正気の沙汰ではない原発再稼働、原子炉は核兵器つくるための装置、子どもたちから問われる未来犯罪と呼ぶべき原発|小出裕章さん

  • 2015/8/11
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きょう(8月11日)午前10時半に鹿児島県にある川内原子力発電所1号機の再稼働が強行されました。国内の原発が稼働するのは一昨年の9月以来1年11カ月ぶりです。

この暴挙に抗議して、小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)の2つの講演要旨を紹介します。(※1つは、2011年に私が書いたもので、2011年9月22日に津田塾大学で「原子力=核を選んだ世界の末路」と題した小出さんの講演要旨です。以前、ブログで、「原発なしでも電力は足りている-京都大学原子炉実験所助教・小出裕章さんの主張」を紹介したときに、小出さんご本人からメールをいただいてそのときからすっかりファンになっていたので一度直接お話をうかがいたいと思って参加したわけですが、その甲斐あって講演と質疑応答含めて4時間近く原発をめぐる多くの論点についてじっくりお話を聴くことができました。私自身も小出さんに直接いくつか質問することができた講演要旨の一部です。2つめは、2013年9月1日に日比谷公会堂で開かれた「さようなら原発講演会」での小出さんの発言の一部要旨です。文責=井上伸)

原子力=核を選んだ世界の末路
小出裕章さん

いま現在起こっている福島第一原発事故の問題を考える際に、歴史的な過去をどう引きずって起きた原発事故であるのかという点を正確に見ておかなければならないと私は考えています。

東京大空襲(344機のB29の火薬総量)の
10倍の爆発力を持った広島・長崎の原爆

1945年3月10日、東京大空襲により東京は一面焼け野原になりました。344機ものB29が雨あられと爆弾を落とし東京を焼き尽くし10万人もの人が焼き殺されました。同じ年の8月、たった1個の原爆の投下によって、広島14万人、長崎7万人もの人が一瞬にして殺されたのです。

東京大空襲のとき飛来した344機というのは、1機目のB29が滑走路から飛び立ってその1分後に次のB29が飛び立っていくとして、滑走路から全機が飛び立つまでになんと6時間もかかるのです。このとてつもない数のB29が飛来し、下図(※レジュメ資料より)にあるように落とした爆弾の火薬総量が1,685トンです。

一方、広島と長崎に飛来したのは気象観測機を含めてたったの3機です。広島原爆1個の火薬総量は16キロトン(1万6,000トン)、長崎原爆1個の火薬総量は21キロトン(2万1,000トン)で、344機ものB29からの爆弾によって東京一面を焼け野原にした東京大空襲の火薬総量の10倍という爆発力を持つのが原爆なのです。

「原子炉」は原爆をつくるための装置
核分裂反応の持つ性質が100%花開いて原爆になった

なぜ、たった1個の原爆が、344機ものB29の10倍も上回る爆発力を持つにいたったのでしょうか。

灯油は、1キログラム燃やすと1万キロカロリーの燃焼エネルギーが発生しますが、火薬は灯油の10分の1の1千キロカロリーの燃焼エネルギーしか発生しません。燃焼に酸素を必要とする灯油に対して、火薬は酸素を必要とせずに燃えるのですが、その性質を獲得するために、発生するエネルギーが大幅に少なくなってしまうという非常に効率の悪いものなのです。

原爆に使う核分裂はどうでしょうか。ウランまたはプルトニウムの原子核に中性子を1個ぶつけてやると原子核が核分裂します。そして、この核分裂で中性子が飛び出します。このときに非常に重要なことは、最初にぶつかった中性子は1個ですが、核分裂後に中性子は2個から3個に増えるのです。つまり、最初に火をつけさえすれば――中性子をぶつけさえすれば、自ら爆発するためのエネルギーを2倍、3倍と生み出していき、次々と核分裂し、あっという間にすべてが燃える爆弾と化すのです。核分裂反応というのは本質的に爆弾向け、核兵器向けなのです。(※下図参照)

 

 

原発を推進している人の中には、核分裂反応が原爆という形で初めて人類に利用されたことが不幸だったのだなどと言う人がいますが、それは大きな間違いです。核分裂反応というのはもともと爆弾向けであり、本質的に核兵器のものなのです。核分裂反応の持つ性質が100%花開いて原爆になったのです。

「原子炉」と言うと、みなさんは原発に使われるものだと思われるでしょうが、もともと「原子炉」は原爆をつくるためのもので、電気をつくるための装置ではありません。原爆の材料であるプルトニウムが欲しいから「原子炉」をつくったのです。人類最初の「原子炉」は原爆をつくるための装置にほかなりません。

プルトニウムを再処理で取り出して長崎原爆をはじめとする核兵器をつくり、核開発=原子力開発の中で大量に出て来るやっかいな核のゴミの始末に困った米軍は劣化ウラン弾をつくります。いま現在、アフガニスタン、イラクなどで米軍は劣化ウラン弾を使っています。核のゴミを使えるというコストがかからないという点に加えて、劣化ウラン弾には軍事的にも非常に優秀な性格を持っています。ウランはとても硬い性質を持っていた上、比重が鉄の7.9の倍以上の18.9と重く、貫通力にすぐれているのです。劣化ウラン弾は戦車の装甲をも貫き、空気中で発火するため戦車の中も燃やせるのです。そしてウランは放射能であり、敵に対して大きなダメージを与えることができる非常に優秀な兵器なのです。劣化ウラン弾が使われたイラクやアフガニスタンでは、これまでその国々には無かった病気が多発しています。たとえばイラク南部のバスラという湾岸戦争で米軍が大量の劣化ウラン弾を使用したところで、子ども10万人当たりの悪性疾患の発生数が十数倍になったり、出生児1千人当たりの先天性奇形の発生数が二十数倍と湾岸戦争以降、急上昇しています。

 「もんじゅ」で何兆円ムダにしても
核兵器を持つために高速増殖炉が必要

敦賀半島に高速増殖炉「もんじゅ」があります。1995年に本格的試運転をやろうとして事故を起こしました。「もんじゅ」は普通の原子炉とは違って、水ではなくてナトリウムで原子炉を冷やさなければなりません。試運転でナトリウムが配管から漏れ火事になりました。

高速増殖炉計画は破綻しています。1940年代からアメリカが高速増殖炉をつくろうとしましたが、計画はストップしたままです。日本では、14年以上止まっていた 「もんじゅ」を昨年また動かして事故を起こしました。実用化は延期に次ぐ延期を繰り返し、「10年経過すると20年先の実用化を計画」するなど高速増殖炉の計画は破綻しています。ところが、この計画をたてた学者は誰一人責任をとりません。繰り返し破綻している計画をたてた学者たちは学会に君臨して、これからも同じことを繰り返そうとしています。「もんじゅ」だけでもすでに1兆円のお金をムダにしています。

現在の日本の原発でできるプルトニウムでは、高性能の原爆はできません。そこで高性能の原爆をつくるために、高速増殖炉を計画しました。高速増殖炉を動かすことによって、純度98%という優秀なプルトニウムが手に入ります。電力の実用化なんて、どうでもいいのです。とにかく一基でも動かせば、超優秀な原爆材料が手に入る、これが高速増殖炉の目的です。これが、どんなに困難があっても、何十年止まっていても、何兆円お金をムダにしても、高速増殖炉をつくりたい日本国家の本音だと思います。

 「原子力の平和利用」という原発を“隠れ蓑”にして
核兵器を求める日本

2010年10月5日、NHKテレビで「スクープドキュメント“核”を求めた日本~被爆国の知られざる真実」 という番組が放映されました。これは、日本が原発を始めた当時の、日本の外交官の証言を集めたものです。その中で「日本という国の至高な利益が脅かされるような緊急事態になったら、核兵器を持つという選択肢も完全には除外しない」という発言があります。つまり、中国や北朝鮮から日本が攻撃を受けるようになったら、核兵器は必要だ、核兵器を持たない選択肢はない、こう言っているのです。

1969年の外務省・外交政策企画委員会の内部資料「わが国の外交政策大綱」の中には、「核兵器については、NPTに参加すると否とにかかわらず、当面核兵器は保有しない政策はとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(能力)は常に保持するとともに、これに対する掣肘(せいちゅう)を受けないよう配慮する。又、核兵器の一般についての政策は国際政治・経済的な利益損失の計算に基づくものであるとの趣旨を国民に啓発する」と書かれています。

そして、外務省幹部は、「個人としての見解だが、日本の外交力の裏付けとして、核武装の選択の可能性を捨ててしまわない方がいい。保有能力はもつが、当面、政策としては持たない、という形でいく。そのためにも、プルトニウムの蓄積と、ミサイルに転用できるロケット技術は開発しておかなければならない」と証言しています。

技術に「平和利用」も「軍事利用」もありません。あるのは「平時利用」するか「戦時利用」するか、だけです。「平和利用」を標榜して技術を持ってしまえば、いつでも軍事的に使うことができます。それが技術の宿命です。それを日本の国家は充分に知っていて、「原子力の平和利用」と言いながら着々と核兵器を生産する能力を身につけてきたのです。

 「Nuclear Weapon」は「核兵器」と訳します。

 「Nuclear Power Plant」は「原子力発電所」と訳します。

 「Nuclear」は「核」なのに、日本では「核」と「原子力」に訳されます。

 「Nuclear Development」をどう訳すでしょうか?

イランや北朝鮮などの「Nuclear Development」は、「核開発」と訳し「とても悪いことをやっている」とマスコミなどは訳します。ところが、日本がウラン濃縮や原発を動かす文脈で考えると「原子力開発」と訳されるのです。しかし、実態は同じです。日本も「核開発」をしているにすぎません。これまで多くの日本人は、「核」と「原子力」はあたかも違うものであるかのように思い込まされてきました。しかし、もともと原子炉は電気エネルギーを生み出すために開発されたものではなく、核兵器を生み出すためにこそ開発されたものなのです。「原子力の平和利用」という原発を“隠れ蓑”にして、核兵器をつくる能力を手にしているにすぎないのです。
(2011年9月22日に津田塾大学で開催された小出裕章さんの講演「原子力=核を選んだ世界の末路」の一部要旨。文責=井上伸)

「未来犯罪」と呼ぶべき原発
小出裕章さん

(※2013年9月1日に日比谷公会堂で開かれた「さようなら原発講演会」での発言の一部要旨。文責=井上伸)

福島第一原発事故で、1号機2号機3号機は炉心が溶け落ちて、その炉心がどこにあるのかもわからない、どうしたらいいのかもわからないという中で、何次もの重層構造で下請けさせられる原発労働者たちが、今この瞬間も作業にあたっているという状態です。

2011年の暮れに当時首相だった野田さんが、事故の収束宣言などというものを出しましたけれど、残念ながら事故はまったく収束していないのです。今現在も危機は続いています。

運転中だった1号機2号機3号機は溶けた炉心がどこにあるかもわからず、ただ、ひたすら水を入れ続けて冷やすしかないということを2年半にわたって今日までやってきました。

しかし、水を入れてしまえば汚染水があふれるのは当たり前なのであって、マスコミは最近になって「汚染水が大変だ」って言い始めたわけですが、私としては「なにをいまさら」と思いました。2011年3月11日から、ずっと汚染水は流れ出ていたのです。これからも何十年もこうした作業を続けなければいけない困難なものなのです。いかんせん、何かをしようとすれば労働者が被曝をするしかないという状態の中で、今でも苦闘が続いています。

では今まで一体どれだけの放射性物質が環境に漏れてきたのでしょうか。国際的な原子力推進団体、原子力マフィアの一つの組織であるIAEAという組織があるのですが、その組織に日本政府が報告書を出しました。その報告書の中に大気中に放出したセシウム137という放射性物質の量が書き込まれています。その報告書の中で、当日運転中だった1号機から3号機を合わせると、広島原爆の168発分をすでに大気中にばら撒いたと、日本国政府自身が言っているわけです。

しかし私はこの数字は過小評価だと思っています。なぜかと言えばこの事故を引き起こした直接の責任は東京電力という会社にありますが、その東京電力に「お前のところの原子力発電所は安全だ」「安全性を確認した」といってお墨付きを与えたのは日本政府なのです。福島原発事故の重大な責任は日本政府にあるわけで、私は「責任」という言葉は甘いと思いますので、「犯罪」と呼ぶべきことを日本政府がやったことになります。犯罪者が自分の罪を重く申告する道理はないのです。犯罪者が自分の罪をできる限り軽く見せたいと思ってはじき出した数字がこの広島原爆の168発分ですから、おそらくこの2倍か3倍が大気中に放出されたと私は思います。

つまり、福島原発事故は、広島原爆が放出した放射性物質の400倍とか500倍をすでにまき散らしてしまった大変な事故なのです。

かつての戦争で日本は負けました。負けたけれども「国破れて山河あり」だった。国家なんていうものが負けたって、大地があれば人々は生きられる。しかしもう人々が生きることすらができない汚染地域ができてしまっているのです。戦争が起きたって、こんなひどいことは起きないということが、今もうすでに発生してしまっています。

そして、福島県を中心に東北地方、関東地方にずっと広がり、群馬県の西部、宮城県の南部・北部、岩手県の一部、茨城県の南部、千葉県の北部、東京の一部も現在の法律に照らしあわせるのならば「放射線管理区域」にしなければなりません。法律に照らしあわせるのならば普通のみなさんは入れないのです。私のようなごく特殊な人間だけが立ち入ってもいいと許されるのが放射線管理区域です。私は立ち入ることはできますが、その場所に立ち入った途端に水すら飲めなくなるというのが放射線管理区域です。それがこうした広さですでに生じてしまったということになりました。

1年間に1ミリシーベルト以上の被曝はしてはいけないし、させてもいけないという法律があったのです。放射線管理区域から何か物を持ちだすときには、1平方メートル当たり4万ベクレルを超えているような汚染物は、どんな物でも持ち出してはいけないというのが法律で決まっていたのです。しかし先ほど紹介したような広い地域の多くが1平方メートル当たり6万ベクレルを超えてすでに汚れているのです。それも放射線管理区域の中で汚れた私の実験道具では無い、私の実験着でもない、「大地そのものが全部汚れてしまった」のです。

これに対して、日本という国は何をしたか? 私は先ほど犯罪者だと呼んだわけですけれども、その犯罪者の日本政府は自分が決めた法律を一切反故にしてしまい、「1ミリシーベルトなんていう基準はもう守れない、20ミリシーベルトの被曝までは我慢しろ」と言って「放射線管理区域の基準は超えているけれども、そこにみんな住め」ということにしてしまいました。今逃げている人に対しても、「帰還しろ」、あるいは「勝手に逃げるなら国は何にも知らない」というようなことを言っています。

そしていま彼らは、この原発事故をなかったことにしようとしています。日本ではこれまで58基の原子力発電所が作られてきました。そのすべては自民党政権が「安全性を確認した」として作ったのです。

その原子力発電所が事故を起こしているのに、いま自民党政権は「安全性を確認して、いま止まっている原発を再稼働させる」と言っている。まさに正気の沙汰ではないと私は思います。さらに安倍さんは「新しい原発をつくる」、そして「海外に原発を輸出する」ということまで言っているわけです。

そしてそれをやるためには、「福島の原発の事故を忘れさせる」ということが彼らにとって必要になっているのだと思います。マスコミもそれに乗っているようですし、福島のニュースはどんどん少なくなってきて、被災者の方々がどれだけ苦しんでいるのかということについても、マスコミ報道はほとんどなされなくなってきていると思います。

そうであれば、私たちに必要なことは「福島を忘れない」ということです。私もそうしたいと思いますし、今日この会場にいらっしゃって下さっている方はその思いでここに集まって来て下さっていると思います。これからも「福島を忘れない」ということでぜひともお願いしたいと思います。

私は原子力を研究する人間として、原子力は徹底的に危険だと思います。原発や核兵器などを作ってはいけません。加えて私が原子力に反対しているのは単に危険だからではありません。原子力というのは他者の犠牲の上にしか成り立たないものです。他者の犠牲の上で、差別にもとづかなければ原子力は成り立たないものに私は反対しています。

もともと原子力発電所で働いている労働者の被曝は、9割以上は下請け孫請けの労働者が担ってきました。そこで事故が起きたら大変だということで、都会を離れて過疎地に原発を押し付けてきました。過疎地で事故が起きてしまえば、そこの人たちが本当に苦難のどん底に突き落とされて、そして事故の収束に行くのは下請け孫請けの労働者たちがまた被曝をさせられてしまうということになります。

仮に事故が起こらなくても、原子力を使ってしまう限りは、核分裂生成物という放射性物質を生み出してしまって、その放射性物質を私たちが無毒化する力を持っていないのです。100万年にもわたってどこかに隔離をしなければいけない。そんなことができる道理が無いのです。

私が死んでも、皆さんが死んでも、自民党政権なんて存在しなくなっても、無くならない毒を残していくことになるのです。

いま私たちが原子力を選択することに対して、子どもたちには何の決定権もありません。何の決定権も持たない未来の子どもたちが毒物だけを押し付けられるということになります。「未来犯罪」とでも呼ぶべきだと私は思います。

原子力というのは核です。核兵器そのものなのです。皆さんは原子力と核は違うものだと思い込まされてきたかもしれませんが、同じものなのです。 その核を持つことが世界を支配するための力なのだと、自民党政権などは思っているわけですけれども、力の論理で平和が築けるはずはないのです。

そのことに気づかなければいけないと思うし、私たちは他の人々を犠牲にするという、そういう原子力、原子力的なものというものを捨てるということが必要なのだと思います。

自由と平和を守るということは大変難しい。自由や平和をつくっていくことも大変難しいことだと思います。日本国憲法の前文の初めの方にこう書いてあります。

「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言」する。つまり、政府がバカなことをやらないように私たち国民がきちんとチェックして政府を監視するんだと、それを決意したというのが日本国憲法なのです。私たち一人ひとりがしっかりしなければならない。そうしなければ自由も平和もつくれない。また戦争になってしまうよということが憲法前文に書いてある。そして、こう書いてあります。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

軍事力によってわれらの安全を保障しようというのではないのです。軍隊ではない、諸国民の公正と信義に信頼して、自分の安全を守ると決意したというのです。

これは大変なことなのです。簡単なことではない。とても大変なことを私たち国民が請け負うということを書いているのです。そしてこう書いています。

「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

日本だけではないのです。一国平和主義でもないのです。世界中のすべての国の人々が平和のうちに生存する権利があるということを認め、世界全体を平和にするために自分たちは軍隊を捨てると言っているのです。

大変すばらしい憲法だと私は思います。なんとしてもこれを守るということも同時に考えています。

かつて戦争がありました。大本営の発表ばかりで、一般の人々はほとんど真実を聞かされませんでした。いつも戦争で勝っていると聞かされて、日本は神国だ。天皇陛下がいるから絶対に戦争は勝てると言われました。ほとんどの日本人は戦争は勝てるだろうと思い込まされた。そして中に反対する人がいると、国家がその人たちを虐殺していくということをやったわけですし、それどころか住民自身がそういう人を村八分という形で虐殺していったという歴史もあるのです。

そんな歴史が一応は終わったけれども、その後で、「いや、悪かったのは軍部だ」と、「俺たちはちゃんとしたところを聞かされなかったからこうなった」と言い訳をする人はたくさんいたと思います。でもそれで本当にいいのかと私は思います。

福島の事故が起きた今もそうです。今日この会場を埋め尽くして下さっている人たちにしても、福島の事故が起きるまでは原発がこれほどのものだということに気がつかないでこられた方は多いと思います。

もちろん原発は安全だと言って、マスコミすべてが安全だという宣伝を流してきたわけですから、普通の方々がそう思っても不思議ではありませんが、「だまされたから無罪だ」と言うのなら、またきっとだまされてしまいます。だまされたことに関しては、だまされた責任があるだろうと思っています。

そして私たちは子どもたちから問われるのです。福島の事故が起きて以降、お前たちはどうやって生きたのか?と。憲法がいま危機に瀕しているときに、その憲法を守ろうとしている人たちももちろんいるけれども、「一人ひとりはどうやって生きたか」ということを必ず見られ、子どもたちから問われるだろうと思います。その問いにきちんと答えられるように私は生きたいと思います。

私もそうですし、皆さんもそうですけれども、人生はたった一度しか生きられません。人生は一度きりです。そのたった一度の人生ですから、歴史と事実をしっかりと見つめて、だまされないように生きていきましょう。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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