ワタミ問題から考える日本の雇用 – 合法的に過労死・過労自殺を認めている日本社会の異常|河添誠氏×本田由紀氏

  • 2015/8/19
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(※2012年3月4日に書いた記事です)

体が痛いです
体が辛いです
気持ちが沈みます
早く動けません
どうか助けて下さい
誰か助けてください

――こう書き残してワタミというブラック企業によって過労自殺へと追い込まれた女性。

――そして、上の写真は、「ニコ生トークセッション『過労自殺』~ワタミ問題から考える日本の雇用」(3月2日配信)で紹介されたフォトジャーナリストの深田志穂さんによる過労自殺に追い込まれた夫から妻に宛てられた最後の携帯メールの写真です。

深田志穂さんは「ニコ生トークセッション」の中で要旨次のように語りました。(文責=井上伸)

過労自殺は弱い人間に起こる個人的な問題ではない

私のテーマの一つは「人間と仕事」です。世界のさまざまな国で働く人を撮影してきましたが、世界では「生きるために仕事をする」のに、日本の場合は、「仕事が人間を殺す」という矛盾につきあたったのが過労自殺問題を取材するきっかけです。自殺への偏見がとても強いため、遺族に取材するのは非常に困難です。世間的には自殺は弱い人がするものだとか、身勝手に死んでいくというような言われ方がされますが、取材して分かることは「本当はみんな生きたかった」と思っていたわけで、私たちとなんら変わるところはないということです。弱い人間が自殺するわけではありません。日本では弱い人間が自殺するという考えが強いと思います。もっと頑張れ、自己責任だ、俺も頑張ってるんだから頑張れないわけがないと。本当は生きたかったけれど、苦しくて苦しくてしょうがなくて自死へ追い込まれていく。日本は過労死・過労自殺するほどの仕事を強いられる正規労働と、そうでなければワーキングプア状態に陥る非正規労働になってしまっています。人間らしく生きられるまともな仕事が増えなければいけません。過労自殺を個人的な問題として捉えてはいけないと思います。家族に対して、なぜ「ごめんなさい」と言わなければならなかったのか。「ごめんなさい」と謝るのは、自殺をすることが本人は悪いことだと分かっていて、でも、この辛い状況から逃れるためには自殺するしかない。死を選んだことに「ごめんなさい」と謝る以外になくなるのではないかという話を遺族の方からお聞きしました。そして、その背景には多くの場合、うつ病とのたたかいがあり、それが孤立を深めてしまう問題があります。当事者は、うつ病とたたかっているということを周りとシェアできない状況にあるのです。とくに中高年層にはうつ病に対する偏見が多く残っています。会社に自分はうつ病とたたかっているとは言えない。うつ病だと会社に言ったら降格されたりクビになるんじゃないかという恐怖があって言えず、一人でうつ病とたたかってますます孤立と苦しみを深めていってしまうのです。(※深田志穂さんの発言要旨はここまで)

この「ニコ生トークセッション『過労自殺』~ワタミ問題から考える日本の雇用」のメインは首都圏青年ユニオン書記長の河添誠さんと、東京大学教授の本田由紀さんのトークセッション。お二人のトークで、私がメモしたところを以下紹介しておきます。(※あくまで私が関心を持った部分のメモ要旨でお二人のお話そのままではありませんこと御了承を。文責=井上伸)

▼首都圏青年ユニオン書記長・河添誠さんのトークから
「合法的に過労死・過労自殺を認めている日本社会」から
「法的規制で過労死・過労自殺をなくす日本社会」へ

深田志穂さんの写真やお話にあったように、辛い人がどんどん孤立させられていく社会の仕組みになってしまっています。誰にも仕事が辛いと言えずに過労自殺に追い込まれる人が増えている今の日本社会を「異常な社会」だと認識する必要があると思います。まずみんなで「過労自殺が多発する日本社会は異常だ」と言わなければなりません。そして、過労死防止基本法などを制定して、過労死・過労自殺をなくさなければなりません。

過労死・過労自殺をなくす具体策としては長時間労働そのものをなくしていく必要があります。ILOが定める労働基準監督官一人あたりの最大労働者数は1万人です。日本の労働者数は約6千万人ですから6千人の労働基準監督官が最低でも必要ですが、日本では労働基準監督署が減らされ、現在は2千人程度で、国際基準の3分の1です。きちんとした体制を取ってワタミのような問題の取り締まりを強化することがまず必要です。加えて、過労死・過労自殺で労災認定を出した企業は企業名を公表すべきです。

今の日本は、「合法的に過労死・過労自殺を認めている社会」と言えます。例えば、任天堂などは「時間外労働が200時間」と36協定で決められているなど、多くの企業が過労死の基準を超えて長時間労働を強制しています。(▼下表参照)

こうした「合法的に過労死・過労自殺を認めている日本社会」から、「法的規制で過労死・過労自殺をなくす日本社会」に変える必要があります。絶対的な長時間労働時間の法的規制が必要なのです。EUでは、「1日の最低休息時間は連続11時間」と法律で定められていますし、週の労働時間の上限も48時間と法律で決められています。「1日の最低休息時間は連続11時間」というのは、たとえば深夜12時まで働いたとすると、次の日は、午前11時以降からしか働かせてはいけないということです。

私は昨年、デンマークの労働の状況を視察しました。そのとき初めて知りましたが、デンマークという国は、午後6時に多くの店が閉まってしまうのですね。ですから多くの労働者は、午後6時までに買い物をすませられるように、仕事も終わるようになっているのです。日本のように、24時間開いているコンビニがたくさんあるなかで、労働者は仕事に殺されるという社会はおかしいのです。

▼東京大学教授・本田由紀さんのトークから
日本という国の働き方が人間を幸せにしない
過労自殺へと追い込む日本のメンバーシップ型雇用

過労自殺は、ワタミだけの問題ではないということはそうですが、ひとまずワタミの問題をしっかり追及することが必要です。それは渡邉美樹氏が様々なプレゼンスが大きく居酒屋だけでなく教育や介護にも進出していたり、橋下徹大阪市政などにも関わっていますから、ただ一つの企業の問題ではないのです。そういう社会的に派手な立ち回りをしている人間が、実際に何をやってきたかきちんと追及する必要があります。

ウィキペディアにも掲載されている渡邉美樹氏の代表的な発言は、派遣切りにあった若者たちに対し「人のせいにしちゃ駄目。被害者意識が強い」、「なぜ貯金持ってないの、おかしいでしょう」「今まで税金払わないで何考えて生きて来たのか」「マスコミは(若者に)過保護すぎる」とか、自社ビルの高層階での会議で部下を叱責する際、ビルの8階とか9階から「今すぐここから飛び降りろ!」と平気でよく言うとか、部下を暴行するなどし退職に追い込んだエピソードを美談として紹介しているとか、「よく『それは無理です』って最近の若い人達はいいますけど、例え無理な事だろうと鼻血を出そうがブッ倒れようが無理矢理にでも1週間やらせれば、それは無理じゃなくなるんです」など、こういう発言をしている人間が介護とか教育とか自治体行政などに関わることは、大きな問題だと私は思います。

日本という国の働き方が人間を幸せにしない。追い込んでいく。まともじゃない働き方が広がっているのはなぜでしょうか。それは根本的には日本的雇用慣行に問題があります。労働者が企業という組織にくるみこまれるような形で、企業から言われたことは何でも受け入れて働かなくてはいけないこと――これが日本的雇用慣行の根幹にある特徴です。日本においては、「就職」じゃなく「就社」と言われる所以でもあります。

「就社」して企業内で全力を尽くすというのが日本の正社員の働き方でしたが、バブル崩壊後は正社員が減らされ、非正規労働者が増やされるなかで、正社員にしわ寄せが行くように、一層とことんまで使うという形が増えてきたのです。

産業も、第三次産業が増えてきて、人件費にコストが集中するなか、人件費を下げて一人から搾取し尽くす方向になっています。

ヨーロッパのような「ジョブ型」は、やるべきことがある程度決まっていて、その範囲内でエネルギーを発揮することが求められているわけで、死ぬまで労働にとらわれるということはありません。

また、第三次産業は、「自分が頑張ればお客様に喜んでもらえる」というような形で、労働者の側も「やりがいの搾取」に絡め取られやすいという問題があります。経営者側は、やりがいを巧妙に利用するわけですが、「やりがいがあるから労働条件は劣悪でいい」などというのはおかしいわけです。

それから、「個人化された能力主義」に注意する必要があると思っています。これは問題を社会の側でなはく、個人の側に持ってくる「自己責任」の問題とも関連するのですが、「個人化された能力主義」は、先ほどの過労自殺するのは個人に根性がないからとか、個人に能力がなかったから自殺するんだと決めつけてしまうことです。あとづけで、死んだからには能力がなかったなどと言って、個人の問題に矮小化してしまう。これでは社会の側には何の問題もなかったことにされてしまいます。そうではなくて、そもそも個人に教育を含め仕事をしていく能力をつけさせていくことは社会の責任なのです。個人や家族の責任にするのではなく、個人まかせになっている「能力主義」を社会の責任にしていくことも大切です。

それから、ベーシックインカムという議論もありますが、これも「個人化された能力主義」に絡め取られる議論です。ベーシックインカムでお金を与えたのにお前がきちんと使う能力がないからダメなんだとなるわけです。ベーシックインカムではなく、ベーシックなサービスによって、「個人化された能力主義」を社会の責任にしていかなければなりません。教育・住宅・医療・介護などは社会の責任でベーシックなサービスとして提供し、賃金依存をなくしていくことがブラック企業の淘汰にもつながっていくことになります。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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