安倍政権が狙う殺し殺される価値観への転換、集団的自衛権行使のリアルは他国市民を殺し日本の原発が攻撃される危険つくり国家統治をも破壊すること|青井未帆学習院大学教授

  • 2015/8/6
  • 安倍政権が狙う殺し殺される価値観への転換、集団的自衛権行使のリアルは他国市民を殺し日本の原発が攻撃される危険つくり国家統治をも破壊すること|青井未帆学習院大学教授 はコメントを受け付けていません

(※1年以上前に書いたものなのですが、現時点でもとても重要な指摘だと思いますので紹介します)

2014年5月3日、東京・日比谷公会堂で3,700人が参加して「5.3憲法集会2014」が開催されました。集会での青井未帆学習院大学教授のスピーチの要旨を紹介します。

立憲主義、民主主義の観点から考えて
安倍政権が狙っていることはおかしい

安倍政権は、憲法を「改正」することなく、集団的自衛権の行使を解釈によって容認しようとしています。この問題を、私は憲法研究者として立憲主義という観点から考えてみたいと思います。

先日、立憲デモクラシーの会が設立されました。私も呼びかけ人の一人です。ここには、憲法学者や政治学者、人文系の研究者らが、立憲主義、民主主義の観点から安倍政権が狙っていることはおかしいという1点で集まっているものです。

政治といえどもやってはいけないことがある
――感覚に根ざした立憲主義を

立憲主義というのは、ここ数年急に広まった感のある言葉ですが、立憲主義という言葉を知っていなくても、政治は何でもできるわけじゃない、何か限界があるんだ、そういう感覚をお持ちの方が大多数だと思います。私はそれが立憲主義の意味であって、この感覚に根ざしたところで理解することが重要です。

最近よく言われるようになったことは、「憲法は国家を縛る法である」ということです。けれども、「憲法が国家を縛る」と言っても国家というのは目に見えるわけではありませんので、「国家を縛る」というのはどういう意味なのか、なかなかわかりにくいところです。たとえば、「無理を通せば道理が引っ込む」という場合の「道理」ですとか、「お天道様が見ている」という場合の「お天道様」ですとか、私は「ノリ」とも言っています。こうした「道理」が「国家を縛る」ということで、政治といえどもやってはいけないことがある。しかしながら、この感覚がいま政治ですごく弱まっているのではないか、ここに危機感を覚えるわけです。

「頭がお花畑ww」というのは
憲法を軽視し自由と人権踏みにじるもの

たとえば、「理念を語るだけで国を守れるのか?」とか、「法律の中で重要なのは行政法であって憲法はいらない」とか、「憲法学者はいらない」などというようなことを、国の中枢にいる方が言ったりとか、憲法9条を守ることは重要だと主張すると、ネット上などでは「頭がお花畑ww」というようなことを、私もよく言われるのですが、これは法を軽視している、憲法を軽視していると言わなくてはなりません。

憲法の軽視は
国家の統治の拠り所をも破壊する

憲法を軽視することはあってはならないことです。政治といえどもやってはいけないことがある――これは国民にとっても危険であるし、政治にとっても国家にとっても危険であるのです。なぜならば、立憲主義とか、憲法で政治をコントロールするということは、私たち国民にとっては自由や人権を守ることですが、政治にとっても国家にとっても統治の拠り所になるはずのものなのです。ここが壊されてしまうと場合によってはものすごく赤裸々な形で、あるいは生の権力、生の決断で自由や人権を侵害するようなことが出て来てしまう。これを制御するのはよほどの力がないとできない。今の安倍政権で私たちは安心していられるのか? いられないのじゃないでしょうか。

政治を2つの観点から眺める
――短期的な政治と中長期的な政治

立憲主義の考え方というのは、政治を2つの観点から眺めることと理解すればいいのはないかと思っています。1つは短期的な政治という観点です。いま必要なこと、いま経済をよくすること、あるいは2~3年後の日本を良くすること、あるいは間違った政治を行わないこと、こういう短期的に政治を行うにあたっては民主主義の観点が重要です。

民主主義も難しい概念ですが、よく言われるのが、「人の頭を割らないで数える」ということです。為政者の側からすると非常にうるさい国民というのはできるなら口をふさいでしまいたい、人の頭を割ってしまいたい。しかし、人の頭を割らないで、多くの人が納得できるもの、これに支えられて政治を動かしていこうというのが民主主義という考え方です。これは結局のところ決め方の理屈です。どうやっていま必要な決断をするのか? 誰か一人が恣意的に決めることがあってはいけない。多くの人が納得する民主的な正当性、多数決が使われるわけです。

短期的な政治とは別に、
立憲主義で中長期的に少数者の自由と人権を守る

では多数決で全部やっていいのか? もちろんそうはならないわけです。決して多数者にはなれない少数者がいるわけです。これを多数者の意のままにまかせておいていいのか? これはいけない、というのが、憲法で人権を謳っているところの意味です。つまり、短期的な普段の生活とは別に中長期的なスパンで少数者の人権をも守るための仕組みが立憲主義ということです。だから、いますぐ変えるということにはなじまない中長期的なことについては、今の状況についてだけではなく、将来的な状況、子どもや孫などの将来も考えて、自由と人権が守られるためにはどうしたらいいのか慎重にも慎重を期す必要があり、今の先進国と言われるような国では硬性憲法――普通の法律を作ったり変えたりするよりも憲法を変えるのは厳しい手続きが取られているのです。

集団的自衛権の行使は
憲法「改正」手続きを踏まなければできない

集団的自衛権の行使は中長期的なことにまさに関わるところです。恒久平和主義となぜ謳われているかというと、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにするためです。

集団的自衛権の行使は、再び戦争が起こって私たちが塗炭の苦しみをなめることがないようにという恒久平和主義の仕組みに関わる問題ですから、これはきちんと子どもや孫、先々のことも考えて、日本はどういう社会をつくっていくのか? あるべき日本の姿は何なのか?を考えなければいけないわけで、当然、憲法「改正」という手続きを踏まなければいけない問題なのです。集団的自衛権の行使について、憲法「改正」手続きを無視したとすると、なぜ96条があるのかという話にもなります。一つの内閣がやっていい話でも決してありません。また集団的自衛権の行使を容認できるとなると、結局のところの9条の意味をなくすということになるので、こうした政治権力の行使はいけないのです。

憲法9条は政治を縛る法
安倍首相がいくら最高責任者でもダメなものはダメ

これまで憲法9条に政治を縛る力があるのは、すごいことだったのです。そして、憲法9条が政治を縛る法であるということを前提にこれまで来ているのに、これは法ではないというのはおかしいと言わざるをえません。それは、安倍首相がいくら私が最高責任者だからということを言ってもダメなのです。ダメなものはダメです。最高責任者だと言いさえすれば何でもできるということは短期的な政治ですむわけです。短期的な政治においてはその人に責任を取ってもらってダメだったらクビを変えるということですむわけですけれど、中長期的なところでは最高責任者だということが通じないからこそ、中長期的な観点に立たなければいけないということなのです。

安倍首相が狙う集団的自衛権の解釈は
国際社会の中で通用しない

この間、本当に政治家の方には深く反省していただきたいと思います。憲法はなぜあるのか?を政治家は深く考え反省する必要がある。憲法はいらないという方がいるくらいですから、なぜ憲法があるのか考えてくださいと言ってもスルーされてしまうのかなと感じるのですが、決して憲法はいりませんということは公にできない。仮に国際社会の中で日本の首相が「憲法より行政法の方が重要です」と言ったとすると信頼を失うこと請け合いです。

集団的自衛権の行使をリアルに語る必要がある
日本の若者が、自衛隊員が、他国の兵士も市民も殺し、そして殺され、
日本にあるたくさんの原発が攻撃されるかもしれない事態に

また、集団的自衛権を行使できるということがリアルな現実を持って話されているのか?という問題もあります。いま話されている集団的自衛権の4類型というのは、アンリアルなのです。集団的自衛権を行使できるということになると、当たり前のことですが、これはリアルなことです。つまり、私たちが、私たちの子どもや孫が、他の国の戦争に現実に加担することになる。日本の集団的自衛権の行使によって、攻撃を受けた側の国からすれば、まさに日本が攻撃をしてきたということになるわけです。そうしたときに、日本にはたくさん原発がありますが、まさに私たちの生活に大いにかかわってくるリアルな問題なのです。

日本はこの67年間、日本国の名において、他国の兵士も市民も殺していない。殺されてもいない。これはすごいことです。誇るべきことです。ここが集団的自衛権で問題になるのです。イラク戦争やアフガン戦争のときに、アメリカの若者が柩の中に入れられ輸送機で運ばれてアメリカに帰って来るという映像を私たちも見ました。日本の若者に同じような状況が起こったとき、私たちの心に直接訴えかける問題です。こういうことを私たちは受け止められるのだろうか? これが日本のあるべき姿だと言えるのだろうか?

「自衛のため」から「他衛のため」へ根本的転換
自衛隊が自国民にも銃を向ける事態にも

自国民にも銃を向けたことがない自衛隊です。他の国の軍隊を見たときに、自分の国の市民に銃を向けるということは残念ながらよくあることです。他の国の軍隊はいざとなったら人を殺すということを前提にしている。私の教え子にも自衛隊に入りたいと言っている学生がいます。なぜ自衛隊に入りたいのかと聞くと、災害のときに他の人を助けたい、国連の国際的な救助活動等含めて国際貢献したい、という学生が多いのです。自衛のためということを前提にここまで浸透していることが、「自衛のため」ではなく、「他衛のため」だという根本的な考え方を転換するにあたって、本当にこれが私たちの望む日本なのか? 進んでいく社会なのか? これを私たち国民の多くの納得、あるいは覚悟というものをなしに変えてしまうことは、自衛隊員の方にとっても大きな不幸です。私たちやその子ども、孫らにとっては、自分たちの生命、身体、財産にかかわることです。殺し、殺されるという価値観への転換、納得や合意や覚悟がないと絶対にいけないことなのに、今そういうリアルなことは語られていません。政治家はリスクなどと言っていますが、政治家がリスクとして把握された内容は、私たちにとっては生活そのものですので、政治家は国民の生活に関わる問題として考えるべきです。

国民の多くが納得していないまま
進められている今の政治はおかしい

今年の各種世論調査で改憲反対が随分増えています。それから、武器輸出三原則が防衛装備移転三原則に代えられてしまいましたが、これについても反対が多い。つまり、国民の多くが納得していない。集団的自衛権も含めて私たちが考えなければいけないのが、あるべき日本の姿であり、あるべき日本の外交の姿であり、平和の形です。こういうことをまったく無視したまま進められている今の政治はおかしいと言わざるをえない。このことを申し上げて私からの訴えとさせていただきます。

以上が憲法集会での青井未帆さんのスピーチの要旨(※文責=井上伸)ですが、あわせて、日弁連が作成したリーフレット「集団的自衛権。それは、外国のために戦争をすること。」から青井未帆さんの指摘を転載させていただきます。

集団的自衛権の行使は憲法で認められているの?

自衛隊は憲法の禁ずる「戦力」ではなく「自衛のための必要最小限度の実力」なのだというこれまでの説明からは、「他国の防衛」のための集団的自衛権は認められません。

日本国憲法は「陸海空軍その他の戦力」を持たないとしています。それに「自衛隊」という言葉も、憲法のどこにも書いてありません。憲法をそのまま読めば、「軍事力によらない平和」が追求されているようにしか読めないのです。

つまり、自衛隊を合憲とする理屈それ自体が「離れ技」でした。「独立国である以上は当然に日本も自衛権を持っていて、その自衛権を行使するために必要最小限度の実力は憲法で否定されていない」という理屈が合憲性を支える「つっかえ棒」なのです。

そして自衛権を発動する要件の一つに、「わが国に対する急迫不正な侵害があること」が挙げられてきましたが、集団的自衛権はこれを満たさないので、認められようがありません。もしこれを行使できるとなったら、実は自衛隊の合憲性を支える「つっかえ棒」も外れてしまうはずです。そのような理屈の問題を意に介さないというのは、憲法9条から力を奪って、単なる「理想」を謳う規定にしてしまうに等しいことです。

 

井上 伸雑誌『KOKKO』編集者

投稿者プロフィール

月刊誌『経済』編集部、東京大学教職員組合執行委員などをへて、現在、日本国家公務員労働組合連合会(略称=国公労連)中央執行委員(教宣部長)、労働運動総合研究所(労働総研)理事、福祉国家構想研究会事務局員、雑誌『KOKKO』(堀之内出版)編集者、国公一般ブログ「すくらむ」管理者、日本機関紙協会常任理事(SNS担当)、「わたしの仕事8時間プロジェクト」(雇用共同アクションのSNSプロジェクト)メンバー。著書に、山家悠紀夫さんとの共著『消費税増税の大ウソ――「財政破綻」論の真実』(大月書店)があります。

この著者の最新の記事

関連記事

コメントは利用できません。

ピックアップ記事

  1. 2021年の仕事納めってことで2021年に私がツイートしたものでインプレッション(ツイートがTwit…
  2. 国公労連は、#春闘2021 のハッシュタグを付けるなどしてツイッターでキャンペーンを展開中です。3月…
  3. 2020年で自分のツイッターアカウントにおいて、インプレッション(ユーザーがツイッターでこのツイート…
  4. 5月1日のメーデーで、国公労連と各単組本部は霞が関においてソーシャルディスタンスを確保しながらスタン…
  5. 京都総評
    2019年の自分のツイートのインプレッション(読まれた回数)を見てみました。15万以上読まれたのは以…

NEW

ページ上部へ戻る