監獄を貧困層の居場所にする日本社会、「子どもの貧困」を増大させ「すべり台社会」で限られる貧困層の5つの選択肢=自殺・犯罪・ホームレス・家族依存・NOといえない労働者

  • 2016/8/24
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2009年5月17日に書いたものです。「貧困者を犯罪者とみなす刑罰国家の危険 – 憲法25条“生存権”軸の福祉国家へ(内橋克人×湯浅誠)」とあわせてお読みください。

昨日(2009年5月16日)、開催されたパネルディスカッション「貧困と監獄 – 厳罰化を生む『すべり台社会』」での反貧困ネットワーク事務局長・もやい事務局長の湯浅誠さんの発言要旨を紹介します。(※文責=井上伸)

2009年3月28日に開催した「反貧困フェスタ」のときに、相談に訪れた36歳男性のケースを紹介します。彼の実家は、乳牛を130頭飼っていた北海道の酪農家で、家族を手伝って彼は15年働いていました。もう一人前の酪農家になっていた33歳のときに、酪農は成り立たなくなり、その時点で一家離散。他に仕事がなかったため、彼は派遣労働者になりましたが、昨年末に「派遣切り」され、寮からも追い出されます。食べるために、闇サイトにアクセスして依頼主と会い、偽造の運転免許証を渡され「これで携帯電話を買ってこい」と命令されます。元は北海道の酪農家のまじめな青年ですから、すぐにばれて捕まり拘留され、起訴されました。こうしたケースでは、住所不定は起訴への大きな理由になります。執行猶予つきの有罪判決が下されました。

56歳男性のケースです。世田谷で野宿していた男性は、おにぎりを買いたいがために、神社の賽銭箱から150円を盗んで、再犯だったこともあり3年の実刑判決。こうしたケースが増えているのも、日本が貧困化してきている一つの結果であるだろうと私は思っています。

このように貧困化している日本社会を「すべり台社会」と私は表現しています。(※以下、下の図を示しての説明)

 

いま日本社会では、「子どもの貧困」が広がっています。子どもの7人に1人(※直近の2012年の子どもの貧困率は16.3%で6人に1人)が貧困状態に置かれています。低い公的教育費のため、貧困状態にある子どもは、早期に教育課程から排除され、教育機会が与えられません。

そして、「労働して生活できる」という状況が壊れています。非正規率は4割。年収200万以下のワーキングプア状態に置かれている人は1,000万人を超えている。加えて「派遣切り」「期間工切り」など雇用が破壊され、労働市場からはじかれやすい状況が強まっています。

労働市場からはじかれ、すべり落ちる人たちを、雇用保険などの社会保障、セーフティーネットで止められているのでしょうか。現実は、雇用保険でカバーされているのは失業者の23%でしかない。77%も排除され、すべり落ちてしまう。

手前にある「つなぎ融資」という「緊急小口資金貸付制度」がありますが、たとえば、都内のある自治体でたった1%しか借りられない。100人に1人しか借りられないというのが実態です。

そして最後のセーフティーネットである生活保護は、10人に2人から4人程度しか受けられない。

つまり、日本社会のセーフティーネットは、どれを取っても、救えるのは、少数派になってしまう。

7人に1人の「子どもの貧困」が、社会で生きていく過程の中で、ほとんど是正されずに、4割の非正規の中に入っていって、不利益な取り扱いを受け、そこからも「派遣切り」などではじかれると、どこにもひっかからないので、貧困化してしまう。

こうした「すべり台社会」の中で、貧困という状態が広がっているわけですが、もうひとつ重要なことは、その人たちがその後どうなっていくかということです。

貧困になった人の選択肢は5つしかありません。

1つは家族のもとに帰る。家族になんとか支えてもらう。2つめは自殺。30代の自殺が過去最高になったことが先日報道されていました。

3つめがホームレス化。4つめが犯罪。5つめが「NOといえない労働者」になってしまうということです。

この「NOといえない労働者」というのは、一言でいうと「労働条件を選べない」、「生きるためにはどんな条件でも受け入れざるを得ない」という状況に追い込まれた労働者ということです。

企業が「NOといえない労働者」を活用することによって、すべての労働者の労働条件はどんどん悪くなっていく。すべての労働者に対して、「安く働いている人がこんなにいるのに、なにお前贅沢言ってるんだ」という話になってしまう。そうなると労働市場は壊れていく。「NOといえない労働者」は労働条件を引き下げる役割を担わされてしまい、社会全体が抜け出せない「貧困スパイラル」に落とし込まれる。日本社会はこのような「貧困スパイラル」でまわってきた。

「家族になんとか支えてもらう」というのを、貧困になった人の選択肢の一番目にあげましたが、じつは私がいま一番心配しているのが「家族」です。食べられなくなった人が家族のもとに帰って生きていく。家族というのは、私的なセーフティーネットですから、こんな社会状態の中で、家族だけで全部丸抱えできるわけがない。貧困を抱えることによる家族のストレスが、どんどん日本社会の中で煮詰まってきているのではないか。そこからどこへ行くかと考えると、DVという形で犯罪化したり、自殺等の悲しい結末になってしまいかねません。

一方で、貧困が社会化されない原因のひとつとして、家族が貧困を抱えることによって、社会的にはなかなか見えて来ないという問題もあります。企業福祉と社会保障が縮小されていく中で、今後、家族の中での事件が、児童虐待などいろんな形で増えていくのではないかと心配しています。

今回の「貧困と監獄」というテーマを考えると、すでに、アメリカというのは、「貧困は犯罪の温床だ」というレベルを超えて、「貧困は犯罪そのものだ」というところまできています。社会保障を受ける人に対する就労義務を課し、その仕事は、最低賃金をはずされた仕事で、大企業系列の孫請け労働になっています。加えて刑務所労働も、同様にアメリカ大企業系列の孫請け労働となっている。刑務所労働が「貧困ビジネス」となっている。こうしたアメリカの政策を、ヨーロッパのワークフェアとは違う「懲罰的なワークフェア」と私は呼んでいます。すでにアメリカでは、1996年に生活保護を5年以内に制限することが実施されている。日本においてもアメリカ的な「懲罰的なワークフェア」政策が取られる危険性があり、注視する必要があります。

他のパネリストからは次のような指摘がありました。

貧困と監獄が不可分の関係にある。収監者の中に貧困層の割合が高く、貧困を増大させる福祉解体と規制緩和、そして厳罰化、この二つの政策がコインの裏表の関係にある。

福祉制度が弱い国ほど、厳罰化が暴走するケースが高く、監獄と貧困の「負のスパイラル」が発生している。日本において微罪による再犯率が非常に高くなっていて、「監獄が貧困層の居場所」になっている現実がある。監獄から出所しても、社会復帰の受け皿がないため、また貧困化し、アパートで孤立し、居場所がないため、また微罪で監獄に戻ってくる。刑務所が強制的な福祉施設のような状態になる。厳罰化は犯罪抑止力を持たず、収監は財政的にも負担が大きく、生活保護の3.3倍の財政負担が社会にかかっている。だから、犯罪者をただ社会から排除していくだけでは、国家財政からみても非効率的であることを認識する必要がある。囚人のコストは、福祉で支えるコストよりも3.3倍も高いということ、本来社会復帰し社会貢献できた人を厳罰化で収監することの方が非効率な社会であることなどの認識も広げる必要がある。

 

(※以下は、上の図を紹介しながら、今後どうすればいいかというテーマでの湯浅さんの発言です)

大きく言えば、その図にあるように、いまの日本の「すべり台社会」に一つひとつしっかりした階段をつけていかなければ問題は解決しません。

そして、貧困と犯罪、監獄の問題ですが、すべり台社会で貧困に落とし込まれた人が犯罪をおかし刑務所に入るというケースが多くなっています。刑務所から出ても社会に居場所がなく、また犯罪をおかし刑務所に入ってしまう。これをどうすればいいのか。この日本社会が、刑務所の中よりも、ましな空間にならなければいけない。そうした社会にするためにどうすればいいのか。

犯罪の数と刑務所に入れられている人の数はイコールではない。刑務所人口というのは、犯罪プラス貧困なんですね。貧困が増大する社会では、刑務所人口が増えるのは当たり前です。

社会が許容するストライクゾーンがどんどん狭まっている。社会のセーフティーネットに穴が広がるということは、社会が許容するストライクゾーンが狭まるということです。どんどん狭くなっていくストライクゾーンからはずれた人は刑務所に行きやすくなる。貧困が増えれば刑務所人口は増える。これは、私たちもやいの活動でも同じようなことがあります。生活保護を受けていた人がまた路上に戻ってきてしまう。仲間は路上にしかいないから。その人にとって今の日本社会には、居場所が路上にしかないからです。再犯率が高いという刑務所と同じ構図がある。生活保護が居場所になっていないのです。だから、この問題を解決するには、社会的に居場所をつくっていかないと解決できない。生活保障と居場所が必要です。この二つが車の両輪としてまわらないと生活困窮者の支援はうまくいきません。社会の中に多様な居場所をつくっていけるかどうかにかかっているのです。

私の活動家の定義というのは、居場所をつくっていく人です。その居場所では、「お前には、本当に生きていく価値はあるのか」とか、「お前、本当に死ぬ気になって頑張らなくちゃだめだ」などと誰からも説教されることはありません。そういう居場所がどれだけ私たちの取り組みで増やしていけるのかが、勝負だと私は思っています。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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