子どもの貧困は「彼ら」の問題でなく「私たち」の問題=子どもの貧困の放置は巨額のムダづかい生み、貧困と戦争のスパイラル=児童虐待と国家規模の貧困ビジネス(戦争)が子どもと私たちの命と暮らし奪う

  • 2016/8/22
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2008年の3月と10月に書いた山野良一さんの講演要旨などを紹介します。

『子どもの最貧国・日本』(光文社新書)の著者である山野良一さんが2008年3月に行った講演要旨を紹介します。(※文責=井上伸)

1995年頃から日本で、児童虐待が急激に増えてきました。その背景として、1つは90年代からPTSD(心的外傷後ストレス障害)やトラウマなど心理的な問題を見る世の中の目が広がったこと。もう1つは、「早寝早起き朝ご飯運動」や「家庭教育ノート」など「親の自己責任」が強調されるようになって、様々な理由でそれに対応できない状況に置かれている親たちのストレスとなり、反目するように児童虐待が出てきたのではないかと考えています。

アメリカでは、貧困な人たちだけが暮らす地域と、豊かな人たちが暮らす地域が、明確に分離しています。いちばん児童虐待が多い貧困地域では子ども1,000人に50人の割合で発生し、いちばん少ない豊かな地域は1,000人に0.2人です。貧困地域では、豊かな地域の250倍の児童虐待が起きているのです。

児童虐待だけではありません。ティーンマザー=10代の子どもの妊娠は、貧困地域の大きな問題ですし、銃犯罪、麻薬の問題などが貧困層に集中してあらわれています。

アメリカは、「貧困大国」であり、「虐待大国」でもあります。アメリカでは1年間で、1,300人もが児童虐待で亡くなっています。日本は虐待は50人で、一家心中を含めると1年間で100人の子どもが亡くなっています。アメリカは子どもの数が日本の3倍ぐらいありますが、それでもアメリカの児童虐待による死亡数はケタが違って多いことが分かります。また、アメリカは「監獄大国」でもあり、人口3億人のうち刑務所・拘置所などに収容されるのは1年間に1,000万人、30人に1人で、貧困者が多くをしめています。

また、アメリカの子どもの貧困は戦争と深く結びついています。ジャーナリストの堤未果さんが『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書)の中で指摘されているように、子どもが貧困から抜け出すには、軍隊しか選択肢がないような状況にされているわけです。貧困で学校にも通えない、家族は十分な医療も受けられない。そこを抜け出すには、軍隊に入れば、大学にも通えるし、いろんな資格も取れる、家族も医療を受けられるようになる、というわけです。アメリカでは、「徴兵制はいらない。貧困があるから」と言われていて、まさに国家規模の「貧困ビジネス」が戦争になっているわけです。

たとえば、イラク戦争において、兵士が戦場には行きたくないと拒否すれば懲戒除隊として扱われ、奨学金や医療保険、住宅ローンの融資などを受ける権利も奪われるわけです。結局、貧困のため戦場に行かざるを得ず、イラクからの帰還兵にPTSDなどの精神障害や自殺が増大しています。PTSDで兵士を続けられなくなった貧困層の若者の家族は崩壊し、本人も社会への復帰ができずホームレスとなるケースも増えています。

アメリカにおいて、軍事費へ税金投入→教育・医療・社会保障費削減→貧困増大→子どもの貧困増大→貧困脱出へ軍隊入隊→戦争、という「貧困と戦争のスパイラル」ともいえる状況になっているわけです。

アメリカのこうした状況は、貧困問題と戦争の問題が密接に関係していることを示しています。日本においても、憲法25条の生存権保障と、憲法9条の平和主義をともに重要な課題として追求する必要があるのです。

給料から税金、社会保険料などを引き、児童手当、児童扶養手当など社会保障給付金を足して計算し、中央値の半分を「貧困ライン」といいます。日本では親子2人で195万円、3人で239万円ほどで、この額は生活保護の基準とほぼ同じです。

この「貧困ライン」以下で暮らす17歳以下の子どもの割合を「子どもの貧困率」といい、日本の「子どもの貧困率」は14.3%で7人に1人の子どもが貧困家庭に暮らしています。これはOECD25カ国の平均より高くて、日本の特徴は「ひとり親家庭」の貧困率がトルコに次いで2番目に高くほぼ60%にのぼっています。しかも、政府が社会保障などの施策を行うことによってヨーロッパ諸国は子どもの貧困率を下げているのに、日本だけが政府の施策によってかえって子どもの貧困率が高くなる状況にあります。ひとり親は、ほとんど非正規労働者であり、社会保障が少ない一方、税金や社会保険料が非常に高くなっているのです。

アメリカでは、貧困家庭の乳児の死亡率は1.7倍で、入院回数も2倍になっています。日本でも阿部彩さんの調査「0~4歳の子どもの成長と家族の経済状況(2008年)」によれば、貧困家庭の子どもほど、身長・体重の数値が小さく、病気の発生率が高いが通院ができず、逆に入院が多くなるなどの傾向があることが分かっています。日本における健康保険料の3割負担なども大きな問題です。

アメリカのチャイルド・ディフェンス・ファンドの報告はこう述べています。「当該の子どもだけが被害者なのではない。子どもが発達上の課題を背負ってしまったら、社会はそのコストを代償しなければならない。企業はよいスタッフを見つけることができなくなる。先生は補習や特別教育に時間を費やさなければならなくなる。裁判所はさらに多くの犯罪や家庭内暴力の審理をしなければならなくなる」

日本政府は、毎年、社会保障費を2,200億円も削減するなど、「子どもの貧困」のことはまったく考えていません。しかし、子どもの貧困を解消するための社会的な投資を増やすことによって、子ども自身だけでなく、社会全体の損失を減らすことができるのです。私たちは「子どもの貧困」の問題に敏感にならなければいけないと思います。

(※引き続いて以下は山野良一さんの指摘です。[※2008年10月に書いたものです])

子どもの貧困は「彼ら」の問題でなく「私たち」の問題である――子どもの最貧国・日本

OECD(経済協力開発機構)が、2008年10月21日、加盟30カ国のうち日本を含む4分の3以上の国で貧富の格差が拡大したとの報告書「格差は拡大しているか」を発表しました。報告書によると、過去20年間に高所得層の収入が軒並み高い伸びを示したのに対し、中・低所得層や若年層の貧困が増加し、低所得層の子どもが将来、高い収入を得る可能性が低いと指摘。2005年時点で子供8人のうち1人は所得分布中央値の半分未満の所得で暮らす「相対的貧困状態」にあるとしています。

子どもの貧困の問題にかかわって、山野良一さんが、「日本の相対的貧困率はOECD諸国で2番目の悪さ 日本政府が認めたがらない、この国の貧困と子どもの未来」(週刊東洋経済10/25付の特集「家族崩壊」の中のルポ)と、『子どもの最貧国・日本~学力・心身・社会におよぶ諸影響』(光文社新書)を執筆しています。

「私がソーシャルワーカーのインターンとして働いていたセントルイスでは、貧困地域と豊かな地域では、児童虐待の発生率は最大で250倍もの差を示す。貧困地域では年間1,000人当たり50人の子どもが児童虐待の被害児となり、豊かな地域では、わずかに0.2人にしかすぎない」

「貧困大国」でもあるアメリカは、同時に「虐待大国」でもあり、子どもの人口は日本と3倍ほどしか違わないのに、児童虐待の発生数が30倍も多く、児童虐待で亡くなってしまう子どもたちの数も年間1,530人(2006年)にもおよびます(日本は60人。心中を入れて120人)。そして、アメリカ全土で児童虐待で亡くなった子どもの大半が、全米の平均的収入の半分しか得ていない貧困家庭の中で生活していたことが分かっています。

また、アメリカでは、90年代から、母親の胎内で麻薬に晒されてしまう“ドラッグベビー”“コカインベビー”が全米の赤ちゃんの5%にのぼり、出産時に低体重など後の成長にリスクを負うような状況になっています。

ノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソローが中心になって、子どもたちの貧困がアメリカ社会全体へおよぼすコストを試算したレポート(1994年、Children’s Defense Fund)の内容を、山野さんは新書の中で次のように紹介しています。

子ども時代に1年間貧困状況にあると、生涯賃金は約1万2,000ドル(約152万円:92年当時)減額すると予想。そこで、国内すべての貧困な子どもたち約1,400万人について合計すると、1年間の影響のみで1,769億ドル(約22兆円)の減額になるとしています。一定の条件のもとでは、賃金の変化はほぼ生産性の変化と等価であるという経済学上の仮説に基づけば、この額は子どもたちの貧困がもたらす社会全体の生産性の減額になります。

他方で、ここでは子どもたちの貧困をなくすためのコストについても計算していて、国勢調査からすると、92年当時は、子ども1人あたり、平均2,800ドルあれば貧困ラインを超えることができたとして、合計約400億ドル(約5兆円)があれば、全米の子どもたちを1年間貧困から抜け出させることができると分析しています。

つまり、ソローたちの計算によれば、貧困を終結させるためのコストより、貧困から影響を受けるコストの方が上回っていることになります。こうして、ソローたちは、子どもの貧困を放置することによって、多くのお金を無駄遣いしていると主張するのです。

そして、アメリカと肩を並べる貧困大国である日本の異常は、「貧困層をより貧しくする日本の歪んだ所得再配分」(週刊東洋経済10/25)にあります。政府は、市場経済のなかで家族が働いて得た所得(市場所得)に対して、税金や社会保険料を課し、子どもに関する政府からの手当などを給付します。この政府による介入で、日本以外のOECD諸国は、貧困状況にさらされる危険から多くの子どもたちを救っています。2005年の平均で見ても、「政府介入前の貧困率」の60%程度に「政府介入後の貧困率」を押し下げることに成功しています。唯一、日本だけが12.9%から14.3%(05年)へと政府の介入により逆に貧困率を上昇させるという異常事態をまねいているのです。驚くべきことに、なんと日本政府による「所得再配分」「社会保障」は、貧困層をより貧困におとしいれているのです。

先に紹介したソローのレポートには次のように書かれています。

子どもが貧困に苦しんでいるとき、当該の子どもだけが被害者なのではない。子どもが貧困を原因とした発達上のさまざまな課題を背負ってしまったら、社会はそのコストを代償しなければならなくなってしまう。企業は良いスタッフを見つけることができなくなる。消費者は、商品にもっと高い料金を払わなければならなくなる。病院や保険会社は、本来なら予防できたはずの病気を治療しなければならなくなる。学校の先生は、補習や特別教育に時間を費やさなければならなくなる。一般市民は、街頭で危険な思いをするかもしれない。政府は、刑務所の職員をさらに多く雇わなければならなくなる。市長は、ホームレスの人たちにシェルターを提供しなければならなくなる。裁判官は、さらに多くの犯罪や家庭内暴力などの事件を審理しなければならなくなる。税金を払う人は、防げたはずの問題にさらにお金を払わなければならなくなる。消防職員と医療関係者は、貧困の問題がなければ発生しないはずの忌まわしい緊急事態に対応しなければならなくなる。葬儀の担当者は、貧困の問題がなければ死なないはずの子どもたちを埋葬しなければならなくなる。

新書の最後に、山野さんは、「多くの論者が危惧するように、いまの日本が向かっているのは、『貧困大国』アメリカの二の舞です。『持てる』ものと『持たざる』ものの格差が固定化し拡がっていくような社会では、犯罪や家庭内の暴力の増加がもたらされ、さらには戦争に対する社会全体の免疫力を失わせてしまうことは、アメリカの歴史や現状が、私たちに教える大きな教訓だと思います」「いまの日本が向かおうとしているアメリカ的な競争社会では、今日の『勝ち組』にいる人でさえも、明日の『勝ち組』に居残るためには、意味のない心理的なストレスと無駄な経済的な負担を、個人的にも社会的にも負っていかなければなりません。止まらない過労死や、過度のストレスや経済的な理由による自殺の増加がその究極の姿です」「子どもたちの貧困の問題は、こうして考えていくと、『彼ら』の問題ではなく、『私たち』の問題であるとも言えるのではないでしょうか。しかし、私たちは子どもたちという将来の貴重な宝の損失を防ぐことができるのです。子どもたちの貧困という現実を直視し必要な対策を続けていけば」と言及しています。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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