前川喜平さんインタビュー「加計・森友のような不正、お友だち優遇案件はあちこちにあるのではないか」

  • 2018/1/25
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月刊誌『KOKKO』12月号で前川喜平さん(前文科事務次官)に3時間に渡るインタビューを行いました。インタビューのほんの一部になりますが紹介します。

〈インタビュー〉
加計・森友のロンダリングと
国家公務員を「下僕化」する安倍政権
――「全体の奉仕者」の役割問われる国家公務員
前川喜平さん(前文部科学事務次官)

安倍晋三首相と昭恵氏の「お友達」なら、国有地が特別に値引きされ、獣医学部の新設も特別扱いされる国は法治国家とは言えません。この問題が動く渦中に文部科学事務次官であったことを踏まえて加計学園疑惑を告発した前川喜平さんにインタビューしました。(収録日=10月4日。聞き手=国公労連・井上伸)

人間を手段にする「人づくり革命」

――安倍政権は「人づくり革命」と打ち出しています。

「人づくり」という言葉は、人間が生産要素の1つの手段にされてしまうように感じます。一人ひとりが命を持った人間として幸せになれるかどうかが大事なのに、「人づくり」というのは人を客体化していますよね。

教育の目標は一人ひとりが幸せになることなのですが、そのためにはそれぞれが居場所を得なければいけない。自分にぴったりくる仕事をして、そこで自分の能力や個性を発揮できて、あまり「面従腹背」もせずに(笑い)楽しく仕事ができればいいわけです。

国家戦略特区の非常に乱暴な議論

社会の分業の中でどの仕事につくかはそれぞれの適性を伸ばしていく中で調和していけるようにするというのが大事です。社会として一定のプランを立てる必要があるのです。そのためには獣医師はどのぐらい必要かを考える必要もあります。

加計学園に関わって国家戦略特区諮問会議のワーキンググループの人間が何を言っているかというと、とにかく獣医学部はいくらでも作って獣医学部同士、獣医師同士で競争すればいい。それで良い獣医師が残って悪い獣医師は負けていけばいい、獣医学部もつぶれればいいという話です。

加計学園は若者と社会にマイナス

そんなふうに資格を持った人をムダづかいしていいのかという問題です。ただでさえ日本は少子化でどんどん若者は減っている。その若者を大切に育てなければいけないのにムダな育て方をしてしまう。余るのがわかっていて獣医師を育てるというのは、本人達にとって不幸せなことだし、社会全体にとってもマイナスです。将来の人間の職業がどうなるか、産業構造がどう変化するか、ということを考えながら高等教育のあり方も考えなければいけないわけです。

そもそも獣医学部のニーズがあるかどうかも問題だし、それがなぜ加計学園なのかということも不明です。加計学園側は「世界に冠たる獣医学部」を作ると言うのですが、実際はそうはならず、最低ラインを何とかクリアする程度でしょう。

国家公務員は安倍政権の「下僕」になってしまった

安倍政権は加計学園問題に対する国民の記憶が薄れるのを望んでいる。他のさまざまな問題を並べて国民の気をそらして、時間を稼いでいます。

安倍政権による行政の私物化、国家権力の私物化の疑いはきわめて濃厚で、そのために仕事をさせられた国家公務員は権力者の「下僕」になってしまったと思っています。

憲法15条に「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とあるように、国家公務員は全体の奉仕者としての「公僕」でなければいけないのに、加計・森友学園の問題では「一部の奉仕者」にさせられているということです。

一部の権力を握っている人とそのお友達のために仕事をさせられている状態というのは、「下僕化」と言わざるを得ません。加計学園の獣医学部の新設の仕事というのはそういう仕事だったわけです。国家戦略特区の仕組みの中でも説明がつかない。国家戦略特区の制度がいいかどうかはともかくこの制度の目的は、「国際競争力の強化」「国際経済拠点の形成」なのです。この目的に相応しいかどうかが大前提として検証されなければいけません。

まず加計学園の獣医学部が「国際競争力の強化」「国際経済拠点の形成」を担うものになるのかがまず問われなければいけないのです。さらにそれを具体化したのが、2015年6月に政府が閣議決定した4条件(①既存の獣医師養成でない構想②ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野で具体的な需要③既存の大学・学部では対応困難④獣医師の需要動向も考慮)で高いハードルを設けたわけです。

この4条件が検討された形跡はまったくありません。加計学園の獣医学部でやろうとしていることは他の大学でもやっていることで4条件を満たしていない。まともな審査をしていないのです。

加えて京産大をはじくために今年1月の時点で来年4月から大学を開学しなければならないという新たなハードルも設けた。わずか1年後に開学できるところなど出てくるはずがないのに加計学園は手を挙げた。1万メートル競走を加計学園だけ5千メートルからスタートしたようなものです。

この来年4月からの開学は、官邸の最高レベルが言っていることだ、総理のご意向だと聞いていると当時の内閣府の藤原豊審議官が文科省の課長に言った。ものすごく恣意的なやり方で最初から決まっていたわけです。

安倍首相の特定のお友達に利益誘導した。これは規制緩和でなく特権の付与です。規制緩和というのは全体で獣医学部の規制を緩和してどこで作ってもいいとするのが規制緩和になりますが、加計学園だけ獣医学部を作っていいというわけですから、これは特権の付与です。

そして、特権だからこそ学生も確保できるわけです。これは薬学部と比べてみればよくわかります。獣医学部も薬学部も6年制で6年間の期間が必要というのは、公的なお金もかかるし、私的なお金もかかる。加計学園だと年間億単位の私学助成もすることになるわけです。学生1人6年間で1500万円ぐらいの授業料は納めなければならない。公的な投資と、私的な負担が毎年注ぎ込まれることになるわけです。

加計学園の千葉科学大学に薬学部があるのですが学生募集に四苦八苦しています。なぜ学生が来ないかというと、薬学部がたくさんあるからです。薬学部には新設の規制がかかっていないので、薬学部同士の過当競争が起こっているわけです。それで、千葉科学大学の薬学部の方は定員割れで困っている。それはそもそも規制がないからなのです。

安倍首相のお友達に特権与えた

一方で、獣医学部の方は規制は残して加計学園にだけ特権を与えるから、薬学部のようなことが起こらないわけです。獣医学部は現在16大学しかなく、獣医学部の入試の競争率は極めて高い。そうすると、加計学園の獣医学部でどんなに学生募集が遅れたとしてもとにかく来年の4月に開学できれば、必ず定員はいっぱいになる。どこでもいいから獣医学部に入りたいという学生がいるからです。だから加計学園の側から言えば、食いっぱぐれがないのです。定員割れで四苦八苦しなくていい。それは規制があるからなんです。そういう特権を安倍首相はお友達に与えたということです。濃厚な状況証拠があることは事実です。

自民党の二階俊博幹事長が、今回の解散を「加計・森友疑惑隠し」と野党が批判していることについて、「我々はそんな小さな問題を隠したりなどは考えていない」と記者会見で語っていましたが、これは安倍政権と自民党の本音ではないかと思いました。同時に、安倍政権が加計・森友問題を小さな問題と思っているということは、同じような行政私物化、国家公務員の「下僕化」は、今は表面化していないだけで各省庁のあちこちにあるのではないかと危惧しています。

教育勅語の暗唱は教育と言えない

 ――森友学園の方は教育のあり方という点でも大きな問題がありましたね。

森友問題は直接的に文部科学省の問題ではなかったのですが、日本会議が言っているような国粋主義的な精神を養うために、教育勅語に基づく教育をするという問題がありました。すでに塚本幼稚園で幼稚園児に教育勅語を暗唱させるなどとんでもない愚かなことというか、やってはいけないことをやっていましたよね。私はこれは教育ではないと思います。これを「すばらしい幼稚園だ」と言う人の気が知れないのですが、そういう人が日本のトップにいるというのは非常に危険だと思いますね。

教育勅語というのは、言ってみれば反憲法的文書です。だからこそ戦後、衆議院でも参議院でも確認排除決議とか失効確認決議とかが行われているわけで、今の憲法の柱になっている基本的人権の尊重や国民主権、平和主義の考え方に反している。こうした教育勅語を教育の指針や理念にするわけにはいきません。だからこそ教育基本法ができたわけですし、改正されたとはいえ、改正教育基本法のもとでもやはり教育勅語の存在は認められません。

教育勅語はまず神話国家的な国体思想というものに基づいていて、「わが国体の精華」という言葉が出てくるのですが、それは万世一系の天皇家を総本家とする一大家族国家として日本という国があって、日本人はみんな血でつながった家族だという観念です。これが戦前の家父長制的な家制度と結びついて個人の尊厳と、とりわけ女性の尊厳を全く認めないような男尊女卑の考え方のもとになっていたわけです。

そして、「道徳」というものは皇祖皇宗が立てたと、「徳ヲ樹ツル」と言っているわけですね。「我カ皇祖皇宗国を肇ルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ」と言って、天照大神や神武天皇といった天皇の祖先がこの国をつくった。それと同時にこの国の道徳もお立てになった。それを指して「道義国家」と言って、前の防衛大臣がそういう言葉を使っていましたけど、その道徳というのは天皇に対して忠義を尽くすことが中心で、そこから派生して、自分の家族の中のトップであるお父様、あるいはお祖父様に対して孝行しろということで、「忠」と「孝」とが一本でつながっているわけですね。大きな家族の中の「忠」と、小さい家族の中の「孝」というのは1つの価値観の中に入って、それが縦軸になっていて、そこに「夫婦相和シ」とか「兄弟ニ友ニ」とか「朋友相信シ」という言葉が出てくるわけで、最後に「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スへシ」と言って、とにかく天皇のためにだったら命を捧げろという思想になるわけです。

こんなのものが今の日本の教育の中に存在する余地はありません。かろうじて存在する余地があるとすれば、批判的に見るべき歴史的文書として、戦前の日本ではこんなものをつくって国民の精神をここに同化していって、それぞれの個人の尊厳を放棄させるように仕向けたものだと批判的に見る対象としてだけ使える。ですが、教育勅語を教育の理念に据えるみたいなことはあり得ないことですので、塚本幼稚園のようなものは本来なら存在できないものだと思います。これが存在していることが問題で、まともな民主的な政府ではないから放置されてきたのだろうと思います。

フェイクニュースによって闇の権力が拡がる

 ――行政私物化も問題ですが、前川さんが加計学園の問題を告発する前段のところで読売新聞による個人攻撃があるなど、メディアの私物化も問題ですね。

私が行政の私物化以上に怖いと思ったのはメディアの私物化です。メディアという言葉は媒体という意味で、それは権力と主権者との間をつなぐものですよね。権力は代議制民主主義を通じて形成される。つまり総選挙をして衆議院議員が決まって、そこから首班指名で内閣が決まる。主権者である国民が行政権力をつくっていくわけですけど、それがつくりっ放しになっているわけですよね。権力を握った人たちがその説明責任を果たす場として憲法が用意しているのは国会しかないわけです。国会が事実を追及しようとしても、徹底して隠ぺいするということは現実に可能なわけで、それを引っ張り出して、明るみに出して国民に知らしめるという仕事をするのはメディアで、これまでもメディアのおかげで国民が知ることができたという事実はたくさんあるわけですよね。沖縄の密約みたいなこともその1つの大きな例だと思うし、メディアがしっかりと権力を監視する役割を果たしてくれないと、国民は主権者とはいえ、政府が何をしているのかを知らなければ、それを代議制のプロセスによって是正することもできないわけです。どういう不正があるかわからなければ是正もできません。ところがメディアが逆に政府のプロパガンダ機関になってしまったら、「いいことをやっている」ということだけが流されて、「じゃあ、いいじゃないか」ということで、真実の情報ではないいわばフェイクニュースによって代議制民主主義が空回りするというか、権力の実態をそのまま放置していってしまう。見えないところにどんどん闇の権力が拡がっていくということが起こると思うんですよね。

加計・森友のような不正はあちこちに?

そして実際にいま起きていると思うのです。その闇の部分で、国民から見えないところで「このくらい大丈夫だろう」というのでやっている行政私物化が起こってきている。「このくらい」という感覚が彼らにはあると思うのです。「たかが8億円だろう」と。国会家予算90何兆円の中のたかが8億円だと。国の資産という意味ではもっと大きいですけど、国の持っているたくさんの資産の中のたかが8億円の値引きじゃないかと、こんなの誤差の範囲だというぐらいの感覚で、そのくらいのことでお友だちの便宜を図ったって全然問題じゃない。もっと大きな大義のために我々は仕事をしているんだみたいなね。「たかだか一つの獣医学部を今治につくる程度の話でしょ。それが何か問題なの?」「わが政府はもっと立派なことをやってるんだ」というわけです。それが先ほども紹介した二階幹事長の「小さな問題」という発言だと思います。あれは本音だと思うんですよね。加計学園や森友学園は小さな問題で、「この程度は許される」という感覚がすでにある。ということは、ほかにも国民が見逃してしまっている彼らから見て「小さな不正」があちこちにあるのではないかという気がするんですね。

加計以外に私自身が経験したお友だち優遇案件

加計学園の問題以外に私自身が経験したお友だち優遇案件というのは「明治日本の産業革命遺産」というもので、従来のルールをひっくり返したという問題です。世界文化遺産というのは文化庁の文化審議会で順番に審議していくという確立したルールがあったのに、それをすっ飛ばして候補案件リストのずっと下にあった「明治日本の産業革命資産」を、当時はまだ「九州・山口の近代化産業遺産」と言っていたのですが、それを突然トップ・プライオリティーのところに持ってくるために、審査機関として文化審議会とは別の有識者会議というのを内閣官房につくって、この案件だけはここでやるということにしたんです。ルールもなにもあったものではありません。ほかの案件とは違い、「産業革命遺産だけは別の審査機関を設けます」と言って、それで文化庁の文化審議会が推薦したキリシタンの遺跡と長崎の教会群という候補と、「明治日本の産業革命遺産」という内閣官房のほうで勝手に担いだ別ルートで審査したものと、推薦案件の候補が2つ出てきてしまったわけです。しかし、ユネスコは1年に1件しか受け付けないのでどちらかにしなければいけない。これは内閣官房がこんなことをやり始めたときから文化審議会のほうは負けてしまうという予想はついたわけですけど、案の定、長崎の教会群は後回しにされて、安倍首相のお友だちである加藤康子さんという人が一生懸命担いでいた「明治日本の産業革命遺産」というのが出て2015年に実際に登録が行われたわけです。

これは徴用工の強制労働の現場だということがあって韓国側からものすごい猛反発を受けたわけで、それに対してユネスコの世界遺産委員会の場で日本政府が一定の方針を表明していて、「情報センターをつくります。そこで朝鮮半島出身者が強制的に働かされたという事実について説明します」と言った。強制労働「forced labor」という言葉は使ってないんです。だけど「forced」という言葉は使っていて、強制的に働かされたという事実はきちんと説明しますという国際約束はしている。しかし、その国際約束をまだ果たしてないという問題があるのです。

その場所を「六本木につくれ」と、私は和泉洋人首相補佐官に言われたのですが、「ちょっと待ってください」と押し返しているんです。六本木に国立新美術館というのがあるんですけど、「国立新美術館の中につくれ」と言われたのです。なぜ六本木にある国立新美術館なのかということで、当時の松野博一文部科学大臣に相談して、松野大臣も「それはないだろう」となった。それはそれぞれの現場につくるべきでしょう。長崎造船所とか、軍艦島とか、長崎で指定された場所がありますから、その説明をする場所に軍艦島では朝鮮半島出身者が強制的に働かされたんだということを説明する場をつくる。八幡製鉄所なども指定されていますから、八幡製鉄所に「ここで朝鮮半島出身者が強制的に働かされました」ときちんとわかる情報センターをつくるのが筋です。なぜ六本木につくるのかということで、これは押し返したのです。押し返せた案件は少ないのですが、これは押し返した中の1つです。そういうわけで、「明治日本の産業革命遺産」というのもお友だち案件で、かなり無理をして本来のルールを曲げたという事例があるわけです。ですので、恐らく各省にこの程度のものはたくさんあると思います。

(月刊誌『KOKKO』12月号より)

井上 伸月刊誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局、月刊誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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