安倍政権の少数派支配 – 多数決さえなく少数決となる小選挙区制は民主主義とは別物|中野晃一上智大学教授

  • 2015/8/10
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安倍政権というのは、成り立ちからして少数派支配であるのに、その上、国民の多数が反対している「戦争法案」を強行しようとしているという民主主義からドロップアウトしたような政権だと痛感します。そうした問題点を指摘している、私が企画・編集した中野晃一上智大学教授のインタビューの一部を紹介します。(※『国公労調査時報』2015年2月号に掲載したものです)

小選挙区制で少数派支配
安倍政権の暴走にストップを
中野晃一上智大学教授インタビュー

憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使をめざすなど、安倍政権の政治手法は憲法自体を破壊しかねないとして学者・研究者が発足させた「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人のひとりになっている中野晃一上智大学教授に、2014年12月14日に投開票された衆議院選挙の結果や政治状況などをどう見るかについて、お話をうかがいました。(インタビュー収録日=2014月12月19日)

野党への“奇襲”と織り込み済みの低投票率

――今回の衆院選の結果をどう見ていらっしゃいますか?

安倍政権による野党への“奇襲”ともいえる解散で、野党側は選挙態勢を整える時間もないサプライズな総選挙であったという点と、アベノミクスの失敗が国民の間に浸透してくる前に、消費税増税の先送りとセットにして安倍政権の地盤をもう一度固めようという狙いがあった選挙だと思います。

しかし有権者にとっては、何のためにこのタイミングで選挙をする必要があるのかが不明のままでした。しかも、2013年の参院選挙と2012年12月の衆院選挙に続いて毎年選挙をやっている形になるので、ますます選挙をする意味が分からなかった。そのこともあって投票率が史上最低になった。けれど安倍政権側は、投票率が低いことも織り込み済みで、森喜朗元首相の「無党派層は寝ていてくれればいい」という発言にみられるように、「投票率が上がらない方が勝てる」という考えが自民党にはすでにあって、今回の選挙も、投票率を上げるという発想はおよそなかったと思います。

低投票率と小選挙区制

投票率の低下は、衆議院の場合は93年の選挙から始まっていますので、小選挙区制の導入より先に下がり出しています。しかし、国際比較でも小選挙区制を導入しているところは一般に投票率が低い傾向にありますから、日本の場合も小選挙区制を導入したことによって投票率が低迷しているという見方はできると思います。

小選挙区制は、選択肢を一見与えているかのように見えるけれど、実際は単に選択肢を狭めているだけです。結局、どの政党が勝てるのかということが先に出て来て、有権者の政治はこうあるべきという考え方は反映されにくい。すると、いわゆる死票になることを思うと、有権者はわざわざ投票に行く気がしなくなる。あるいは、世論調査などでどこかの政党が勝つと報じていれば、その政党の支持者であってもわざわざ投票に行くというインセンティブは下がります。

少数派支配を可能にする「魔法の装置」=小選挙区制

それ以上に、小選挙区制の構造的な欠陥は、「多数派支配」という体裁はとっていますが、実際には「少数派支配」を可能にするシステムであるという点にあります。

小選挙区制での選挙結果のほとんどで相対多数の票は、絶対的に見れば少数なわけです。今回の選挙でも有権者の自民党への絶対得票率でみると、比例代表制は17%、小選挙区制は24%ですから、自民党に投票した有権者は4人に1人にも達していないわけです。それを小選挙区制は議席の上では多数派に変えてしまう。そういう意味では小選挙区制は「魔法の装置」といえます。

この「魔法の装置」による結果をもって「多数派支配」だとか、「圧勝」だと言われても、本当の意味での民意が表出されている議席ではないわけです。

民主主義とは別物の小選挙区制

民主主義というのは、みんなで決めようということが原点にあるわけですから、そもそも民主主義は単なる「多数派支配」とも違います。もちろん実際にはみんなですべてを合意するのは難しいから、多数決を便宜的な手段とすることに一定の合意がある場合もあります。しかし、多数決でさえなく少数決になってしまう小選挙区制の選挙結果はもう民主主義とはまったく別物であると言わざるを得ません。ここに小選挙区制がもたらす大きな問題があると思います。

厳密にはイギリスは民主主義の国ではない

――イギリスは小選挙区制でも民主主義の国ではないかという意見があります。

厳密にいうとイギリスは民主主義の国ではありません。そもそも成文憲法がなく、憲法的な地位を占める立憲主義のいくつかの原則があるという程度です。その最たるものは国民主権ではなくて議会主権になっているということです。国民主権がない国を厳密には民主主義の国とはいえないと思いますが、議会主権の原則で、議会が憲法的な地位を持っているとはいえると思います。

イギリス議会には3つの構成体があります。現在の女王、すなわち国王と、上院にあたる貴族院、下院にあたる庶民院の3つの要素があって、パーラメントという議会が主権を持っているわけです。イギリスは漸進的に民主的な政体に移行していったという特異な近代史を持っている国ですから、実態としてみると、議会主権という原則はずっと変わっていません。その中で国王が支配的だった時代から、貴族院から出た総理大臣に実権が移った時代があり、とりわけ20世紀に入ってからは、庶民院から選出される首相に権力が移ったということで、慣行の中で自然に発展してきたわけです。そして、国王の支配から貴族院の支配、そして庶民院の支配という形で移っていったのですね。今は実際に庶民院で選出された人が総理大臣をやっているのですが、それをもって民主国家の代表扱いするのは問題があると思います。イギリスを、議会政治のある種の母国ということはできると思いますが、あくまで議会政治の話であって、議会政治と民主政治が全く同じということは決してないと思うのですね。

さらに付け加えておきたいのは、イギリスの場合、多数派支配と俗にいわれるもので、二大政党が競争して単独政権を形成するということが、原則というか、普通の状態になっています。戦後に、小選挙区制で得票率の半分を超えて内閣が形成されたことは、実は1回しかないのですね。それ以外は、得票レベルでは過半数に至らない、相対多数に過ぎません。

今の政権だけが過半数の得票率になっているのですが、それはなぜかというと、連立政権になっているからです。2大政党である保守党も労働党も、いずれも十分な得票を得られず、議席の面でも単独過半数とならなかったため必要に迫られて、保守党が第3政党である自由民主党と連立したのです。その結果、保守党と自由民主党の票を足すと、戦後初めて過半数の支持を得た政権になりました。しかしこれは例外中の例外で、今の政権以外は必ず少数の票が過半数の議席になるという少数派支配が行われてきたので、やはりこれも小選挙区制の弊害ということが言えます。また場合によっては、労働党の方が票数が多かったのに、保守党の方が議席数で上回って政権を形成したということもありますから、もはやゲームのような状況にあるのです。議会制のゲームとしてはあり得るのかもしれないけれど、民主的かというと、やはり民主的でないと思いますね。

――今回の選挙では、次世代の党が壊滅的な選挙結果になりました。右傾化が言われるなかで意外な感じもします。

埋没した次世代の党

いくつか理由があると思います。基本的に小選挙区制というのは、2大政党に有利で、とりわけ一番大きな政党に有利なシステムですから、その条件を満たさない次世代の党は不利であったというのがベースにあるわけですね。その中で次世代の党は、どの政党に所属していようと必ず勝てるという強固な地盤を持っているベテランの代議士は何人かいたのですが、それと同時に候補者の高齢化が進んでいたことなどもあったと思います。また、埋没感ということでいえば、維新の党が一時期言われたほど伸びていないこととも関係があると思いますが、安倍自民党がここまで右に寄っていると、次世代の党の必要性が薄れてきて、独自の存在感を示すことが難しかったのだと思います。

右に寄りすぎている政治を補正する共産党の躍進

――革新政党では日本共産党が倍以上に増えました。

今の多くの国会議員の政策的な立ち位置が、有権者の立ち位置の分布に比べて右に寄ってしまっているという現実があります。やはり、それを補正する力学が働いたと思います。右に寄っている政治を補正するためには、共産党と社民党が増える必要があります。しかし社民党の場合にはもともと候補者の数が少なかったり政党としての基礎体力が落ちたりしていますから、自民党は右に寄りすぎていて支持できないし、民主党もどこに立っているかよく分からないという有権者の受け皿として共産党が躍進したと思いますね。

戦略的投票の効果は限定的

――今回、戦略的投票ということが言われて、若い世代の動きもいろいろありました。

戦略的投票が、小選挙区制の場合にはある程度有効であるというのは事実だと思います。私自身、戦略的投票を呼びかけていた人たちとつながっているところもありますし、彼らの考え方に対して理解できるところもあるのですが、いくつか問題があります。

まず戦略的投票というのは、簡単にすぐできるものではないということです。小選挙区制をずっとやってきているイギリスでも2大政党制といいながら実際には第3政党以下、多党化がすでに70年代くらいから進んでいて、その経験の中で徐々に戦略的投票というのが根付いてきた側面があるのですね。今回の呼びかけは、前回のように自民党が大勝しては困るということで、奇襲的な解散総選挙をやられたのに対して、急きょ戦略的な投票を呼びかける動きが出たわけです。それは今後の歩みの第一歩になる可能性はありますが、なかなかそれだけでいきなり成果を上げるということは、どんなに呼びかけたところで現実的には難しいということが一つあると思います。

それと、戦略的投票というのは万能薬ではないということです。戦略的投票による実際の効果は、仮にある程度経験が積まれてきても、限定的であるというのが実際のところです。そもそも小選挙区制が抱えている根本的な問題を解決することはできないので、対症療法的にある程度の弊害をやわらげることはできる可能性はありますが、戦略的投票によって目覚ましく変わるかというとそういう訳にはいかない。ですので戦略的投票にあまり期待するわけにはいきません。

そして私自身は、戦略的な投票をすることの弊害もあると思っています。一つには、戦略的投票をしたにもかかわらず、それが成果を上げないとなるといっそう強い落胆や失望感を得てしまうということがあると思うのですね。というのは、本心では他の候補者の方がいいと思っていたのに、それを我慢して違う候補者に戦略的に投票したら落選してしまったり、当選はしたけれど本当にこの人で良かったのかという疑問が残る。ですので、有権者レベルでの戦略的投票は、あまり気が乗らない場合にはやらない方がいいと思っています。政党側が候補者の調整をしたりするのは、政治の玄人ですから、やれる範囲でやった方がいいと思いますが、有権者はそこまで考えなくてもいいのではないか。あるいは考えたところで効果は限定的だと承知した上で、それでもやるというならばともかく、自民党が政権に復帰して2回目の選挙で、そんなに効果が絶大に出るというものではないということは少なくともわきまえておかないと、かえって落胆してしまうことになると思っています。

沖縄と同じようにはすぐできない

――戦略的投票が出てきた背景に、沖縄県知事選があったかと思います。今回の衆院選の沖縄の小選挙区では自民党がすべて落選するという結果でした。

逆に沖縄は、戦略的な投票が実りやすい条件が整っていた程に、これまで踏みにじられ続けてきたということだと思うのですね。イギリスにおいて戦略的な投票がある程度結実した時も、サッチャー以来、保守党が勝利を重ねていく中で労働党の支持者と自由民主党の支持者がそういった動きを見せていきました。それと同じように、沖縄の場合も、これまでに再三、保守の知事だとかに裏切られ続けてきたということがあります。その中で、政党側の候補者調整も進み、実際に統一的な候補者が出てきて、有権者の側もそれに呼応したということです。ですので、沖縄と同じことをすぐに他のところでもできるわけではありません。

もっというと、沖縄の知事選の場合は特にそうですが、争点が非常に明確だということです。辺野古への移転に対しての是非ということで、仲井眞さんの路線を踏襲するのかしないのかですから、そういう意味では、シングルイシューに近い形になった。実際にはシングルイシューに留まらず、ある程度政策調整も事前に行って臨むことができたと思いますが、沖縄以外のところでは、サプライズで解散総選挙をやられて、政策調整もないままとなると特に難しい。しかも、戦略的投票ということでいえば、小選挙区制においては共産党に投票するのを我慢するか、あるいは避けて、自民党に勝てそうな候補に投票しましょうというような呼びかけの中身になったと思います。そうなると政策的な調整などまったくないのですから無理があるわけですね。
2014月12月19日、中野晃一上智大学教授談

▼インタビューの一部を視聴できます。

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

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