凶悪事件の捜査より言論弾圧する公安警察の人数が多い日本 – 表現の自由と政治活動の自由を弾圧する警察国家
「日本は民主主義国家ではない」と思う事柄は多々ありますが、2012年12月7日に最高裁判決が確定した「国公法弾圧2事件」についても、そもそもこんな事件が起こること自体が「日本は民主主義国家ではない」と思ってしまいます。(※この最高裁判決に対する記者会見などの模様はYouTubeで視聴できます)
一般職の国家公務員が休日に職場と関係のない場所で政党のビラを配布して逮捕・起訴される国は日本以外の先進主要国には存在しません。
それもそのはず国際的な人権保障基準として、1979年に日本政府も批准している「市民的及び政治的自由に関する国際条約」、いわゆる「自由権規約」は、「公務員を含むすべての者に対して意見及び表現の自由の保障」(第19条)、「集会の自由の保障」(第21条)、「結社の自由の保障」(第22条)、「政治参加・活動の自由の保障」(第25条)を明記しているからです。
これを日本政府も批准しているのですから、本来なら日本の公務員も広く政治活動の自由が保障されてしかるべきなのです。しかし、日本では「国公法弾圧事件」などが起こっているため、国連の機関である規約人権委員会は2008年10月、日本政府に対して、「政治活動を行った者や公務員が、政府を批判する内容のビラを個人の郵便受けに配布したことにより、住居侵入罪あるいは国家公務員法で逮捕され、起訴される報告に関して懸念を抱く」、「締約国は、規約第19条及び25条で保障されている政治運動やその他の活動を、警察や検察官、そして裁判所が不当に制限することを防ぐために、表現の自由や公的な活動に参加する権利を不合理に制限している法律を撤回すべきである」と勧告しています。そう日本は国際的な人権保障の基準である「表現の自由」と「政治活動の自由」が「不合理に制限」されている国なのです。
また、日本という国の有り様のいびつさは、一般職の国家公務員が休日に職場と関係のない場所で政党のビラを配布したら「行政の公平性を侵す」などとして逮捕・起訴されるという一般の公務員労働者のいわば草の根の政治活動には自由がなく弾圧する国であるのに、一方で、真部朗沖縄防衛局長による沖縄県宜野湾市長選挙への介入という公然たる防衛省の組織ぐるみの政治活動は罪に問われることもなく自由に行われたり、橋下徹大阪市長に見られるように大阪市の行政を放棄して政治活動をしても「行政の公平性を侵す」ことにはならない国だということです。
それから関連して、日本という国がじつは民主主義国家などではなくて危険な「警察国家」であることをジャーナリストの青木理さんにシンポジウムで指摘してもらっていますのでその要旨を以下紹介しておきます。
【2012年6月30日開催「国公法弾圧事件シンポジウム 最高裁は『表現の自由』を守れるか」より】
公安警察の言論弾圧の実態
ジャーナリスト 青木理さん
公安警察には人がたくさんいて暇なので国公法弾圧のようなことをするのです。いまだに公安検察は冷戦体制のままの組織体制になっていて、公安総務課というのは主に共産党の担当。公安第1課が過激派、公安第2課が労働運動、3課が右翼で、下にぶら下がっている外事警察は1課がロシア・東欧、2課が中国と朝鮮半島、最近できた3課が国際テロと称してイスラム教徒の人たちを調べている。この外事の3つの課以外は基本的に冷戦体制のときとまったく同じ組織体制です。
公安総務課というのは公安部の筆頭セクションであると同時に共産党の監視をしています。私が公安警察を取材したのが1990年代のなかばから後半にかけてでしたが、その頃はこの公安総務課に350人いました。ピーク時の1970年代は500人を超えていたそうです。
警視庁刑事部捜査第1課は殺人や強盗などいわゆる凶悪事件の捜査をするところですが、この警視庁刑事部捜査第1課が90年代のなかばに300人だったのです。首都の治安を守るため凶悪事件の捜査をしている人たちが300人なのに、共産党の監視を担当している人たちが350人いるわけです。だから一生懸命になって国公法弾圧をするわけです。彼らは最初からビラ配布を事件化しようとしていたわけです。基本的に「行動確認」とか「視察」――これは彼らの使う言葉で実態は尾行です――をするときの目的は事件化を狙うときもあるのですが、もうひとつは「協力者工作」にあります。たとえば共産党の内部情報を取るために理想的には共産党の中枢部に情報提供者――彼らは「協力者」と呼びますが私はスパイだと思っていますが――スパイをつくるために尾行をする。分刻みで「行動確認」「視察」をして、個人のプライバシーを調べ上げて相手の弱みを握る。たとえば、男女関係などをつかみ、それを使って協力者、スパイに仕立てあげていく。
じつはこの協力者、スパイに誰をするかというのは公安総務課では決められない。警察庁警備局でやっています。警察庁警備局が「頭脳」を担っている。警察庁警備局の中の筆頭が警備企画課で、ここに理事官が2人いて、1人が表の理事官で、もう1人の裏の理事官は警察の名簿から名前も消される。存在しないことになっている。昔、亀井静香氏もそこにいたらしい。この警察庁警備局の警備企画課の裏理事官が、全国の都道府県警の警備・公安警察が運用する協力者工作や盗聴を完全に統括している。1986年に共産党の緒方靖夫さんの自宅を盗聴した事件がありましたが、このときもここが統括した。この警察庁警備局・警備企画課・裏理事官のことを警察内部の隠語で「さくら」と呼んでいました。全国の協力者工作や盗聴など非合法に近いことを。中野の警察大学校の跡地にさくら寮があってそこに本部をおいていたから「さくら」と呼んでいたのです。桜田門の警視庁の隣にある警察総合庁舎に拠点を移した際には千代田区だったので隠語を「ちよだ」に変えた。それを私が『日本の公安警察』(講談社現代新書)に書いたことなどもあって、2000年代になって名前を変えて、今は「ゼロ」と言っています。なぜ「ゼロ」なのかと聞いたら「存在しない組織だから『ゼロ』なんだ」と答えました。
国公法弾圧時のビデオを見れば分かるように、人数がいて暇だから動き始めると非常に怖い組織です。90年代なかばまでは警察組織の中で警備公安警察はエリートコースと言われていた。たとえば、警察組織のトップである警察庁長官は基本的に警備局長の出身者がなっていた。東京のトップである警視総監も警備公安警察の出身者がなることが多かったのです。
私は調べてみたのですが、90年代なかばぐらいまでは、警察庁長官は9割ぐらいまでは警備局長からなっていた。ところが様相が変わってきています。それはそうですね、国家公務員がビラを配ったのを見て「やった!」と言っているような人たちがエリートでは困るわけで、だんだんシフトしてきている。そして大きなきっかけとなったが、警備公安警察が事前に何も対処ができなかったオウム事件、國松孝次警察庁長官狙撃事件です。これで地位が落ちてきた。
今の警察組織のナンバーワンの警察庁長官とナンバーツーの警視総監は、生活安全局長出身なんですね。生活安全局というのは昔は防犯警察と言っていた。たとえば少年犯罪とか麻薬犯罪とか風俗犯罪とか、警察組織の中では傍流の人たちだった。それがいま警察の主流になりつつあるのです。
しかし、彼ら公安警察が、国家公務員の弾圧だけでなく、政治的意図を持って、彼らの目的を持って、動くことはとてつもなく恐ろしいことです。表現の自由が守れないどころか、「警察国家」になってしまう危険があるのです。
【2012年6月30日、青木理さん談。文責=井上伸】
▼青木理さんの講演を視聴できます。