親が1人でも2人でも、正規でも非正規でも、つまずいても、子育てができ人間らしく生きていける社会保障・教育・最低賃金の実現を

  • 2015/8/24
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(※2009年9月に書いた記事です)

中央社会保障学校(中央社保協主催、9月3日開催)で行われた、都留文科大学・後藤道夫教授の講義「新たな福祉国家の実現に向けて」の要旨を紹介します。(文責=井上伸)

厚生労働省の国民生活基礎調査によると、▼下のグラフにあるように、18歳未満の子どもがいる世帯の平均年収は、1996年の781万円から2007年の691万円へ90万円も下がっています。子育て世帯で年収が90万円も減ってしまったら、様々な生活上の困難が生じます。

 さらに重大な問題は、低所得家族が増大していることです。▼下のグラフは、18歳未満の子どもがいる世帯の低所得層をみたものです。子育て世帯で、年収300万円未満(※年収は世帯全体の合計です)は1997年の9.3%から2006年の12.3%へ、300万円以上450万円未満は13.4%から16.8%に増えています。子育て世帯で450万円未満は1997年の22.7%から2006年の29.1%に増えているのです。この子育て世帯のうち、世帯主の年齢が30歳代の世帯をみると、300万円未満は1997年の9.4%から2007年の13.9%へと4.5%も増え、300万円以上450万円未満は16.8%から21.6%へ4.8%も増えています。世帯主が30歳代の子育て世帯で年収450万円未満は1997年の26.2%から2006年の35.5%へ、9.3%と大幅に増えているのです。

▼下のグラフは、総務省の労働力調査によるもので、正規雇用労働者は1995年の3,779万人から2009年の3,386万人へ393万人も減り、一方で「フルタイム・自立生活型」の非正規雇用労働者--つまり非正規の収入だけで生活をしている労働者--のうち、派遣労働者などが1995年の176万人から2009年の567万人へ391万人も増え、パート・アルバイトは825万人から1,132万人へ307万人も増えています。この「フルタイム・自立生活型非正規」の増加は、そのままワーキングプアの増加をもたらし、低収入ゆえに貯金がほとんど不可能な上、日本社会にはセーフティーネットが不在なので、「派遣切り」「非正規切り」がそのまま路頭に迷うことへつながってしまうのです。

「派遣切り」されても経済危機の前までは、また他の仕事があったので、大きな社会問題として顕在化しなかっただけなのですが、経済危機とともに労働市場が急激に収縮してしまい、次の仕事がなくなってしまったのです。

なぜ労働市場が急激に収縮してしまったのか? それは経済危機が原因だ、という答えは事柄の一面にすぎません。もうひとつの重大な側面は、企業側の雇用責任感覚の大幅な低下・後退にあるのです。これはすさまじいものがあると言わなければなりません。

日本の場合、非正規労働者を解雇することについて、経営者が痛痒を感じないという長い歴史があります。非正規労働者というのは、最初はパートとアルバイト――主婦パートと学生アルバイトという主に「家計の補助的な支え手」だったわけです。「家計の主な支え手」ではない、「家計の補助的な支え手」を解雇しても、生活がただちに破綻するわけではないという「常識」が日本では長らく続いてきたわけです。そういう非正規労働者の「扱い」を、自立生活型の非正規労働者にも経営者は安易にあてはめたということです。

「日本型雇用」が曲がりなりにも「健在」だった時代の正規と非正規は、「家計の主な支え手」と「家計の補助的な支え手」に明確に分かれていて、両者の「直接的な置き換え」や、「競合」は例外的だったのです。

「日本型雇用」が後退していく中で、正規と非正規の「直接的な置き換え」や「競合」が行われるようになり、非正規の低処遇へ引っ張られて、低処遇正規労働者--いわゆる「周辺的正規労働者」――低賃金、定期昇給なし、ボーナスなしなどの正規労働者が急増しています。下のグラフは総務省の就業構造基本調査によるものですが、すべての年齢において、正規労働者の低所得化が進んでいます。専業主婦の世帯を想定すると、男性の年収が400万円未満では、子ども2人の場合、生活保護の基準以下となるのです。

日本社会を考えるにあたって、「日本は福祉国家ではない」というところから出発するのは重要なことです。なぜなら、「日本は福祉国家である」と規定した途端、その「福祉国家を歪めているのは官僚だ」とか、「鈍重でムダの多い国家機構や自治体に問題があるのだ」とか、「福祉はあるから今度はワークフェア=就労支援強化だ」とかいう本筋から脱線した話になってしまうのです。ヨーロッパなどのワークフェアは、もともとウェルフェア=福祉国家がきちんと存在することが大前提となって、次のステップの政策として初めて意味があるわけです。北欧の順番は、土台としての福祉国家→ワークフェアなのです。ところが、北欧などが上手くいっているようだといえば、「日本もすぐワークフェアをめざすべきだ」などと主張される方が最近多いのですが、手を打つ順番が間違っているのです。日本は何よりまず、まともな「福祉国家」になることが求められているのです。

「福祉国家」というのは、国家・自治体が国民生活を「直接支援」する制度がきちんと確立している国のことです。日本は「福祉国家」ではなく、「開発主義国家」なのです。(※「開発主義国家」については、過去エントリー「日本で激しい公務員バッシングが生まれる理由」、「公務員バッシングの発信源となる開発主義国家の新自由主義改革――対抗軸としての新しい福祉国家構想|後藤道夫都留文科大学名誉教授」参照)

「開発主義国家」というのは、国家が大企業を優先的に応援すると、その大企業が成長し、“おこぼれ”が国民生活を潤す、という国家による「間接的」な国民支援が中心です。日本は、特殊な「開発主義国家」という仕組みでやってきたわけですが、これを根本的に転換しないとやっていけない時期に今来ているわけです。福祉がボロボロの状態でもやってこれたのは、曲がりなりにも「日本型雇用」「開発主義国家」で「間接的」にせよ、国民生活への「支援」があったからなのです。それがこの間の構造改革で、切り縮められてきたのです。

日本は社会保障と税制によって、「子どもの貧困率」が逆に1.4%上昇するというOECD諸国の中で唯一の異常な国です。OECD諸国の平均では、「子どもの貧困率」を8.3%減少させるのに、日本は唯一、社会保障と税制が「子どもの貧困率」を悪化させているのです。こんな国が「福祉国家」であるわけがないのです。そして、「日本型雇用」の後退は、「年功賃金」「家族賃金」という「市場収入」の低下をもたらし、日本では「市場収入」の低下がそのまま貧困増につながるのです。社会保障不在の日本は、「日本型雇用」の解体とともに、貧困が拡大していくことになるのです。

それではどうすればいいのか? 今後は、本格的な「福祉国家づくり」に向かわなければ、日本の貧困問題はますます深刻な状況になっていきます。

しかし、これまでの「開発主義国家」のあり方による負の影響は、日本国民に色濃く浸透しています。「とにかく大企業が元気になってもらわないと、日本全体うまくいかない」という考え方がとことん根強いわけです。そのためには、「大企業に税金をかけちゃいけない」とか、そういう主張が普通の国民から平気で出される状況がまだ続いているのです。この間、「大企業が元気になって、私たちに少しでもいいことがありましたか?」などというそもそもの問いの建て方事態が出てこない。これは今までの「開発主義国家」においての“豊かさ”に慣れ親しんだせいです。しかしこうした傾向は、結局「新自由主義」に対しても“無力”になります。「新自由主義」も大企業優先だからです。大企業が元気になろうが、なるまいが、国民の生活は何より大事だということをきちんと踏まえなければいけないのです。

また、「大企業が海外に出ていくぞ」というような脅しに対しては、「どうぞ、出て行けるものなら、出ていってください」と言う必要があります。なぜなら、現在の日本の労働者の賃金は、欧米諸国より低いのが事実ですし、法人税と社会保険料の日本企業の負担も、ヨーロッパの7割程度だからです。「企業の負担が重いから海外に出て行く」というのなら、欧米諸国の企業の方が、みんな海外に出て行っているはずです。欧米諸国の企業は、自国内のマーケットでも利益を上げていますし、日本企業も、日本という国内マーケットでも利益を上げているのですから、そう簡単に「海外に出て行く」などということが実行できるはずがないのです。そもそも、労働者の労働条件を引き上げると「企業は海外に出て行く」とする論理が正しいとするなら、労働者の労働条件や権利の水準は、世界で最低レベルの国に合わせるべきものという結論になってしまいます。こういうグローバリズムの名をかりた“恫喝”、意図的に生存権を無視する“どん底に向けての競争”“低位平準化”を許してはいけません。

それから、総合研究開発機構(NIRA)がこういう試算を出しています。若年の非正規労働者がこのまま正社員になれず、高齢化すると、国が彼らを養うために必要なコスト--生活保護費の追加負担などが、年間17兆7000億円から19兆3000億円にもなるというのです。このままでは、若年層は、高齢化する親の世代を支えられないどころか、自分さえも支えることができず、なおかつ、国の財政負担は莫大なものになってしまうのです。そしてこれは「労働力の劣化」という企業にとっても深刻な問題を引き起こします。現在、企業は目先だけの利益・効率で、「派遣切り」など労働者を好き勝手に使い捨てていますが、このままでは「労働力の劣化」は避けられないでしょう。この問題は、質の高い労働力プールを維持し、そこから良質な労働力をピックアップするという、企業にとっても大事なことが非常に困難な事態に陥ることになるわけです。企業側が言うところの「国際競争力」の源泉の一部分である労働力が劣化していくことは、企業にとっても大きな問題です。そういう意味でも、まともな雇用で、まともな労働力を維持していくことは、企業のメリットでもあるし、企業の社会的責任でもあるのです。

これからの日本社会の課題は、「新たな福祉国家」をつくることです。それにはまず、雇用が安定しなければなりません。すべての労働者に「フルタイム・期限のさだめなしで雇用される権利」と、加えて「失業する権利」--つまり、失業しても人間らしい生活が保障されることが必要です。そして、「生計費原則を満たす最低賃金水準の確保」がなければなりません。

また、「企業横断型労働市場」の整備が欠かせません。現在の日本は、企業ごとに分断された労働市場になっています。「企業横断型労働市場」が整備されていないにもかかわらず、「雇用の流動化」に労働者は投げ込まれ、「自己責任」で泳いでみろといわれ溺れているような状態なのです。企業の内部と外部を問わず、横断型の労働市場を整備するために、資格の整備・確立、生活保障つき無料の職業訓練の大幅増、同一労働同一賃金を確立する必要があります。

それから、親が一人でも二人でも、正規でも非正規でも、最低賃金のフルタイムで働けば子育てが可能となる社会保障・教育・生活環境を整えなければなりません。

そして、地域経済を「福祉で建て直す」ことが重要です。地域格差をここまで拡大させてしまった日本は、福祉国家なしには地域経済を立て直すことはできないと私は思っています。教育・医療・福祉・年金・住宅の十分な保障による地域生活と地域経済活性化、加えて、京都大学の岡田知弘教授が提唱している「地域内再投資力」で、「地域内経済循環を形成すること」などが必要だと思います。

税制についても、福祉国家型に転換しなければなりません。大衆重課税政策の中止、課税最低限の大幅上昇、所得税累進率の回復、資産所得への課税強化、法人税減税見直し、社会保険料の上限撤廃、軍事費と不要公共事業削減などを実施する必要があります。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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