ジブリ作品「火垂るの墓」監督・高畑勲さん、「耳をすませば」監督・近藤喜文さんインタビュー「日本の侵略戦争、加害責任を見なければ世界の人々と手をつなぐことはできない」

  • 2015/8/14
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[※上の画像は、近藤喜文画文集『ふとふり返ると』(徳間書店)より]

きょう(8月14日)、アニメ映画「火垂るの墓」(1988年)が6年ぶりに終戦記念日前後にテレビ放送されます。

この映画「火垂るの墓」をつくった二人の重要な人物に、スタジオジブリにうかがって、私、インタビューしたことがあります。一人は監督をされた高畑勲さん、そしてもう一人は「火垂るの墓」のせっちゃんをはじめキャラクターの造形を生み出した近藤喜文さん(映画「耳をすませば」の監督)です。

近藤喜文さんにインタビューしたのは、「耳をすませば」の監督をされた翌年の1996年だったのですが、そのときスタジオジブリでは「もののけ姫」を製作中で近藤さんは作画監督をされていました。ところが、その2年後の1998年1月21日、近藤さんは解離性動脈瘤により、47歳の若さで亡くなられました。

近藤喜文さんは、スタジオジブリでの「耳をすませば」(1995年)の監督をはじめ、「火垂るの墓」、「おもひでぽろぽろ」、「赤毛のアン」、「名探偵ホームズ」のキャラクターデザイン・作画監督(あの「火垂るの墓」の節ちゃんの造形を生み出したのが近藤さんです)や、「魔女の宅急便」「もののけ姫」の作画監督など、数々のすばらしい仕事をされました。高畑勲さんは、近藤さんの存在なしでは、「火垂るの墓」、「おもひでぽろぽろ」、「赤毛のアン」などの作品はありえなかったと語っていますし、宮崎駿さんも「日本屈指のアニメーター」として、近藤さんを高く評価し、「耳をすませば」に続く作品を一緒につくろうとしていた矢先に近藤さんは亡くなられました。(もしも近藤喜文さんが今でも存命ならば、ジブリ作品に数々のステキな作品が加わっていたと思います)

宮崎・高畑作品を作画面で支えた近藤さんですが、宮崎さんの「となりのトトロ」と、高畑さんの「火垂るの墓」を、同時期にジブリで制作することになったとき、近藤さんの争奪戦が起こり、高畑さんは「他は何もいらないから近ちゃんだけ欲しい」、宮崎さんは「近ちゃんが入ってくれないなら僕も降板する」と言い出し、鈴木敏夫さんが仲裁に入り「宮さんは自分で絵が描けるから」と助言して、近藤さんは「火垂るの墓」の制作にたずさわったとのことです。(「赤毛のアン」は、高畑勲さんを中心に、近藤さんがキャラクターデザインを担当して、宮崎さんもかかわっていたのですが、途中で「ルパン三世 カリオストロの城」に取りかかることになった宮崎さんは「赤毛のアン」の方の仕事は途中で抜けています)

「耳をすませば」や「火垂るの墓」など数々の作品の中に、近藤喜文さんは生き続けていますが、近藤さん自身がどんな思いで作品をつくっていたのかという一端が分かるかとも思いますので、以下インタビュー記事を紹介します。

スタジオジブリ作品
映画「耳をすませば」の監督
近藤喜文さんにインタビュー

(『国公労新聞』1997年1月1・11日合併号掲載)

「子どもたちを励ます映画つくりたい」

――いまのお仕事をされることになったきっかけはどんなことだったのでしょう。

初仕事は「巨人の星」

近藤:子どもの頃から絵が好きだったということが大きいのですが、直接的には、高校生のときに、高畑勲監督のアニメーション映画「太陽の王子ホルスの大冒険」に感動して、アニメーションを作ってみたいと思ったのがきっかけです。

高校を卒業後、この世界に入り、はじめは動画を描いていて、初仕事はテレビの「巨人の星」でした。メインスタッフとしてキャラクターデザインを初めて担当した作品がテレビの「赤毛のアン」です。

――動画というのは、どのようなものですか。

近藤:絵コンテ(シナリオに絵が描かれたもの)にそって原画担当の人が、最初のポイントになる絵を描いて、動画はさらにその間に何枚かの絵を入れて一連の動きを完成させる役割をもっています。

――キャラクターデザインを考えるときに、人物の性格とかは脚本のほうでできあがっているのですか。それとも一緒に考えるのでしょうか。

近藤:いっしょに考える部分もありますね。「赤毛のアン」のときは原作が有名ですが、髪が赤くて、目が大きくて、そばかすがあってとか、原作を読んで描き始めたのですが、うまくいかなくて、監督の高畑さんに「かわいく描いていちゃだめだ」とか、「たとえば、映画女優でいうとミア・ファーローみたいな感じじゃないか」とか提案があって、試行錯誤しながらつくりました。

――「耳をすませば」で、初めて監督をされたわけですが、ご苦労されたことはどんなことですか。

近藤:キャラクターデザイン・作画監督は、自分の守備範囲がはっきりしていて、そこだけで専念していればいいんですけど、監督となると、声とか音楽とか含めて作品全体を見なければいけないので大変でした。

女性が自立しているから主人公に

――「耳をすませば」や「おもひでぽろぽろ」など、主人公が少女、女性の作品が多いですね。女性を描くときに大切にされていることはどんなことですか。

近藤:女性だけに限りませんが、人間を描くときに、のびのびとした素直な感じの絵が描きたいといつも思っているんです。主人公だけじゃなくて、その他大勢の登場人物も、見ていて気持ちがいい絵を描きたいですね。

主人公に女性が多いというのは、やはり、女性が自立しているからじゃないでしょうか。炊事洗濯など家庭生活も含めて、男より女のほうがちゃんと生きていく感じがしますよね。

労働組合で学んだとても大切なこと

――労働組合については、どのような考えをお持ちでしょうか。

近藤:私自身、30歳近くまで、労働組合のある職場にいたんです。“本当に人間らしく生きるとは”、“民主主義とは”ということを考えて、話をする中で、労働組合の仲間から多くのことを学びました。仲間は信頼できるものなんだということも、労働組合から学んだとても大切なことだったと思います。

――労働組合では、どのようなことをされていたのですか。

近藤:当時は、下請けの下請けのような零細プロダクションがたくさんあって、アニメ業界の中にどのくらい会社があるのかというのも全然わからないような状況だったんです。それで自分のところだけでやっててもだめだから、よそに働きかけに行かなきゃとか言って、20代ぐらいの人が多い職場でしたけど、電話帳で調べて訪ねて行って話をしたり、貧しい労働条件を告発する雑誌を発行したりしました。それに、アニメ文化も平和があってのものですから、平和の問題なんかも取り組んでいました。

子どもたちに戦争の事実を伝える努力が必要

――「火垂るの墓」を見るたびに泣いてしまうという職場の仲間も多いのですが、キャラクターデザイン・作画監督をされたときのことなどをお聞かせください。

近藤:こんなことはあってはいけないと思いながら、「火垂るの墓」を描いているうちにだんだん背筋が寒くなるというか、鳥肌が立つみたいな感じがしながら描いていました。

戦争をテーマにきちんとした仕事ができたらいいなと思っていたので、「火垂るの墓」をやらせてもらって良かったと思っています。

できあがってから、高畑さんのところに、韓国の方がみえて、戦後40年もたってまだ被害者意識で映画を作っていていいんだろうかと言われました。侵略戦争の加害責任を問うようなこともやらなくちゃいけないという話は前からあって、じつは、高畑さんが「おもひでぽろぽろ」の準備をする前に、「国境」というタイトルの作品を手がけようとしていたんです。満州に行ったきり行方不明になった兄を主人公が探しにいき、解放戦線の女性と出会った主人公が、日本という国が何をしているのか疑問を持ち始めるという内容の話だったんです。その話も具体的に進み始めたんですけど、天安門事件などの影響で企画が流れたんです。いま、そういう作品も大切だと思います。

――そうですね。

近藤:最近は、日本の現代史を否定的に教えるのはよくないなどという人がいて、学校の先生なんかも影響を受けて、従軍慰安婦はいなかったみたいな話になり、非常に気になります。

広島で平和の問題を教えてる人が言っていた話ですけど、広島にいつ原爆が落ちたか知らない子どもが増えているというんですね。

「火垂るの墓」を作るとき、たった40年前のことなのにわからないことがいっぱいでした。たとえば、昼間の焼夷弾というのを誰も覚えている人がいなくて、結局よくわからなかったんです。

そんなむずかしさはあると思いますが、子どもたちに戦争の事実を伝える努力をしなければ、風化する一方だと思います。ちゃんと戦争の事実を伝えていかなればいけないと思います。

国公労連は「行革」に負けないで

――国家公務員については、どのように思われますか。

近藤:いま行政改革とか公務リストラで問題になっていますよね。赤字を理由にして、結局、削られるところは、福祉とか、教育とか、生活に直結するようなところが多いじゃないですか。

国家公務員なんていうと、仕事をしないとか、お役所仕事とかよく文句言われますよね。そういうことがあれば見直してもらわなきゃと思いますけど、基本的に、いつの時代でもそういう言われ方をして生活に一番近いところが削られていくような気がします。

赤字でいいというわけじゃないですが、コスト第一となると、結局企業と変わらなくなりますよね。企業と同じだったら、もうからないことはやめようという話になってしまう。そうじゃなくて、必要なものは必要だというところで、国公労連は負けないで欲しいですね。

行政は市民の身近な味方になって

近藤:とくに、行政機関が大事だなと思ったのは、子どもが生まれたときでした。私のところは共稼ぎで、保育園に子どもをあずかってもらっていたのですが、核家族だったので、地域で支えてくれる受け皿がないとやっていけなかったですね。

最初は民間の保育園に子どもをあずけていたんですけど、当時(19年前)のかみさんの給料が手取り6万円ぐらいで、保育料が4万円もしたんです。

これではやっていけないので、なんとか公立の保育園に入れてもらおうと、父親も行って頼んだほうが入れてもらいやすいからということで、私も何度か市役所に出かけて、生活がいかにたいへんかという話をしたりしました。

それで、公立の保育園に入れたら、保育料が千円になった。アニメーション業界は低賃金なもので、5段階ぐらいのランクがあって、いちばん下のランクの保育料になったんです。

そのとき、行政というのはこんなふうになると、ありがたいなと思いましたね。

やはり、いつの時代でも、行政が市民のいちばん身近な味方であって欲しいですね。

――お仕事の予定をお聞きしたいのですが。

いまは、今年の夏に公開される宮崎駿監督の作品「もののけ姫」の原画をチェックしたりする手伝いをやっています。

この作品は、これまででいちばんの大作になっていまして、いままで描いたことがない時代劇なものですから、侍が登場したり、着物を描いたり、わからないことが多くてたいへんな作業になっています。この作品もたくさんの方に見てもらいたいですね。

――最後に、取り上げてみたいテーマについてうかがいたいのですが。

近藤:「耳をすませば」の後で感じるのは、いまの子どもたちが置かれている状況が、僕らの頃とはずいぶん違っていて、すごくたいへんになっているんじゃないか、子どもが希望を持って生きて行くのが困難になっているんじゃないか、ということです。

子どもをひとつのものさしではかるのはやめて

近藤:いまは、子どもをひとつのものさしで、はかっている感じがします。
そのものさしの基準に、子どもをあてはめて、子どもの価値が決まるみたいになっている。そのものさしで、はかれない子どもは、居場所がなくなるし、生きていく希望がなくなるような状況になっている気がします。

――自分の居場所がなくて、自殺してしまう子どもも増えているようで、すごく悲しいですね。

近藤:そうなんですね。勉強ができる子もいるし、できない子もいる。スポーツの得意な子もいるし、そうでない子もいる。いろんな子がいていいんだということを、子どもたちに言ってあげる必要があると思います。

うちの子どもの友だちなんかを見ていると、みんな、それぞれの置かれているところで、一生懸命がんばってるんですよね。そういう子どもたちを励ましてあげられるようなものができたらいいなと思うんですよ。

子どもたちを、ひとつのものさしで、はかるのはやめて、すべての子どもたちに「あなたはすばらしい」と言ってあげる必要があると思います。そういうメッセージを子どもたちに届けられる作品をつくりたいですね。

――きょうは、お忙しいなか、ありがとうございました。

(※紙面の制約で削ったお話がいくつかあるのですが、ひとつは「火垂るの墓」をつくるにあたって、近藤さんと高畑さんは、画家いわさきちひろさんの『戦火のなかの子どもたち』から、子どもの表情などを学んだとのこと。それと、インタビューの最後に出てくる「子どもたちを励ましてあげられるような作品」のひとつの例として近藤さんは、灰谷健次郎さんの小説『天の瞳』のような作品世界を描いてみたいと語っていました。それから、近藤さんのパートナーは、山浦浩子さんで、宮崎作品「ルパン三世・カリオストロの城」の色指定をはじめ、「パンダコパンダ」や「名探偵ホームズ」の仕上げ(彩色)チーフなどで活躍されている方です)

▼近藤喜文(こんどうよしふみ)さんの主な作品
巨人の星(1968年) 動画・原画
ルパン三世(1971年) オープニング原画・原画
ど根性ガエル(1972年) 原画・作画監督
パンダコパンダ(1972年) 原画
パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻(1973年) 原画
ガンバの冒険(1975年) 原画
未来少年コナン (1978年) 原画
赤毛のアン(1979年) 原画・作画監督・キャラクターデザイン
トム・ソーヤーの冒険 (1980年) 原画
名探偵ホームズ (1985年) 作画監督・キャラクターデザイン
愛少女ポリアンナ物語(1986年) 原画
愛の若草物語 (1987年) キャラクターデザイン・原画
火垂るの墓 (1988年) 作画監督 ・キャラクターデザイン
魔女の宅急便(1989年) 作画監督
おもひでぽろぽろ (1991年) 作画監督・キャラクターデザイン
紅の豚 (1992年) 原画
そらいろのたね (1992年) 監督
海がきこえる (1993年) 原画
平成狸合戦ぽんぽこ (1994年) 原画
耳をすませば (1995年) 監督
もののけ姫 (1997年) 作画監督

▼それから、高畑勲さんのインタビューの一部も紹介します。(※2003年12月にインタビューしたものですのでブッシュ、小泉政権時代でした)

高畑勲さんインタビュー

(「国公労新聞」2004年1月1・11日合併号掲載)

ブッシュの愚かさ

――「どうして魔女は意地悪なの?」というキリクの根源的な問いかけと行動は、現実の世界でも大切になっていますね。

高畑:魔女が意地悪なのには原因があると思ってキリクはそれをつきとめ、原因を取り除いて、村に平和をもたらし、魔女さえ悪から解放します。

キリクにくらべて、ブッシュ米大統領はどうでしょうか。「悪の枢軸」「テロ撲滅」と声高にくりかえすだけで、テロの原因を考えもせずイラクへの無法な戦争をしかけています。

たしかにテロは悪です。なくさなければなりません。しかし、自爆テロの多発というような状況にはよほどの理由があると考えるべきでしょう。そして、その原因を取り除かない限り、「テロ撲滅」はできないでしょう。

ブッシュのやり方を変えないというのなら、テロをかかえる民族を全員殺してしまうしかありません。テロの原因があり続ければ、その中で成長した子どもが新たなテロリストになるわけで、事実、イラクやパレスチナの状況は悪くなるばかりです。

戦争で問題は解決しない
憲法9条が今こそ大切

――小泉首相はイラクに自衛隊を派兵しようとしていますが。

高畑:小泉首相はブッシュのいいなりに派兵しようとしていますが、とんでもないことです。今ほど憲法9条が大切なときはありません。自衛隊の現実と9条に矛盾があることはそうだけども、憲法はある程度、理想であるべきだと私は思います。その理想をかかげて、その方針の中で国は動いていくんだというのと、理想もなく、ましてや戦争肯定でやっていくのではまるで違うでしょう。

戦争でテロを撲滅するというブッシュの考え方は、これまで戦争がもたらしてきた痛苦の歴史から何も学んでいません。戦争によって問題は解決しないとする憲法9条の考え方こそ、これからますます大切になっています。自衛隊のイラク派兵や憲法改悪は、戦争とテロの悪循環の泥沼へ沈んでいくだけです。

侵略戦争の加害責任をきちんとする必要がある日本

――このような状況で、戦争の悲惨さを痛切に訴える「火垂るの墓」は、なおさら多くの方に観て欲しい作品だと思います。

高畑:「火垂るの墓」をつくって16年たちましたが、さいわい毎年夏にテレビで放映され、DVDやビデオでも観ていただいています。

私自身、小学4年生のときに、岡山市で空襲にあいました。家を焼かれ、家族とはぐれ、火の中を2日間逃げまどいました。

戦争の悲惨さを体験したものとして、平和の大切さを訴える作品をつくることができたことはよかったのですが、一方で、日本のしかけた戦争が末期になってどんなに悲惨だったかだけを言っていてもいけないと思っています。

じつは「おもひでぽろぽろ」をつくる前に、しかたしんさん原作の『国境』をもとにして、日本による中国への侵略戦争、加害責任を問う企画を進めていたのです。残念ながら、天安門事件の影響で企画が流れたのですが、日本が他国に対してやってきたことをきちんと見つめなければ世界の人々と本当に手をつなぐことはできないと思っています。

労働組合のおかげで仲間ができ民主主義を学んだ

――最後に私たち労働組合の仲間へのメッセージをお願いします。

高畑:私は東映動画の労働組合で副委員長をやったことがあって、宮さん(宮崎駿氏)とは仕事ではなく、労働組合で知り合いました。労働組合のおかげで多くの仲間ができ、職場集会で毎日のように議論したり、苦労して日刊の機関紙を発行する中で民主主義を学びました。みなさんも仲間をたくさんつくって行政をよくしていってください。

――長い時間ありがとうございました。(2003年12月1日、インタビュー収録)

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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