日本の労働者の賃金依存度を下げ脱貧困の社会保障をつくらなければブラック企業はなくせない

  • 2015/8/20
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(※上のグラフはOECDデータから私が作成したものです)

唐鎌直義立命館大学教授へのロングインタビューを企画した際、事前に数回、唐鎌教授の講義を聴講しました。その講義の一部を比較的コンパクトに要旨としてまとめたものを紹介します。(※本田由紀東京大学教授の講演を聴きに行ったとき、私が書いた唐鎌教授のこの指摘がパワポ資料に活用されていてとても嬉しかったです。文責=井上伸)

日本とヨーロッパ諸国の労働者の大きな違いは、「賃金依存度」にあります。

労働者が生きていくためには、賃金を安定的に得る必要がありますが、景気変動によって失業者が生まれることは避けられません。ヨーロッパ諸国は、失業保険によってきちんと失業者の所得保障をはかるとともに、もともとのベースとして、子育て中の労働者に対しては、子どもの教育費無償や児童手当、住宅保障を、高齢期の労働者に対しては、公的年金や医療保障を完備することで、失業して賃金を得られない事態になっても、多面的に労働者の生活は普段から支えられているわけです。ヨーロッパの労働者は教育・医療・社会保障というベースがあるので、「賃金依存度」が低いのです。

しかし、日本の労働者はヨーロッパとは違い社会保障などのベースがないため、賃金によって暮らしていくしかなく、子どもの高い学費なども賃金によってまかなうしかありません。

子育てに注目すると、ヨーロッパ諸国の常識は、すべての子どもを育て教育することに社会が経済的責任を負うということです。それぞれの子どもの直接的な養育の義務は親にありますが、すべての子どもは「社会の子ども」として、最終的な子育ての責任は社会全体にあるのです。一方、日本における子育ては親の「自己責任」とされていて、子どもは基本的に「親の子ども」にすぎないものとされ、子どもの貧困は放置され、貧困の再生産を生み、頻発する子どもの虐待や一家心中事件から子どもたちを救い出せないでいるのです。子育てが親の「自己責任」でなく、すべての子どもが「社会の子ども」であるヨーロッパ諸国では子どもまで道連れにする一家心中事件は頻発しないのです。「賃金依存度」の高い日本の労働者は、仕事を失えば、子育てができない事態に追い込まれるのです。

こうして日本の労働者は企業と運命共同体にならざるをえません。個別企業内に封じ込められた労働組合は、春闘で賃上げ闘争をして、少しでも生活を引き上げる努力をするわけですが、そうなると、労働者にとっては、企業が倒産しては元も子もなくなるので、「労働組合の企業からの独立」や「企業別労働組合から産業別労働組合への脱皮」という労働組合として当然のあり方も実現されません。

ヨーロッパ諸国の労働者が、一つの企業での勤続年数が短く、企業間の移動が激しいのは、産業別労働組合によって労働市場が社会的に組織化されていて、企業を移動することで労働者が経済的な不利益を招かないシステムがつくられているためと、失業保険の給付が、水準と期間の両面で充実しているからです。日本では35歳を過ぎて企業を移動すると多くが「下降移動」「落層」してしまいます。

ベースとなる社会保障の拡充と「賃金依存度」の軽減をきちんとした政策課題にあげないまま、日本の硬直した労働市場を柔軟にするために「ワークフェア」「アクティベーション」で「失業を恐れない社会の構築を」「就労支援を」などと主張する学者・研究者がいらっしゃいますが、結局、そうした方たちの主張は、失業しても困らないように、個々の労働者にIT技術の修得などの「自己啓発」を求めるというお粗末な結末に行き着きます。失業は「自己啓発」しない労働者の「自己責任」というわけです。

日本においては、社会保障の拡充を求める運動は、「終身雇用・年功賃金・企業別労働組合」という三位一体のシステムの外側に置かれ、「賃金依存度」が高い日本の労働者の生活構造の現状もあいまって、「貧困は自己責任」という考え方が日本社会の根底に流れてしまっています。

社会保障は「本当に困っている人」だけを救うためのものではありません。「本当に困っている人」だけを対象にした社会保障は、「本当に困っている人」を救済できなかった歴史をイギリスなどで経験しました。餓死・孤立死、自殺、過労死・過労自殺など、いまの日本社会も同様です。「本当に困っている人」以外の人は「自己責任の社会」であり、労働者の「自己責任」で「賃金」を得て生活するほかないとする考えは、同じ労働者の問題である「貧困の除去」を共通の課題であるとみなさず、いまは企業で正規労働者として健康に働けてそれなりの「賃金」を得ている自分とは永遠に関係のない「他人事」とみなし、貧困者の苦悩を共有しない鈍感な思考の広がりを意味しています。

「賃金依存度」が高い日本の労働者は、多額の住宅ローン、教育ローンなどを背負わされ、多くの場合ひとつの企業に雇用され続けることによって生きるほかなく、多くの場合ひとつの企業にしがみつかざるをえません。しかし、それでは労働者は企業と運命共同体の状態に置かれ、強い労働者になれないばかりか、いついかなるときに様々な社会的事故によって貧困の淵に陥らないとも限らない現状に置かれています。社会保障は様々な社会的事故から労働者の生活を守ることを通して、労働者の発言力を強め、主権在民の根を強くします。つまり、社会保障による労働者の生活不安からの解放は、民主主義の発展にとって不可欠の条件になるのです。

社会保障は高齢者や障害者など、いわゆる社会的弱者と呼ばれる人々の生活にだけ大きな影響を及ぼすものではありません。

生活保護バッシングは、この労働者の「賃金依存度」の高さと無関係ではありません。防貧としての社会保障が機能していない日本社会では、労働者が失業や倒産、疾病、労災、老齢などの社会的事故に遭遇して、労働を継続できなくなり賃金を得られなくなると、容易に生活保護が必要な事態に陥ってしまいます。ヨーロッパでは生活保護を受けない労働者も普段から住宅・医療・教育など含め社会保障制度により生活を支えられているわけですが、日本の労働者には生活を支える社会保障がないため、生活保護受給者があたかも手厚く保護されているかのような現象を生み出してしまっているのです。何らかの理由で生活保護の粗い網の目に救われた人と、粗い網の目に救われない多くの人とが生活保護をめぐって分断させられ、対立させられているのです。日本の生活保護の捕捉率は14.4%しかありません。じつに保護されるべき貧困者の85.6%が生活保護を受けられないまま放置されているのです。生活保護の最大の問題は保護されるべき貧困者の85.6%が日本社会によって放置されたままになっているということにあるのです。

いまの生活保護バッシングは、まったく問題の本質からはずれたものです。日本の生活保護受給率は、2009年度で2.65%と低いものです。ドイツの受給率は10%強、フランスは14%、イギリスは24%です。日本の生活保護受給率はイギリスの9分の1に過ぎないのです。ヨーロッパでは、18歳未満の子どもに対する親の扶養義務があるだけですが、日本のように嫁いだ娘や長いこと会ってもいない兄弟姉妹のもとに突然扶養照会の通知が届くのでは、誰しも生活保護の申請に二の足を踏むのは当然といえるのです。

そして、生活保護受給者に対する「就労自立支援」は、非正規労働者が全労働者の3分の1を占め、年収200万円以下のワーキングプアが1,200万人を超え、ブラック企業が横行しているような無権利不安定雇用労働者の大群に、生活保護受給者を突き落とすことと同義です。「普通に働けば安定した生活が送れる」ことが前提にないと、「就労自立支援」はワーキングプアの追加供給とそれによる非正規労働者の賃金・労働条件のさらなる悪化、ブラック企業の一層の横行を促進することになります。

生活保護制度における「就労自立支援」は、劣悪な賃金・労働条件のワーキングプアを「福祉」の名のもとにつくりだし、ブラック企業の搾取材料として供給していくことと同義なのです。

日本の社会保障制度を「貧困の除去」から再構成しなければ、過重労働社会はなくせません。日本の労働者の平均的生涯賃金の4分の1は住宅と教育です。社会保障を拡充して、「労働力の窮迫販売」を解消しなければ、低賃金・無権利労働をなくしていく社会の前提自体がつくれないのです。

(2012年10月、唐鎌直義立命館大学教授談、文責=井上伸)

井上 伸月刊誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局、月刊誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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