範は存在しないような状況になってしまっているのです。

こうした横断的労働市場の中で、産業別労働協約のジャブ型賃金によって、派遣先の事業所で派遣労働者が仕事をする場合も、同じ仕事をしている正規労働者の賃金と同じでなければならないという「同一労働同一賃金」「均等待遇原則」はすんなりと貫かれることになるのです

ヨーロッパの派遣労働者の労働組合の連合体と、ヨーロッパの派遣企業の経営者の連合体で、2008年6月28日に「共同宣言」が発表されています。この宣言では、労働組合と経営者が力を合わせて、派遣労働者の雇用保護をきちんとし、派遣労働者の労働条件を良いものにしていこうと書かれています。つまり、派遣企業自体も、労働コストのダンピングをするのではなく、人間らしいまともな派遣労働を供給するビジネスをめざしているわけです。そして、派遣労働者の労働条件は、正規労働者と均等待遇であることを守らなければならない、としています。均等待遇を大前提にして、競争する「公正競争のルール」をうたっているのです。

ヨーロッパの産業別労働協約によるジョブ型賃金は、日本の年功賃金のように年齢とともに賃金は上がりません。住宅から子育てや子どもの教育費など暮らしに必要となる医療・教育・社会保障に対しては、公的な保障がありますから、フラットなジョブ型賃金でも労働者は生活が可能になるわけです。

正規労働者と、派遣労働者など非正規労働者の賃金も、ジョブ型賃金ですから、同じ仕事をしていれば1時間あたりの賃金は同じで、労働時間の長短によって賃金額が違うだけのことです。

また、ヨーロッパの「パートタイム」は、有期雇用を必ずしも意味しません。日本のパートタイムは、ほとんどが短期の有期契約を更新する形になっていて、「フルタイムパート」などという呼び方は、労働時間は正規労働者とほぼ同じなのに雇用保障がない雇用形態として扱われています。つまり、日本では「パートタイム」は、労働時間の短さよりも、身分の不安定性を意味するものとして扱われているのです。ヨーロッパの「パートタイム」は、労働時間の短い雇用をさし、かつ、労働契約は原則として期間の定めのない雇用を意味しています。低賃金で不安定雇用という日本の「パートタイム」とはまったく違います。

そして、ヨーロッパでは、派遣労働もそうですが有期雇用というのは、「臨時的・一時的」に必要になる雇用で、恒常的な仕事には適用してはいけません。派遣労働は「臨時的・一時的」な雇用であり常用代替を禁止しているのです。ヨーロッパの派遣労働は、「同一労働同一賃金」「均等待遇」ですから、そもそも人件費削減の役割などなくて、臨時的・一時的にごく短期間だけ必要なときに使えるというだけの話で、その期間を越えるならば、正規雇用に移行することを前提にしているのです。

以上、見てきたように、日本とヨーロッパ諸国では、派遣労働者の置かれているバックボーンがまったく違うということです。ヨーロッパには、日本で社会問題となっているような製造業派遣の実態は存在しないし、そもそも社会問題化するような労働市場事態が存在しないのです。議論の前提となる労働市場のバックボーンがまったく異なるのに、派遣労働の規制の法律条文だけを持ってきて比較すること事態が大きな間違いです。

現在の日本における派遣労働問題の核心は、企業による労働ダンピングと、派遣労働者の使い捨てをやめさせるための派遣法の抜本改正が必要ということです。ヨーロッパにおいても「同一労働同一賃金」「均等待遇」原則を確立するためには、長い労働組合の運動がありました。日本の労働組合も社会的役割を発揮することを期待してやみません。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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