国家による殺人をさらに強める生活保護バッシング|都留民子県立広島大学教授

  • 2015/8/19
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(※2012年5月に書いた記事です)

5月25日、生存権裁判を支援する全国連絡会第6回総会で、県立広島大学教授・都留民子さんによる記念講演「日本の貧困と生活保護」が行われました。私が関心を持った部分だけですがその要旨を紹介します。(文責=井上伸)

いま芸能人の河本準一さんの母親の生活保護受給問題をめぐって生活保護バッシングが巻き起こっています。しかし、親族に生活保護受給者がいる著名人のスキャンダルなど欧州にはありません。いまの河本さんに関する生活保護バッシングは欧州では不当な人権侵害にあたります。そもそも欧州には家族扶養の責任など存在しません。生活保護の要件は本人世帯の所得だけで本人はもちろん家族の預貯金の調査などもしないのが欧州の常識です。日本は異常で過剰な家族の相互依存関係の状態に落とし込まれ、家族もろとも貧困の淵に沈められる社会にされてしまっている貧困こそ問題とすべきです。河本さんは謝罪する必要などなく私たちは河本さんを全面的に支援しなければいけません。

私は東日本大震災の被災地である東北3県を「福祉特区」にすべきだと思っています。東北3件で160万人。日本の全人口の4.4%です。たとえ東北のすべての人に生活保護を支給しても4.4%ですから、今の日本の生活保護利用率1.6%とあわせてもたった6%に過ぎません。フランスは各種生活保護制度の利用率は9.8%です。フランスは日本の生活保護の6倍以上も支給しているのです。イギリスは24%で日本の15倍です。日本の生活保護の利用率が異常に低いことこそ問題なのです。

フランスは日本の半分の人口・世帯数ですが、フランスの各種生活保護を受給している世帯数は2010年で328万7,910世帯です。日本の生活保護の受給者が209万人を超えたから増えすぎだなどといった生活保護バッシングがありますが、まったくあべこべで生活保護の受給者が少なすぎて、フランスの2倍もの貧困率となっていることこそが大きな社会問題なのです。

生活保護の問題をはじめ、貧困は弱者の問題だというような言説がありますがそうではありません。また、「無縁社会」などと言って、孤立している貧困者へのパーソナルサービスで「絆をつくる」「寄り添い」活動こそ必要と言われたりしますが、貧困問題は寄り添っただけで解決できる問題ではありません。加えて、「自立支援」などと言って就労支援で「まじめに働けば貧困から抜け出せる」かのような幻想がふりまかれています。

いずれも貧困の根本問題を見失ってしまうと「経済給付の役割の軽視」につながり、「前近代的な慈善活動の再来」を招くことになってしまいますから注意が必要です。

貧困とは「勤労者が生み出した富が、不平等に分配・再分配され、人間の尊厳を奪われた生活を余儀なくされた状況」です。貧困とはこのただ一点のみが問題なのです。障がい者や母子世帯、失業者、ホームレスなど、「多様な貧困」があるなどと言われますが、それぞれの階層に、私たち働くものが生み出した富がきちんと分配されていないから、それぞれの階層が貧困状態にされてしまうという一点のみが問題なのです。社会保障は「国からのお恵み」などではなく、私たち働くものが生み出した富をきちんと自分たちのために取り返すというだけの話です。社会保障は「貧民へのお恵み」「貧民救済」などではなく、労働者の「権利」なのです。

人間はそれぞれみんな違った状況に置かれているわけですから、それぞれの貧困の具体的な状況が違うのは当たり前です。しかし本質は「多様な貧困」にあるのではなく、「働くものの大衆的な貧困」にあり、障がい者は「障がいのある労働者」、高齢者は「高齢期の労働者」、母子世帯の母親は「生活と子育てを一身に担う母親労働者」、失業者は「雇用を剥奪された、あるいは不安定就労を余儀なくされた労働者」、ホームレスの人々は「住宅を喪失した失業者・不安定就業者」なのです。

チャールズ・ブースの調査『ロンドンの労働と生活』などで、貧困が「働くものの大衆的な貧困」であることが分かったのです。

ブースによるこの調査の前は、貧困というのは、能力がないからだとか怠惰で酒飲みだからだとか、浪費をするから貧困になるんだとか、もっぱら働くものの側に何らかの問題があるから貧困になるのだとされていたのです。だから、そうした働くものの側の個別の問題行動に対応しさえすればいい――まさにいまのパーソナルサービスで寄り添えばいいというのと同じです。

しかし、ブースはロンドンの住民の30.7%が貧困状態にあり、その貧困の原因の75%がワーキングプアの問題――労働者個人の怠惰などではなく劣悪で不安定な雇用労働条件にこそ、貧困の原因があったことをつきとめたのです。

そして、ワーキングプアを無くすためには、労働者全体が人間らしく働いて生活できるような労働条件を確立しなければなりません。その労働者全体の労働条件を守るためには、すべての働くものの労働力の窮迫販売をストップする必要があるのです。労働力の窮迫販売――ようするに劣悪な労働条件、低賃金でも働く方がいいという状態ですが、この労働力の窮迫販売をストップするためには、劣悪な労働条件や低賃金なら働かなくてもいいという「失業の権利」「劣悪な労働条件で働かなくても食べられる権利」を保障する以外にありません。「社会保障は働かなくても食べられる権利」であり、この社会保障が確立されない限り、労働力の窮迫販売はストップできませんから、ワーキングプアを無くすことはできず、貧困問題を解決することはできないのです。労働力の窮迫販売の阻止――これが社会保障の一番大切な点です。

野放し状態の競争的な労働市場において、劣化した雇用をディーセントワーク(人間らしい労働)に転換させることはできません。貧困に陥り、望んではいない劣悪な仕事でも受け入れざるを得ない不安定労働者たち、失業・半失業の巨大な過剰人口プールが形成されている現状ではディーセントワークへの転換はできません。

ディーセントワークに転換するためには、過剰人口プール自体を縮小することこそ急務で、そのためには、社会保障制度による生活の「社会化」領域を拡大することです。

労働者の生活において、住宅・教育・医療・介護などを賃金から切り離し、社会的公共財として提供する必要があります。労働者の生活の賃金依存を縮小させ、企業内に封じ込められた依存状況から労働者を解き放つ必要があるのです。

社会保障がなければディーセントワークの条件はできません。「雇用か社会保障か」ではなく、「雇用を守るためには社会保障しかない」のです。

たとえば、デンマークでは労働組合が失業手当を運用していて、学校を卒業した若者も4年間、その失業手当を受給することができます。若者が労働力を安売りしてしまうと、すべての労働者が貧困へと向かってしまうことを欧州の労働組合は知っているのです。

私たちの調査では、日本の年齢階層の中で、若年層の貧困がもっともひどい状態になっていることが分かっています。若年層の一人暮らしの6割は貧困で、これはどの年齢階層よりひどいものです。

日本で続発し社会問題にもなっている「孤独死」は、ただ孤独の中で死んでいっているということではありません。生活保護バッシングなどを煽り、貧困を利用して安上がりの労働力を常に確保しようとし続けている「国家による殺人」なのです。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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