非正規労働者の惨状が「ブラック企業化」と正社員の「働きすぎへのムチ」として利用される、「相互補強の地続きの関係」にある正社員の過労死労働と非正規のワーキングプア

  • 2015/8/25
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(※2010年5月に書いた記事です)

私は研究会「職場の人権」の会員ですが、大阪が拠点の研究会なので普段の例会は大阪で開催され、参加することができません。その研究会「職場の人権」が珍しく東京で例会を開催(2010年5月15日)しましたので参加しました。

例会企画は、パネルディスカッション「ブラック会社で働く若者たち――周辺的正社員の明日」で、パネリストは、「職場の人権」代表の甲南大学名誉教授・熊沢誠さん、東京大学教授・本田由紀さん、NPO法人POSSE代表・今野晴貴さん、明治大学教授・遠藤公嗣さんの4人です。

今回は、冒頭に話された熊沢誠さんによる「ブラック会社で働く若者たち」を研究テーマとして取り上げる問題意識についてです。(※いつものように私の関心あるところを要約したメモですのでご容赦を。文責=井上伸)

現在、労働問題の関心は、ワーキングプアの問題に集中しています。非正規労働者が激増して、その多くが年収200万円に満たず、住居の確保さえあやういという惨状が累積しています。

一方、正社員の状況はどうでしょうか。正社員、とりわけ中小零細企業や各種ベンチャービジネスに働く正社員のステイタスや労働条件は、恐ろしく崩落し、「ブラック会社」という言葉が象徴するように、劣悪な労働が広がっています。

正社員における劣悪な労働の代表的な問題は、「働きすぎ」、「労働強化」、「職場のハラスメント」の頻発であり、選別と雇用不安にさいなまれ、とても安定した状態を見通せないという正社員が激増しています。この問題については、POSSEの今野さんから「周辺的正社員の状況」として、後ほどお話いただくことになっています。

なぜ「ブラック企業」、「周辺的正社員」の問題をテーマにするのか? それは端的に言って2つあります。

1つは正社員のこうした惨状を不問にふしたまま、非正規社員を正社員にするというのを望ましい移行と考え、あるいはそれを政策の目標のようにすることに対する疑問があるからです。正社員の状況も十分に検討されなければいけないと考えます。

2つめは、そうして把握すべき正社員の惨状と、非正規労働者のワーキングプア問題というのは、前者が後者を促進し、後者が前者を促進するという「相互補強の地続きの関係」にあるという点を強調したいからです。

包括的な視点をひとつ申し上げますと、この「相互補強関係」にあるということは、どちらの問題から初めてもいいのです。たとえば、非正規労働者の底辺には貧困があります。これを分析すれば、たとえば非正規労働の短期雇用、細切れ雇用によって、彼ら彼女らのキャリアは分断されてしまいます。キャリアが細切れに分断されるため、単純・補助労働に固く縛り付けられ、スキルアップも望めず低賃金が継続することとなり、ワーキングプアとして固定化されてしまうのです。

総務省の「日本の就業構造(2009年)」のデータを見ると、年収200万円未満のワーキングプア状態にある正社員は、男性正社員が5.0%、女性正社員が22.6%も存在しています。

年収200万円未満のパート労働者は、男性が79.3%、女性が93.7%。年収200万円未満のアルバイト労働者は、男性が82.9%、女性が92.6%となっています。

これが正規・非正規労働者の貧困状態にある中心です。

こうした低賃金に加えて、非正規労働者にはセーフティーネットもほとんどなく、職場において発言権も無い状態に置かれています。多くの場合、非正規労働者には労働組合も存在せず、職場の仲間も不在です。自分の「生きづらさ」「仕事のつらさ」「生活の苦しさ」を誰かに訴えたり、助け合ったりする仲間が多くの場合いませんから、低賃金など劣悪な労働条件や失業などがダイレクトに生活困窮、貧困へ向かってしまいます。湯浅誠さんが指摘されているように「溜め」が無い状態に非正規労働者が置かれているからです。

この非正規労働者の惨状が、正社員の「働きすぎへの鞭(ムチ)」になっているのです。つまり、非正規では生活ができないので、正社員になったからには「どんなことをしてでも正社員にしがみついて頑張らざるをえない」のです。これが正社員の「働きすぎ」の大きな背景にあるのです。これが正規・非正規労働者が「相互補強の地続きの関係」にあるということの1つです。

非正規労働者も複合就労することによって長時間労働になっていかざるをえません。これはシングルマザーなどにしばしばあるダブルワーク、トリプルワークの状態です。年間3千時間の労働で、年収260万円というようなシングルマザーがたくさんいるのです。

一方、正社員は過重労働と総括することができます。なんといってもノルマの軛(くびき)が大きいのです。

20代後半から40代前半までの男性正社員のじつに20%以上が週60時間以上の長時間労働を強いられています。週60時間以上の労働というのは、週の残業が20時間以上、月の残業が86時間。これは過労死の認定基準80時間以上を超えており、まさに過労死予備軍が20%以上も存在しているという実態にあるわけです。

こうした長時間労働が過酷になっているだけでなく、査定が強化され、日々締め付けが厳しくなり、上司ならびに同僚との人間関係が緊張状態にあります。上司自身がノルマを背負っていることもあるし、同僚が選別の中にあって助け合うというよりは、蹴落とし合う関係にされてしまっているということもあります。

さらに集団のノルマも重なるため、「ノルマの達成が遅れているのはお前のせいだ」というような職場のいじめ、パワーハラスメントも多発しています。こうして、せっかく正社員になっても人間関係がつらいということでやめてしまう人が頻繁に出てきています。「七五三退職」ということで、中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が、3年以内に仕事を自らやめてしまうと言われています。実際は、いま大卒の38%ぐらいが3年以内に退職しています。かといって逆に退職せずに頑張り過ぎると、過労死・過労自殺にいたるうつ病など「心の危機」も頻発する状態に陥っているのです。

このような正社員の厳しい実態は、非正規労働者の実態と、どのような関係を持つかというと、1つの連関は、若者の一定層が学生時代にアルバイトなどを経験したとき、正社員の労働者を見ていて、「とてもじゃないがあんな働き方はできない」と感じ、最初から非正規労働者の方が「まだ人間的なんじゃないか」と思い、最初からフリーターを選ぶということが1つです。

もう1つの連関は、「燃え尽き退職」です。うつ病などでもう働けなくなってしまう場合も多いわけですが、次の就職は非正規雇用というケースが多くなり、そのまた次の就職となればさらに非正規雇用のケースが多くなります。そうして、非正規雇用の差別的な待遇にうんざりして仕事を探さなくなってしまうと「ニート」と呼ばれるようになってしまう。

正社員の明日は「フリーター」かも知れないし、非正規労働者の明日は「ニート」かも知れない状況が広がっています。「ニート」の半数は、何らかの就労経験があるということを忘れてはいけません。

ですから、正社員も非正規労働者も「ニート」も――この3者は、同じ運命の中にあると言っても過言ではなく、まさに「地続き」の存在なのです。

正社員の働き過ぎと「心の危機」、非正規労働者のワーキングプア、貧困――この正社員と非正規労働者の両者は、循環・横断しています。非正規はワーキングプアで気の毒だから正社員にすればいい。正社員の状態は問わないというのではダメだと思うのです。

いまや正社員と非正規労働者は、拘束と鬱屈、雇用不安と生活苦を共有しているのです。

また、若者意識の問題として、「自己責任論」が横行しています。この「自己責任論」の酷薄さを私たちは批判しなければなりません。

しかし、貧困状態にある若者からは「自分が悪い」という言葉が口をついて出てきます。若者に「自己責任論」が内面化され、「強制された自発性」を持たされているのではないかと私は考えています。そこには環境条件や「時代の合意」――いま、「こういう時代なんだから…」という言葉がいろいろな場面で非常に多く出されると感じているのは私だけでしょうか。このような「時代の合意」を前提にした一定の主体性――私はこの主体性の核は、「能力主義的な選別の肯定」と、能力発揮の「やりがいの搾取」というところに、からめとられていると考えています。この問題については、本田由紀さんからお話いただくことになっています。

状況改善の戦略としては、遠藤さんからお話いただくことになっていますが、端的に言うと、正規・非正規の問題を横断的に取り組む労働運動の復権と、労働政策と社会保障の両方をEU並みに引き上げることが必要です。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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