軍隊は国民を守らない、軍隊の存在が国民の安全を脅かす

  • 2015/8/16
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(※2008年9月に書いた記事です。※上の画像は、林博史著『沖縄戦 強制された「集団自決」』の表紙より)

伊藤塾塾長・伊藤真さんのまとまった憲法講座を受講しました。「軍隊は国民を守らない」という問題についての核心部分だけですが紹介します。

「戦争はよくないし、したくないけれど、憲法9条は変えるべきで、国民の命や財産を守るためには軍隊が必要だ」という意見があります。

他国が日本に攻めてきたとき、軍隊に国民の生命と財産を守ってもらう必要があるという意見は一見もっとものように感じます。しかし、そもそも他国が日本に攻撃してくる具体的な可能性があるとは私には思えませんし、そんな心配よりも地震列島なのですから国には地震対策などの災害対策をしっかりやってもらいたいと思いますが、それでも万が一に備えるのが国の責任ですから、そういう意味ではこうした不安ももっともだと思います。

しかし、こうした不安を持たれる方が期待するように、軍隊は国民の生命と財産を守ってくれるのでしょうか? 残念ながらそうではありません。

沖縄戦では、住民が足手まといや、食糧不足の要因にもなるということで、日本軍によって大量に殺害され、沖縄県民の犠牲は、当時の県民の約3分の1にあたる15万人を上回ると推定されています。野戦病院にも民間人は入れてもらえませんでした。

目の前の住民を見捨てても、命令に従って行動できる指揮官が優秀な指揮官です。感情に流されてしまって、部隊を危機にさらすことは戦争のプロのやることではありません。

1977年の米軍戦闘機墜落事故の際に自衛隊は、墜落地の横浜市民の犠牲者を無視し、米軍乗務員を救出しただけでした。

2003年にはアメリカの原子力潜水艦が日本の高校生の乗った実習船「えひめ丸」に衝突し、9名が亡くなりましたが、潜水艦乗組員が高校生を救出することはしませんでした。

古今東西、そもそも軍隊は住民や国民を守るものではないのです。作家の司馬遼太郎さんが『街道を行く』の中で「軍隊は住民や国民を守るものではない」と指摘し、このことは軍事の専門家の間でも常識だと言っています。

潮匡人さんという自衛官出身の軍事専門家の方が、「軍隊は何を守るのかと言い換えるなら、その答えは国民の生命・財産ではありません。それらを守るのは警察や消防の仕事であって、軍隊の本来任務ではないのです」とはっきりと指摘されています(『常識としての軍事学』中公新書ラクレ188ページ)。これが軍事専門家のいうところの軍事の常識なのです。私たちもこの常識を前提に議論しなければなりません。

間違っても、外国が攻めてきたときに、私たち住民、国民を軍隊が守ってくれると考えてはいけません。

「軍隊の本来の目的は、国民の生命や財産を守ることではない」--このことは軍事の常識です。ですから、万が一、他国から攻められたときに私たちの命や財産を守ってもらうことを期待して軍隊を持とうというのは、まったくの筋違いなのです。

それでも、「攻められたらどうする? 不法侵入されたらどうする?」という問いに対しては、私は、一定の自衛警察力は必要と考えています。不法侵入を許さないために海上保安庁や国境警備隊が警備にあたることは必要だと思います。しかし、こうした私たちの生命、財産をまもる自衛警察組織や危機管理組織を持つことと、他国を攻撃できる軍隊を持つことはまったく別の話ですし、そもそも他国から攻められてしまったときに軍隊を持っていることによって、国民を守れるのでしょうか? それは不可能です。アメリカは「世界一の軍事力」を誇っていてもアメリカ国民の生命と財産を守れないということを「9.11」は世界に明らかにしてしまいました。イギリスも世界有数の軍隊を持っていながら、ロンドンをテロから守ることはできませんでした。

つまり、現在の「テロとのたたかい」と言われるような戦争では軍隊を持っていたとしても攻められてしまったら同じなのです。軍隊では国民の生命と財産を守れません。特に日本は、入り組んだ海岸線に囲まれ、人口が密集し、新幹線が走り回り、多くの原発を抱えています。このような国が軍隊を持つことによってテロを含む攻撃から国民を守れると考える方がよほど非現実的なことです。

「軍隊を持っていようと持っていまいと、攻められたら同じ」ということは、問題の焦点は、軍隊を持っている方が、持っていない場合よりも、より攻められる危険が少ないのかという点に移ります。

今の憲法は軍隊を持つことはかえって攻撃の口実を与えることになるから、軍隊は持たない方が安全だという考えに立って非暴力平和主義を宣言しています。ということは、この憲法を変えようという側の人には軍隊を持った方がより攻められる危険が少なくなり安全になるということを証明する必要があります。そうすると、軍隊は「抑止力」になるから安全をもたらすという主張が出されるでしょう。

抑止力とは簡単にいえば、「脅し」です。「仮に攻めてきてみろよ、もっとひどいめにあわせてやるからな」と言って相手を脅し、攻撃させないようにするわけです。

こうした「脅し」が効果を持つためには、相手よりも強い武器を持っていなければなりません。そうすると、核兵器を持たなければ抑止力として意味を持ちません。また軍備拡張政策となり、予算は今以上に福祉から軍事費にまわされるようになります。増税も現在の比ではなくなるでしょう。

さらに、消耗戦となったときに国民一人ひとりが命を投げ出す覚悟がないと、相手に脅威を与えることはできません。

そして、万が一、本当に攻められたら、しっかりと反撃しなければ、口先だけの軍隊になってしまい抑止力にはなりませんから、しっかりと反撃することになります。つまり、戦争が始まり「暴力の連鎖」が始まるわけです。さらなる相手の攻撃によって、国民の生命と財産に対する被害はますます拡大するでしょう。こちらが一回反撃すれば、私たちの後々の世代まで「憎しみの連鎖」「暴力の連鎖」を引きずることになるでしょう。

こうしてみると、国民の生命と財産を守る、仮に被害が出たとしても、その被害を最小限にくい止めるのが、国家の任務であると考えた場合、「抑止力としての軍隊」についても合理性がありません。

いま、私たちに求められていることは、「他国から攻められたらどうする」とか、「軍隊がないと不安だ」というような、抽象的な漠然とした感覚で判断することではなく、もっと具体的な一人ひとりの生活に引き寄せて考えることです。

自衛隊を軍隊にして、日本軍がアメリカと一緒に軍事行動をとれるようになることによって、私たちの生活は今よりも安全で安心できるものになるのでしょうか? それともよりテロの危険が増し、より緊張を強いられるような生活になるのでしょうか?

日本軍がアメリカと行動を共にすることにより、アメリカの敵は日本の敵となり、日本は今まで以上に攻撃されやすくなります。私たちはより危険にさらされるようになるのです。常にテロの脅威にさらされてびくびくしていなければならない社会が私たちの望んでいることなのでしょうか?

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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