「新9条」のリアル=戦前の日本はすべて個別的自衛権で侵略戦争を実行した=自民党憲法改正草案が「自衛権」発動できるとしか書いていない意味

  • 2015/12/19
  • 「新9条」のリアル=戦前の日本はすべて個別的自衛権で侵略戦争を実行した=自民党憲法改正草案が「自衛権」発動できるとしか書いていない意味 はコメントを受け付けていません。

10月19日に渡辺治一橋大学名誉教授にインタビューしました。そのインタビューの一部は、月刊誌『KOKKO』第4号(12月号)に掲載しているのですが(※下に目次等を掲載)、じつは誌面のスペースの関係もあって短時間のインタビューの予定だったのですが、なんと3時間以上におよび誌面に掲載できるのはほんの一部分となりました。それで、きょうの「東京新聞」にも再び「新9条」論について掲載されていますので(※下にきょうの紙面と斎藤美奈子さんの11月11日付東京新聞の指摘を参照ください)、インタビューで関連するところだけ紹介しておきます。(※文責=井上伸)

戦争法と憲法について2つの大きな考え方

安保闘争に匹敵するような今回の戦争法反対運動の高揚の背景には、団体間の共同と同時に、政策面での共同も大きいものがありました。

戦争法反対運動の中には、戦争法と憲法について2つの大きな考え方があります。1つは、憲法9条はもともと戦争を放棄し、陸海空軍その他の戦力は保持しないので、日本およびアジアの平和は一切武力によらないで解決する必要があるという考え方です。

武力によらないで平和を実現しようというのは非常に困難なことですが、そうした思想を憲法9条は持っていて、そこから軍隊の保持の禁止、戦争の放棄、あらゆる武力行使の放棄が出てきているわけですね。これは、日米軍事同盟という形で日本の安全をアメリカの核の傘のもとで守るという考え方や、日本全土に米軍基地を置くという考え方に真っ向から反対する人たちの立場です。もちろん、自衛隊をどんどん大きくしてアメリカの戦争に加担することによって日本の安全を守ろうという考え方とも真っ向から反対する。これに対し、政府側には「こういう考え方は、アジアの平和を考えていく上で全くプラスにならない」と対抗する人々がいます。

九条の会は憲法9条の改憲に反対していますから、呼びかけ人の多くはこの考え方だと思います。大江健三郎さんも、亡くなられた奥平康弘さんも、まさに武力によらない平和をアジアの中に実現することによって、日本の平和を守っていこうという考え方です。彼らは一貫して九条の会の思想的なバックボーンとなってきました。ですから、戦争法はもちろん、日米同盟を強化してアメリカの戦争に加担することによって日本の平和は守ることができないという考え方です。

ところが、もう1つの考え方があるのです。それはこのようなものです。自衛隊が戦争する軍隊になることで日本の平和は守れない。むしろアジアの中で対立を激化することになる。しかし、安保条約や自衛隊なしに本当に日本の安全が守れるかというと守れない。だから憲法論としては政府の解釈の立場に立つ。つまり日本の憲法9条は軍隊を持たないと言っているけれど、侵略されたら素手のまま死ぬのではなく、それを撃退する権利もあるし、撃退するための実力を持つ権利もある。ただ、憲法9条が軍隊を持つことを禁止している以上は、大きな規模で海外に行ってはならない。国内を守る範囲であれば自衛隊を持っても良く、自衛隊が小さいがためにアメリカに頼り、安保条約を認めて日本に対する核攻撃などから守ってもらうことは必要だ。だから安保条約も必要だし、自衛隊も必要である。憲法論上から言っても、自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力だから、その限りで合憲である。しかしその自衛隊が戦争法によってアメリカの戦争に加担し、海外で武力行使をする軍隊になってしまったら、これは憲法違反だし、そもそも日本国憲法の政府の解釈を超えている。安保も必要だし自衛隊も必要だけれど、逆にそれが中国や北朝鮮を刺激し、アジアの対立を激化するものであってはいけない。安保条約は、せめて1960年時と同じように、基地は提供するけれど軍隊は出しませんとする必要がある。また自衛隊は持つけれど、日本の防衛のためであってアメリカの戦争に従うような集団的自衛権の行使はしない範囲に留まるべきだという考え方です。

第1の潮流と第2の潮流の合流が戦争法反対運動を大きくした

1つは、そもそも自衛隊や安保条約があること自体が憲法違反なのだから、それを強化して戦争する軍隊にするなんてもってのほかだという人たち。これを第1の潮流としましょう。もう1つは、自衛隊や安保はいいけれど、戦争する軍隊になるのは反対だという人たち。これを第2の潮流としましょう。安保条約でアメリカ軍に日本を守ってもらうのはいいけれど、日本が基地の提供だけじゃなく軍隊も提供するのは安保条約の逸脱だ、という考え方ですね。今回の戦争法反対運動は、おおざっぱに言ってこの2つの潮流が合流して、とにかく戦争法に反対だという一点で大きく集まったということだと思います。

「9条を守れ」と言った時に、「武力によらない平和な日本をつくりたい」という第1の潮流と、「自衛のための最低限度の実力ならいいけれど、9条を改悪して戦争する軍隊になるのはダメだ」という第2の潮流が一緒になっている。九条の会に参加している人々の中にも、この2つの潮流があると思います。九条の会の呼びかけ人や中心の人たちは、「9条を本当の意味で実現するような日本をつくりたい」というエネルギーの下で活動してきた。そこに「とにかくこれ以上悪くなっては困る」という人がたくさん合流した。だから憲法審査会で違憲の発言をして運動に大きな衝撃を与えた長谷部恭男さんや小林節さんも、第1の潮流ではなく第2の潮流だったわけですね。この第2の潮流が参加したことに今回の戦争法反対運動が大きく盛り上がった1つの要因があると思います。

立憲主義蹂躙への危機感

しかし、さらにもう1つの考え方があるのです。それは、日本の安全をアメリカに守ってもらうためには、ある種の日米同盟は必要だ。強化も必要だ。ある種の安全保障法案も必要かもしれない。しかしそれを重大な、まさに憲法の解釈を根本的に変えるようなことを、たとえ国会が多数であっても、多数の横暴によって行うのは良くない。憲法をそのように根本的に変える、安全保障や日米同盟を強化する、アメリカの戦争に協力するということを決めるためには、憲法96条で決められている憲法改正手続きに則って、国会の衆参両院の3分の2の合意を得て、国民投票にかけるべきだ。立憲主義を蹂躙するような形で事態を解決するのはもってのほかだ。こういう意見もあるわけですね。これを第3の潮流としておきましょう。

この第3の潮流の中には、内閣法制局長官が今までつくってきた政府解釈を、単なる閣議決定や国会の多数決でひっくり返すことは手続き違反だ、立憲主義違反だということで、相次いで立ち上がっている内閣法制局長官経験者らも含まれます。元最高裁長官が立ち上がるのも同じ理由ですね。第2の潮流が、沈黙を破って声をあげたのは、立憲主義の蹂躙に反対するという第3の潮流の危機感にも連動したのではないかと思います。

戦争法廃止と9条に基づく平和の実現

こうして今回の戦争法反対運動は大きなものになりましたが、これから私たちが戦争法廃止を実現したとしても、それで9条に基づく平和は実現しますか?というと、第1の潮流も第2の潮流も、それで実現するとはおそらく思っていません。

戦争法が廃止されれば自衛隊は海外で武力行使はできませんが、後方支援はどうですか?というと、戦争法を廃止したとしても、周辺事態法や武力攻撃事態法は元のままの形で復活しますから、自衛隊は後方地域に行くことができる。イラク特措法やテロ対策特措法はなくなりましたが、わが国周辺の安全に重要な影響を与える事態の場合に、後方地域であれば米軍を支援することができるのです。ただ、戦争法で決められたように、あらゆる場所に後方支援に行くことはできませんし、日本の存立を脅かす時でも、日本が攻撃されなければ自衛隊は動きません。これで日本の平和は守れますか?というと、アメリカは黙っていないですよね。アメリカからすれば、ふざけるんじゃない、新ガイドラインはどうするんだ、となる。新ガイドラインは自国の憲法上の手続きに従ってやるわけですから、できませんでしたという話になった時に、日米関係は非常に険悪になります。それでいいのか?という話が、戦争法を推進した人々から出てくると思います。しかし第1の潮流は、それでいいと考えているわけです。

第2の潮流はどうでしょうか。自衛隊を認めて安保も認める場合、このまま戦争法を廃止しただけでいいのか?というと、論者によってはいろいろな意見があります。冷戦が終わって日米同盟は大事になったけれど、アメリカの戦争に全面的に協力するというのは時代錯誤だ。むしろアメリカと日本の軍事同盟をもっと相対化して、特に中国を刺激しないような形で日米同盟を維持する必要がある。それは何かというと、1960年の時点に日米同盟を戻そうということです。米軍基地は提供するけれど自衛隊は海外で武力行使はしない。こういう形でアジアにアピールすることによって、日米同盟を相対化する。そして首都圏や日本全土に米軍基地があるというのはおかしいから、これも何とかしたい。だけどアメリカが怒っては困るから、アメリカと協議をして米軍基地も何とかする。そして自衛隊は非暴力、武力によらない形で海外支援をどんどん行った方がいい。概してこういう考え方を持っているわけです。

第2の潮流の考え方で本当に日本の平和を実現できるのか?

この第2の潮流の考え方で本当に日本の平和を実現できるでしょうか? 日米軍事同盟を相対化すると言いますが安保条約を継続し、全体としてアメリカとセットになった形で日本の防衛が成り立っているわけですから、日本の自衛隊は戦争に行きませんと言っても、アメリカ軍は日本全土を基地にして世界的な軍事戦略を実行するわけですから、そんなことで「日本は最小限度の実力です」なんてアジアや世界に対して言えるでしょうか?

また、60年安保の時点に戻すと言いますが、沖縄はどうなるでしょうか? 日本の米軍基地の75%は沖縄に集中しています。そしてその米軍基地は、日本の全土どこにでも自由に置けるという日米地位協定に基づいて行われています。さらに日米地位協定は安保条約に基づいてつくられている。だから本当に沖縄の米軍基地問題を解決するには、日米地位協定を無くすなり、抜本改正してNATO地位協定くらいにしなければいけない。しかしアメリカは一切応じないし、日本の自民党政権はかつて一度たりとも日米地位協定の改定を求めたことがない。それをやらないで沖縄の米軍基地問題を解決することができるでしょうか? また、第2の潮流の人たちは首都圏にある横田・横須賀・厚木の米軍基地の撤去を訴えていますが、日米地位協定をいじらないで可能でしょうか? それは不可能です。

やはり安保条約を無くして、アメリカに日米地位協定について協議に応じてもらわなければなりません。そのためには、日本はもう安保に頼らないで本当の平和を考えていくしかない。そして安保を廃棄し、中国との間で、あるいは北朝鮮との間で、韓国との間で、全体として紛争のない平和的な保障の解決を進めるよう条約や協定を結んでいく。そのためには安保を廃棄すると同時に、自衛隊についても絶対に海外には侵略しないという憲法9条を守る。さらに、歴史問題についてきちんとした謝罪をする。こういう形で、中国の軍事大国化についても日本の意見を言い、中国と日本の共同の形で平和保障の形をつくっていく。そういうことをしないで、安保条約に基づいて全土に米軍基地を容認し、沖縄の基地を解決することができるでしょうか? 首都圏の米軍基地を解決することができるでしょうか? アメリカとの従属関係を切断しないで、自衛隊を本当の意味で最小限度の防衛力にできるでしょうか? 今、日本の自衛隊は、アメリカ軍の手足となって活用されるようになっているのが現実です。アメリカの意志に従わずに本当に日本の国防だけに従事する自衛隊をつくるというのであれば、まずはアメリカ軍との従属関係を切断する必要があるでしょう。そうしたことをやるためには、安保条約に手を付けざるを得ません。

沖縄の米軍基地をなくすことができるのか?

ですから、自衛隊を少なくとも海外で武力行使できないようにしようというところでは運動体として一致しているわけですが、では日本の平和をどういう形でつくりますか?という話になると、日米同盟と自衛隊という形によってつくるのか、それとも武力によらない平和、中国を巻き込んだ平和保障の形を作っていくのか、随分違う形の構想になるのです。その点では今後、運動が盛り上がって国民連合政府構想ができた場合、たとえば共産党は安保については棚上げすると言っています。おそらく、国民連合政府構想ができて戦争法が廃止された後で、辺野古の問題には手がつくでしょう。民主党も含め、少なくとも暴力によって沖縄県民が反対するような辺野古新基地建設はしない。ではどうするのかという話に必ずなります。辺野古新基地建設は事実上止めるけれど、いつかつくることになるのですか? であれば普天間はどうするのですか? そうした問題について、おそらく政権が学習する中で、また国民が成長する中で、次に踏み込んでいく課題が見えてくるはずです。

また、憲法に基づく日本をつくろうとする第1の潮流の人たちは、9条改憲は反対です。ところが第2の潮流と第3の潮流の人たちの中には、むしろ「新9条」をつくって憲法で軍隊をはっきり認めて、アメリカの戦争には追従しないという形をはっきりと描く必要があると考える人たちがいます。安保条約については認めるけれど、これから新しく条約を改定したり無くしたりするには、国会で3分の2の多数の賛成が無ければできないようにする。憲法の改正を正々堂々とやって、集団的自衛権についても、あるいは国連の下での多国籍軍の進出についても、今はできないけれど国連の決議さえあればできるという形で国際貢献に応じていけばよいと考える。そういう形でアメリカの要求にも応じながら、「新9条」の枠内で自衛隊を国際貢献だけに留めるとする。そうなってくると、やはり戦争法を廃止するという一点で共同して、それが実現する中で次の日本をつくっていくことになる。その時にはどうしたらいいのか、大いに議論する必要があります。その議論がないと、戦争法廃止の国民連合政府構想の中でもこの点で一致しようというところは見えてこない。その議論と運動が起こる中で、本当の日本の平和をどうつくっていくかというビジョンが見えてくるのだと思います。

今、日本の国民は「憲法改悪に反対、自衛隊には賛成」という意見が大半です。それは、日本の国民感情をものすごく率直にあらわしていると思う。「憲法を改悪して戦争する国にはしたくない。だけどやはり自衛隊が災害復興支援などで頑張ってくれることは重要だし、もしかしたら自衛隊がないと怖いかもしれないね」というのが一般的な国民感情だろうと思います。しかし、自衛隊は確かに災害復興支援のために努力していますが、同時に米軍にも加担して、日夜日米共同訓練に励んでいるわけです。それを実践しようというのが戦争法なのです。たとえ戦争法を廃止したとしても、普天間をはじめ沖縄の米軍基地が全面的に動いている今、普天間や辺野古の問題を本当に解決するにはどうしたらいいのか?という問題は、日本とアジアの平和を巡る大きな議論の中で必ず向き合わざるを得ない時が来ます。

憲法9条ほど明確な規定はない
自民党の憲法改正草案には「自衛権」を発動できるとしか書いていない
戦前の日本軍はすべて個別的自衛権で侵略戦争を実行した

そして、第1の潮流からすれば、憲法9条ほど明確な規定はありません。文章上、どう見ても軍隊は持てないと書いてある。それでも力関係によっては、大きく蹂躙するようなことも行われる。憲法9条で自衛権を認めるとは書いていません。ですから、軍隊は持てません。だから自民党の憲法改正草案には、集団的自衛権という言葉はどこにも書いていないけれど、自衛権は発動できると書いてあるのです。この自衛権には、集団的自衛権も入る。もし集団的自衛権は入らないと書いたとしても、個別的自衛権をどんどん拡大していけば戦争はできます。「新9条」では集団的自衛権は禁止し個別的自衛権だけはいいと明記するからいいと言うけれど、戦前の日本軍はすべて個別的自衛権で侵略戦争を実行したのです。日本の生存が脅かされると言って侵略戦争をした。今度の自衛隊法95条の改悪、アメリカ軍に対する攻撃を自衛隊員が防御するというのは、個別的自衛権で説明しています。善意に基づく「新9条」は、自衛のための軍隊と軍法会議を持つという、自民党の憲法改正草案とほぼ同じような危険な効果を持ちます。また何よりも重要なのは、日本の将来について世界の国民が注目しているということです。日本は武力によらない平和をつくろうという理念があるからこそ、それに近づけようという様々な試みがあるのに、公然とそれを蹂躙して「自衛権は持てますよ」「自衛のための軍隊は持てますよ」「軍法会議も持てますよ」というのでは、まさに憲法9条の根幹を損なうことになる。戦後、多くの日本国民が日本は武力によらずに平和を守りたいという理念があったからこそ、自衛隊に対して様々な制約をかけることもできてきたということです。それを根本的に覆すのはどういう意味を持つのか?という議論は、大いにした方がいい。その中で国民がどう判断するかが非常に重要だし、国民連合政府構想や「総がかり」の共同行動は、そうした日本の平和を求める議論を抑圧するものでは決してありません。それどころか、むしろそうした議論に真摯に向き合い、活発に行っていく。だけどその時に、水掛け論にならないよう、辺野古新基地建設など沖縄の米軍基地問題を解決するには本当にどうしたらいいのか? 首都圏にある横田や厚木や横須賀の米軍基地をなくすにはどうしたらいいのか? 岩国のオスプレイの問題を解決するにはどうしたらいいのか?など具体的に議論する必要があります。戦争法を廃止するだけでは、オスプレイの配備は無くならないわけです。本当にオスプレイは必要ですか?という問題を考え、国民的な共同の運動にしていく中で、日本の平和、アジアの平和を考えていくことが大事だと思うのです。

私が言いたいのは、とにかく大いに議論することです。そして本気で辺野古をはじめとする沖縄の米軍基地を無くすために、必要な主張と政策を出していくことです。それは絶対に運動にとって必要だし、むしろ緊急な課題としてもっともっと考えていかなければいけないことです。またそれは決して、今提起されている戦争法廃止のための共同をないがしろにしたり、マイナスにしたりするものではありません。重要なのは、それらはあくまで共同を強くするため行う議論ということを大切にすることです。敵対的な対立を拡大して、敵のように打撃を加えるような議論は決してプラスにならないということです。日本の課題を解決していくための、多数派を形成するための議論を活発に起こしていく必要があります。日米軍事同盟を強化する、自衛隊を強化するなどの議論ではない第1の潮流、第2の潮流、第3の潮流の人たちは、共同を瞳のように大切にしながら議論を提起し、共同の文化をつくっていける。またその必要がある。共同の文化とは、決して言いたいことを言わない文化ではありません。言い合うことで共同を前進させるような、問題提起をしていくことが重要だと思います。

月刊誌『KOKKO』第4号(2015年12月号)
日本国家公務員労働組合連合会(著/文 他)
発行堀之内出版
A5判 80頁 並製
定価500円+税
ISBN978-4-906708-46-8 C0036

[特集]戦争法と国家公務員

〈インタビュー〉
戦争法廃止の展望と安倍政権の野望
――グローバル大国化と新自由主義改革の新たな段階
渡辺 治 一橋大学名誉教授

〈インタビュー〉
SEALDs KANSAI塩田さんに国公青年が訊く
「個人の尊厳を守る社会運動の未来」
塩田 潤 SEALDs KANSAI立ち上げメンバー、
神戸大学大学院国際協力研究科修士課程在籍
聞き手 山本省平 全司法神戸支部書記長、裁判所書記官
  米田菜美 全司法近畿地連青年対策部長、裁判所事務官

〈戦争法と各行政〉
戦争法と国土交通行政
国土交通労働組合

戦争法と労働行政
全労働省労働組合

辺野古新基地建設反対行動の24時間監視問題
――「お父さんは沖縄県民の敵になったの?」
 「公務員は政権党の手先ではない」
沖縄総合事務局開発建設労働組合(開建労)

〈インタビュー〉
無権利な自衛隊員と戦争法
――安全配慮義務違反の戦争法発動
菅 俊治 日本労働弁護団事務局長/弁護士

[連載]国公職場ルポ 第4回
[ハローワークの非常勤とダンダリン(監督官)]
――非常勤をパワハラ雇い止めするハローワーク
  ブラック企業に説教するブラック労働行政
藤田和恵 ジャーナリスト

[連載]ナベテル弁護士のコラムロード 第4走
「SEALDs」の功績を考える
渡辺輝人 弁護士

[連載]スクリーンに息づく愛しき人びと 第4作
狂っているのはどちらか
『天空の蜂』ほか
熊沢 誠 甲南大学名誉教授

[リレー連載]運動のヌーヴェルヴァーグ 藤田孝典⑧
民主主義と人間らしい労働と社会福祉の復興のために
藤田孝典 NPO法人ほっとプラス代表理事

[書評]
木下ちがや著
『国家と治安 アメリカ治安法制と自由の歴史』
浅尾大輔 作家

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員、労働運動総合研究所(労働総研)労働者状態分析部会部員、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)がある。ここでは、行財政のあり方の問題や、労働組合運動についての発信とともに、雑誌編集者としてインタビューしている、さまざまな分野の研究者等の言説なども紹介します。

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