「かわいそうな貧困当事者を助けてあげよう」というレベルの問題でなく、全ての労働者の労働条件を切り下げる貧困スパイラルを止めるために貧困はなくす必要がある

  • 2016/8/24
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2008年11月に書いたものです。

貧困か?過労死か?「ノーと言えない労働者」つくる自己責任論が全労働者を貧困スパイラルに陥れる

国公労連の中央労働学校(2008年11月5日)で、反貧困ネットワーク事務局長(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長)の湯浅誠さんに講演していただきました。感じ入る論点がとても多い講演でしたが、いちばん重要だと思う湯浅さんが反貧困論について語った要旨を紹介します。(※文責=井上伸)

現在、もやいに月100件ぐらい相談があるが、半分が20代、30代の若者です。いまやどんな人が相談にきても驚かない状態になっています。そうした現場から見ると、数年前から目立ってきていた路上生活者・野宿者の問題にきちんと日本社会が向き合ってこなかったために、かつての山谷や釜ケ崎のような状態が全国どこにでも見られるようになって、日本全体が寄せ場化してしまった感があります。

一般的に貧困は、目に見えない、見えづらいというのが世界共通で、貧困は社会が再発見する努力を要するものです。野宿者は貧困の中では例外で、目に見える貧困です。野宿者は目に見えていたのですが、日本社会は今のフリーターなど若者に対する議論と同じように、野宿者はあれがライフスタイルなんだ、変わった人間なんだ、自己責任だとして、まともに対応してこなかったのです。

そして、いま非正規労働者だけでなく、周辺的正規労働者に、ワーキングプア状態が広がっています。労働市場が全体として地盤沈下して、正規公務員を含む中核的正社員だけが残っていく。そうなると、中核的正社員・正規公務員に対する羨望や妬み、「なんだあいつらは」という見方が厳しくなり、要求があがってきます。「なんだあいつらは、あんなに給料もらってろくな仕事してないじゃないか」という話になるのです。

非正規労働者や周辺的正規労働者がこれだけ広がってくると、中核的正社員・正規公務員も自分と同じような仕事を自分の半分の給料で働いている非正規労働者、官製ワーキングプアが自分の職場の中にいることになってきます。そうなると、中核的正社員・正規公務員の側には、「あんたそれだけ給料もらう仕事をしてるのか」と問われることになる。「それだけの給料もらってるのに仕事できないんだったら、あんたも非正規になれ、不公平でしょ」と言われるのです。すると、「私はそれだけの給料をもらえるに値する人間だ」、「私は常に成果をあげられる人間だ」ということを日々証明しないといけなくなってきます。それで、普通に仕事しただけでは成果をあげられないと、超長時間労働がはびこってきます。結果、うつ病・過労自殺・過労死が過去最悪の件数にのぼることになるのです。

貧困がどんどん広がってきて、ちょうどコインの裏側に、過労死をうむ労働が増えるという関係にあります。実際の労働市場の中で起こっていることは、非正規が負け組で、正規が勝ち組などという話ではなくて、「過労死するほど働くか?」、「生活できない貧困にとどまるか?」という「過労死か?貧困か?さあどっちにする?」と言われているような状態です。

こうして、労働現場に余裕のない状態が広がってくると、どういうことが起こるかというと、ちょっとでももたもたしている人、のんびりしている人が許せなくなってきます。昔だったら笑ってすんでたようなことも笑ってすまなくなってくるのです。ただでさえ、長時間労働で帰れないのに、「お前がもたもたしてるから、より一層帰れないじゃないか」、「期日せまってるのに、仕事終わらないじゃないか、いい加減にしろ」と職場の中のフラストレーションがたまっていきやすくなります。こうして、職場の弱い人が排除されやすくなり、どんどん労働市場から排除され、職場はますます余裕がなくなる。まわりが互いにフォローしている余裕がないから、それぞれ孤立して問題を抱え込み、うつ病になるなど職場の状況は悪循環に陥っていくのです。

労働市場から排除された人は、それで終わるわけではありません。どんな劣悪な労働でもやるという、「ノーと言えない労働者」になって労働市場に戻ってきます。こうして労働市場は「ノーと言えない労働者」であふれてきます。そうすると、雇う側は、日給5千円で働く人間がいるのに、なんで日給1万円の人間を雇わなくちゃいけないんだ、バカらしいという話になる。労働市場は急激に崩れていくことになります。

貧困は、労働市場が壊れて、社会保障がない「すべり台社会」の日本において広がっていきます。しかし、貧困はそこで終わらないで、労働市場で排除された人たちが、ブーメランのように労働市場に「ノーと言えない労働者」として戻ってきて、さらに労働市場を壊す役割を担わされるのです。つまり貧困は、労働市場が壊れてきた結果であると同時に、労働市場を壊す原因でもあります。これを私は「貧困スパイラル」と呼んでいます。

フリーターや野宿者をほおっておいたら、労働市場にワーキングプアになってもどってきます。ワーキングプアがこれだけいるのだから、みんなきつくなってもしょうがないよねという話になって、みんなの労働条件がどんどん切り下げられていく。そういう事態に現になっています。

さらに日本が深刻なのは、労働市場の外で暮らしていける社会保障が制度的にないだけでなく、イデオロギー的にもないことです。フランスの若者が「自分たちの労働力は安売りしない」「劣化した雇用では働かない」と主張し雇用制度の改悪を押し返しましたが、日本の若者が同じことを言ったらどうなるでしょうか。日本中から、若者バッシング、袋だたきにあう状況になります。「ふざけんじゃねぇ働け」「甘えるんじゃねぇ」と、バッシングする人は、若者の甘えた根性をたたきおなしてやってるんだ、自分はいいことやってるんだみたいな気分になっている。しかし、結果的には「ノーと言えない労働者」を増やしていることにつながり、じつは自分自身の足元を掘り崩していることになるのです。

人間には2種類あります。そこそこまじめで、そこそこいい加減なところもあって生きていけてる人と、生きていけない人の2種類です。日本社会で、生きていけない側になると、途端に「あなたが生きていけないのはこのせいなんだ」と言われてしまう。「あなたのここが悪いから生きていけなくてもしょうがない」と言われる。これが「自己責任論」です。

椅子取りゲームに例えると、8脚の椅子に対して、10人では必ず2人は座れないわけですが、このときに何に注目するかがポイントになります。座れなかった2人の問題にだけ注目すると、いくらでも問題は指摘できます。座れた8人と2人はそんなに違わない場合でも、2人に注目すれば、座れなかったという結果があるから、結果から見れば何か問題を指摘できることになります。例えば、2人は、ちゃんと音楽を聴いていなかったとか、日々の鍛錬が足りなかったとか、太り過ぎてたとか、いくらでも問題を指摘でき、それは一つひとつあたっていたりします。完璧な人間はいないからです。しかし、椅子の数の方に注目すれば必ず2人は座れないわけで、2人の問題ではなく、椅子の数の問題になるのです。貧困の問題はつねにこの2つの見方の綱引きです。貧困を社会の問題とするのか、自己責任の問題とするのか。これまでの日本は、自己責任論の方が強かったのですが、この間、ようやく社会の問題の方へ、引っ張り込めてきました。もっと綱を引っ張らなければいけません。

貧困の問題に取り組むのは、「かわいそうな誰かを助けてあげよう」というレベルの話ではありません。これまで見てきたように、貧困の問題は、労働市場全体にかかわる問題であり、すべての働く仲間の状況につながる問題なのです。あらゆる職場の状況が、弱い人が切り捨てられやすくなってきている中で、どうやって全体で支えられるかという問題です。それぞれの職場の状況を改善するということと、貧困問題を改善していくということは、同じコインの裏表の関係にあるのです。大事なのは、この問題意識を持った上で、いろんな問題に取り組めるかどうかです。貧困問題は、すべての働く人の利益に直結する問題です。すべての働く人が、自分の雇用・労働条件と、家族や仲間の雇用・労働条件を改善するために、貧困問題の改善に取り組む必要があるのです。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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